第427話 【撤退からの反撃へ!】立ち塞がる魔神の暗雲!語られる太古の神話と秘策『日照り神』の降臨!
濃霧の中で激しさを増す蚩尤らの猛攻に晒され、世界樹の精霊王であるレイが苦痛に顔を歪めながら切迫した声を上げた。
「神気が阻害されて回復魔法の効き目が著しく落ちています! ここは一旦引きましょう、ヒロト様!」
俺は迫り来る死線の中で歯を食いしばり、強くうなずいた。
「そうだな……! しかし、この気味の悪い灰色の霧をなんとか攻略する術を見つけないと、次もまったく同じ展開になる。スラオ、この霧を少しだけでいい、影に収納できるか?」
影の領域を広げた亜神バアルゼブルのスラオが、必死の様相で返答する。
「ほんの少しの量でしたら、なんとか……ッ!」
スラオがその影に濃霧の一部を滑り込ませた瞬間、俺は全魔力を解放して広域転移魔法を発動した。
その刹那。俺たちがいた直後の空間を、蚩尤の握る長大な神兵・酋矛が音もなく突き抜けた。空気が爆散し、荒野の地表が激しく崩落する。
「逃したか……小賢しい真似を。だが次は無いぞ、人間ども」
去り行く俺たちの残光を見つめ、蚩尤の不気味な呟きが暗雲の中に消えていった。
◇
空間が歪み、俺たちは世界樹の前に展開する大広場へと無事に転移を果たした。
即座に駆け寄ってきたレイが、その身体から溢れんばかりの神聖な光を放ち、俺に向かって最高の回復魔法を惜しみなくかける。
温かな光が全身を包み込み、蚩尤に貫かれた左肩の激痛が引いていく。傷口は瞬く間に塞がり、消耗した魔力も完全回復した。
「ふぅ……助かったよ、レイ」
息を吐いて周囲を見渡すと、そこには傷つき、疲弊した仲間たちの姿があった。
レイが懸命に回復魔法を施していたものの、敵の神威によるダメージは深く、多くの眷属たちが項垂れて地面に腰を降ろしている。
だが、雷神トールのライゾウだけは腕を組み、仁王立ちのまま鋭い眼光を崩していない。そして悪魔ビフロンスのデルガ侯爵、堕天使サリエルのデステル伯爵、悪魔ベリトのヴァンス伯爵の三人は、胸の前で腕を組んで佇んでいたが、俺の転移を確認するやいなや、一糸乱れぬ動作でその場に膝を折って跪いた。
そこへ、異変を察知した応龍のハク、魔女のサクラ、吸血鬼真祖のヒナ、不死王のルシー、麒麟のコボミ、霊亀のリザ、鳳凰のハピ、悪魔バエルのスパ、天使のアリアといった、俺の妻たちが心配そうな表情を浮かべて次々と駆け集まってきた。
ハクが真っ先に駆け寄り、不安げに俺の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫……!? 怪我はないの!?」
「怪我はレイに治療して貰ったから、もう全く問題ないよ」
そう答えた瞬間、安堵したハクが感極まったように俺の胸へ強く抱きついてきた。その柔らかい体温を感じながら頭を撫でてやる。
その横から、吸血鬼真祖のヒナが腕を組みながら、どこか悔しそうに溜息をついた。
「まさかあのヒロトが退けられるなんてね。実質、私たちが結成されてから初めての敗北かしら」
「否定はできないな。あんな理不尽な霧を張られたら、まともに戦うことすら難しい」
不死王のルシーも美麗な眉をひそめ、真剣な眼差しで呟く。
「あの視界と魔力を遮断する灰色の霧……あまりに厄介ね。物理的な攻撃も魔法も通じないなんて」
「うん。あの霧に対する明確な対処の方法が見つからないうちは、迂闊に再攻撃を仕掛けることは出来ないな」
ヒナが思案するように顎に手を当て、となりに立つ悪魔ベルフェゴルのサクラへと視線を向けた。
「サクラ、あなた知識が豊富でしょ? あの奇妙な霧について何か知っていることはないの?」
サクラは腕を組んでうーんと唸り、少し困ったように首を振った。
「スパの念話を通じて戦闘映像を見ただけだから、あの霧の正確な構造や詳細な効果までは良く分からないわね……。でも、ヒロトたちのいた異世界へ転移する前に読んだ、地球の中国神話や古代の伝説には、よく似たような戦いの記述があったわ」
ヒナが目を丸くして身を乗り出す。
「えっ、本当!?」
「ええ。神話によれば、黄帝が蚩尤を破ったとされる名高い涿鹿の戦いがあるの。そこでも蚩尤は濃霧を生み出して敵を迷わせたけれど、黄帝は南を指し続ける道具『指南車』を使って霧の中を進み、角笛の響きで敵の軍勢を怯ませて叩き伏せたとされているわ」
それを聞いたヒナが、ポンと手を叩いた。
「なんだ、簡単なことじゃない! じゃあ今すぐその指南車ってやつを作れば解決ね!」
しかし、サクラは苦笑いを浮かべて首を横に振る。
「甘いわよ、ヒナ。指南車っていうのは、あくまで霧の中で方角を失わずに、何処に蚩尤軍がいるかの方角を指し示すだけの機械構造よ。視界を奪われ、魔法の効果を減衰させられた状態で戦わなきゃいけない今の状況で、単に敵の方向が分かったところで根本的な解決策とは言えないわ」
俺もサクラの意見に同意して頷いた。
「サクラの言う通りだな。蚩尤の居る方向だけが分かったところで、あの霧の中でどうやって攻撃を叩き込み、敵の威光を倒すかという問題が残る」
「他に……何か使える手立てはないのかしら?」
ヒナが悔しそうに唇を噛む。
世界樹の広場。蚩尤軍の圧倒的な神威と謎の霧に敗れ、傷ついた仲間たちと共に俺が転移で戻ってきたこの場所で、妻たちも交えた緊急作戦会議が続いていた。
「蚩尤軍が展開するあの凶悪な灰色の霧を破る術はないのか」
サクラは腕を組み、中国神話の記憶を限界まで手繰り寄せながら、打開のヒントになりそうな伝承を思い出そうと没頭していた。やがて、サクラの瞳がハッと見開かれる。
「そう言えば……風伯と雨師が巻き起こす嵐や霧に対抗するため、黄帝が自身の娘である『魃』を戦場へ呼び寄せたという話があったわね!」
「バツ……?」
ヒナが首をかしげる。
「魃というのは、天界から降り立った日照り神の名前よ」
「日照り神……?」
言葉の意味を反芻するヒナに対し、サクラはニヤリと不敵な笑みを浮かべて説明を続けた。
「そう、強力な旱魃を引き起こす絶対的な神よ。魃が放つ圧倒的な熱量によって雨師の降らせる雨や霧を瞬く間に干上がらせ、それによって黄帝は逆転勝利を収めたという説もあるわ」
「なるほどねー! 旱魃の力で雨や水分を全て干上がらせちゃうわけね! だったら、あのジメジメした灰色の霧も一気に干上がるんじゃないかしら!?」
サクラの言葉にヒナが声を弾ませたその時だった。
足音を響かせて、こちらへ駆け寄ってくる人影があった。ティッシュの耳栓で難を逃れた勇者ハーミアだ。ハーミアは目を輝かせながら、サクラへ必死に問いかけた。
「サクラさん、今の『日照り神』の話、本当なのですか!?」
サクラは驚きつつも、落ち着いたトーンで答える。
「あくまで古い地球の伝説の話よ。この世界の理でそのまま通用するかどうか、事実かどうかも分からないわ」
「でも……でも、あの絶望的な霧を晴らせる可能性はあるのですよね!?」
「……可能性だけで言えば、十分にあるでしょうね」
サクラの確信に満ちた言葉を聞き、俺たちの胸に、再び反撃への熱い誇りと希望の炎が強く燃え上がり始めていた。




