第428話 【悲壮なる決意と異形の神!】勇者ハーミアの自己犠牲!孤独な日照り神・魃への進化と絶望の霧を晴らす灼熱の光!
世界樹の前に集まった仲間たちの間で、重苦しい沈黙が流れていた。強大な敵が放つ灰色の霧に対する解決策が見出せず、誰もが絶望感に苛まれていたその時だ。
「私、……魃に進化できるわ!」
唐突に沈黙を破ったのは、勇者ハーミアだった。その声は微かに震えていたが、瞳には確かな決意の炎が宿っていた。
「これって、きっと巡り合わせなんだわ。私がこの絶望的な戦局を解決する運命なのよ」
一筋の希望を見出したように語る彼女に対し、悪魔ベルフェゴルのサクラが鋭い声で制止に入った。
「ちょっと待って、ハーミア。魃の伝説には、とても残酷な続きがあるのよ」
「え……どんな話なの?」
ハーミアが目を瞬かせると、サクラは痛ましそうに顔を伏せ、ゆっくりと語り始めた。
「魃という日照り神はね、その体内に膨大で強力な熱を蓄えているの。でも、その熱はあまりにも強力すぎて、彼女自身にも全く調整が効かないのよ。蚩尤を倒した後、黄帝は魃の処遇に酷く困り果てたわ。何故ならば、彼女がそこに居るだけで、周囲の水分を奪い尽くし、永遠の旱魃を引き起こしてしまうから。世界を救ったはずの彼女には、居場所が無くなるの。それで最後は……誰にも会えないよう、一生山に幽閉されるのよ」
それは、救いをもたらす神の、あまりにも救われない末路だった。それを聞いた誰もが息を呑んだ。だが、当のハーミアは微かに微笑んでみせたのだ。
「正義のために死すとも悔いはないわ。幽閉されるぐらいなんてことない! 私は、南の王国の民に犯した罪を償う必要があるの」
「ちょっと待ってよ! たとえあなたが進化したとしても、あの得体の知れない灰色の霧に対応できる保障は無いのよ!」
サクラが悲痛な声で引き留めるが、ハーミアは首を横に振った。
「それは理解してる。でも、僅かでも可能性があるなら賭けるわ。それに、日照り『神』って言うくらいだから、亜神の領域なんでしょ。強くはなるはず。戦いの後、私が孤独になろうとも進化するわ。このまま仲間たちが傷つくのを、手をこまねいて待つなんて堪えられない!」
悲鳴のような彼女の決意を前に、サクラは言葉を詰まらせた。しばらくの間、唇を噛み締めていたが、やがて深く息を吐き出す。
「うーん……そこまで言うなら、もう何も言わないわ」
サクラが引き下がったのを見て、俺は静かに口を開いた。
「ハーミア、お前の覚悟と気持ちは分かった。だが、頼むからここでは進化しないでくれ。この豊かな世界樹の地が旱魃になって干上がってしまったら困る」
俺の言葉に、ハーミアはハッとして頷いた。
俺たちはすぐさま転移魔法を展開し、見渡す限りの砂が続く不毛の砂漠地域へと移動した。俺とハーミア、そしてこの砂漠地域を領地として管理している悪魔パイモンのアンナが同行している。太陽が照りつける中、周囲には人が誰も住んでいない最果ての地だ。
「ここなら大丈夫ですね」
ハーミアが周囲を見渡しながら言うと、アンナが冷静な瞳で周囲を分析しながら答えた。
「多分ね。でも、魃の能力の及ぶ範囲がどれほどのものか分からないので、確かではないわ」
「アンナの言う通りだ」
俺はハーミアに真剣な眼差しで告げた。
「進化してどんな影響が周囲に出るか分からない。もし、能力をほんの少しでも自分の意思で調整できるなら、最初は必ず最小にして欲しい」
「分かりました」
ハーミアは深く一礼すると、砂漠の中心へと歩み出た。そして、静かに目を閉じ、自らの内なる力と向き合うように祈りを捧げる。
次の瞬間、ハーミアの身体から眩い光が天に向かって立ち上った。周囲の空気が急速に歪み、陽炎が立ち込める。肌を刺すような強烈な熱波が吹き荒れ、光の柱の中で、彼女の肉体が劇的に変容していく。光が収まり、そこに現れたのは、日照り神である魃へと至った、新たな亜神の姿だった。
夜の闇のように深い黒髪の女性。陽光を透かすような薄手の白い着物を身に纏っている。だが、その姿は異様だった。彼女の左足と左手は存在せず、足は右の一本のみ。腕もまた、右手一本だけとなっていた。
一本足で砂の上に真っ直ぐに立つ彼女は、どこか恐ろしくも、神々しいほどの美しさを放っていた。
「身体の芯が……熱い」
ハーミアがぽつりと呟いた瞬間、彼女の足元から恐るべき熱量が波紋のように広がった。辺り一面にあった僅かな草が、一瞬のうちに水分を奪われて枯れ果て、灰となって崩れ落ちた。
「凄く暑くなったな」
あまりの熱気に俺が汗を拭うと、ハーミアは申し訳なさそうに、しかしどこか晴れやかな表情で答えた。
「そうですね。でも、私は心地よいのです。多少は熱を調整が出来るみたいです。今の状態が最少です」
「そうか。自分で制御できる部分があるなら良かった。ここなら雨が降ることはないので、ここで待っててくれ。あの灰色の霧が出たら召喚する。取敢えず、ずっと一本足で立っているのも辛いだろうから、椅子は出して置くので、座る事は出来るだろう。後は、お前が住めるようにダンジョンの中に居る方法もあるかもな。バズに念話で相談して、影響が出ないダンジョン内に移動しても良いよ」
決して彼女を幽閉して孤独にはさせないという俺の言葉に、ハーミアの瞳が揺れた。
「分かりました。この身体の能力を確認しながら、召喚されるのを待ちます」
こうして、勇者ハーミアは日照り神である魃に進化した。
彼女の能力を試すため、俺たちは亜神バアルゼブルのスラオに頼み、影の収納に少量持ってきて貰った神気が含まれた灰色の霧を取り出させた。空間に灰色の霧が漂い始めた瞬間、ハーミアはすっと右手をかざした。
すると、視界と魔力を遮断していたあの忌まわしい灰色の霧は、ハーミアの日照の能力の前に、文字通り一瞬で消し飛んだ。水分という水分が完全に蒸発し、霧を構成していたただの神気だけが一瞬漂い、そのまま霧散していったのだ。そんな圧倒的な力だった。
これで灰色の霧も対応できる目処が立った。俺たちが歓喜した、まさにその時だ。
脳内に直接、緊迫した様子の大悪魔バエルのスパから念話が入った。




