第390話 【絶対不可侵の絶対領域と皇帝光臨!】凶獣コントンの理不尽なる無敵障壁!樹海帝国皇帝ヒロトの決戦降臨!
一方、狂気と混沌が吹き荒れる戦場の別角では、世界樹の精霊たちも絶望的な混乱に見舞われていた。
「精霊王様……! 助けて……頭が……狂いそうだッ!」
「あははは! 殺せ! みんな殺してしまえぇぇッ!」
後退がわずかに遅れた精霊たちは、凶獣『渾沌』の吐き出す精神汚染の波動によって正気を奪われ、互いに魔力をぶつけ合って傷つけ合っていた。
その窮地に、眩い緑の神光と共に神々しく姿を現したのは、世界樹の精霊王・レイの分身体であった。
無事に退却を完了した精霊たちを即座に安全な『世界樹の里』へと送還し終えたレイは、今なお狂乱して暴れ回る残りの精霊たちを一箇所に召喚して集結させる。
そして、その圧倒的な慈愛の眼差しと共に、素早く自らの巨大な精霊力の光幕を展開。暴れる精霊たちの全身を柔らかく包み込んで完全に拘束した。
「狂気に囚われし愛しき我が子らよ、鎮まりなさい……ッ!」
レイの掌から発せられた極大の癒やしと浄化の神光が、狂った精霊たちの身体を包み込んでいく。邪悪な汚染物質が黒い煙となって浄化され、精霊たちの瞳に透き通った理性が戻っていく。
ハッと息を呑み、己の過ちに気づいた精霊たちが涙を浮かべながら深々と頭を下げた。
「せ、精霊王様……! 感謝いたします……! 申し訳ありませんでした……!」
レイは温かな微笑みを浮かべ、優しく頷いた。
「よく耐えましたね。直ちに『世界樹の里』へと送還します。里の温もりの中で、傷ついた心をゆっくりと休めなさい。——送還ッ!」
緑の光が弾け、正気を取り戻した精霊たちは一瞬にして戦場から消え去り、安息の地へと引き揚げていったのだった。
◇
その頃、惨劇の渦中である戦場の中央では、悪魔キマリスのオニバル将軍、魔神パズズのバズ、そして折れた聖剣を握り締める勇者ハーミアの三人が、悠然と佇む巨大な凶獣『渾沌』と絶望的な対峙を続けていた。
バズが背中の四枚の翼を激しく打ち振るい、天変地異級の超高圧な風の刃の群れを一斉に射出する!
ゴォォォォッ!!
だが、空間を切り裂いて殺到した凄まじい風の刃は、渾沌の肉体に触れることすらできず、まるで透明な壁に弾かれたかのように虚しく空中へ霧散した。
渾沌は一切の言葉を発することなく、顔面にある瞳の無い漆黒の穴を、冷徹にバズの方向へと向けるだけだ。
「ふむ……我が風魔法すら受け付けぬか。面白い」
バズの呟きを無視するように、渾沌は無言のままゆったりとした足取りで歩みを進める。その先には、狂気に陥った狂乱の魔獣たちと、樹海帝国の精鋭部隊が殺し合う地獄絵図が広がっていた。
「ぬかせ! これ以上、我が陛下の誇り高き軍勢の前へ進ませると思うなッ!」
バズは光をも越える超神速移動を発動。瞬く間に渾沌の鼻先へと割り込むと、岩盤すら粉砕する鋭利なライオンの爪を強靭な腕力で突き立てた!
しかし——その直前!
渾沌の巨躯の周りの空間が、薄く神秘的な白色の光帯へと滑らかに変色した。
ドツンッ!
鋭く突き刺さろうとしたバズの必殺の爪が、まるで目に見えない金剛石の壁に阻まれたかのように、渾沌の皮膚の手前数センチの空間で完全に制止したのだ。
「ん……? 爪が……これ以上前へと進まんぞ!?」
バズが驚愕に目を見張る中、横から覚醒勇者ハーミアが悲壮な覚悟を秘めて踏み込んだ。
「私だって……諦めないッ! 災厄を討つのが……勇者の役割だぁぁぁッ!」
ハーミアは根元から切断された聖剣エクスカリバーの柄を必死に両手で振り上げ、全聖気を込めて渾沌の側頭部へと力任せに振り下ろす。
だが、バズの爪と全く同じ現象が起きた。ハーミアの折れた聖剣もまた、渾沌の肉体に触れる直前でピッタリと手応えもなく静止してしまったのだ。
「そんな……ッ! 打撃も、剣技も……何も通じないというの!?」
絶望に打ちひしがれるハーミア。
戦場に突如として出現した最悪の厄災『渾沌』。それを迎え撃つ魔神バズ、至高の悪魔オニバル将軍、そして覚醒勇者ハーミア。
だが、彼らの誇る超絶的な攻撃は、渾沌の身を包む薄い白い空間の障壁の前に、何一つとして傷を与えることすら叶わない。
その異常を冷酷に見抜いたオニバル将軍が、八本脚のスレイプニルの背から静かに地表へと降り立った。
「……なるほど。半端な攻撃では蚊に刺されたほどの影響も与えられぬというわけか」
オニバルは漆黒の日本刀の柄にそっと手を添え、親指でカチリと鯉口を切る。至高の剣聖たる神気を全身から迸らせ、一瞬にして踏み込んだ。
——シィンッ!!
世界を切り裂く極限の抜刀・居合斬り。
だが、その神速の至高の一閃すらも、渾沌の周囲に展開された薄い白い空間によって完全に阻まれ、虚しく弾き返されてしまったのだ。
「む……至高の刃すら拒むか」
至高の戦力たちの攻撃がことごとく完封され、重苦しい絶望が戦場を支配しかけた——その時!
シュンッ!!
オニバルたちのすぐ傍らに、圧倒的な神威と気品を纏った男が空間を揺らして颯爽と転移してきた。
樹海帝国皇帝——ヒロトである。
「バズ、オニバル。どうやらあの『渾沌』は、物理攻撃を一切無効化する特殊な空間障壁を展開できるようだな」
俺は腰に差した至高の神刀ムラマサの柄に優しく手をかけ、構えを取りながらバズへと声をかけた。
事態の急変に、バズは思わず頭を下げて驚きを口にする。
「へ、陛下……!? 何故このような危険な前線へ自らお越しになられたのですか!?」
「決まっているだろう。『渾沌』が撒き散らすこの不快な狂気を一刻も早く終わらせたいし、これ以上我が軍や領地に狂気の被害を広げさせたくないからな」
その言葉に、オニバルが納得したように深々と頷いた。
「なるほど……狂気の波を止めるには、元凶たるあの化け物を直接排除するのが最善というわけですね」
元凶の出現と皇帝の直接降臨という異常事態に、横にいたハーミアは完全に気圧され、声も出せずに固まっていた。
そんな俺たちの会話など意に介さず、渾沌は不気味な沈黙を保ったまま、ぬうっと巨躯を揺らして歩を進めてくる。
「……やれやれ。それじゃあ、少し実験といこうか。スラオ、頼んだぞ」
俺の背後に揺らめく至高の影——亜神バアルゼブルにして大悪魔ベルゼブブのスラオから、天を穿つ凄まじい紫電の雷撃が放たれた!
ズドォォォォンッ!!
紫の雷撃が渾沌へ直撃する刹那、渾沌の周りの空間が瞬時に薄い紫色へと変化した。
バチチチッ!
極大の威力を誇る雷光は、渾沌に触れる瞬間に不自然に散開し、空間へと消失してしまったのだ。
「なるほどね。魔法攻撃に対しては、即座に魔法攻撃無効の空間へと性質を切り替えるみたいだ」
目の前で色の変わる空間を観察しながら、俺は思わず苦笑した。まるで往年のRPGのボス戦みたいに、無効化属性の切り替えが視覚的に分かりやすくて助かるよ。
「バズ、試しに遠距離の風刃と近距離の爪攻撃を『同時』に叩き込んでみてくれ」
「承知いたしました! 陛下の御前、無様な姿は見せられん!」
バズは即座に無数の風の刃を放つと同時に、超神速の転移で渾沌の至近距離へ肉薄し、凶悪な爪を同時に繰り出した!
シュバババッ!
だが——渾沌の周りの空間は、遠距離の風刃が届いた瞬間に薄い紫色に変化して魔法を無効化すると、コンマ一秒の遅延もなく一瞬で薄い白色へと変色し、バズの爪の物理攻撃を完璧に拒絶してみせたのだ!
「くっ……! 攻撃の種類に合わせて障壁を瞬時に切り替えているというのか!?」
悔しそうに後退するバズの姿を見届け、俺は神刀ムラマサを静かに引き抜いた。
「空間の切り替え速度が異常に速いな。……よし、ここは俺に任せてくれ」
皇帝自らの出陣に、戦場は更なる熱狂と波乱の渦へと巻き込まれていくのだった。




