第380話 【執事の絶対神威と全軍突撃!】地獄の黒竜が喰らい尽くす狂宴!オダーン軍本体の激闘と逆転への策謀!
漆黒の光沢を放つ伝説の黒竜——その巨大な頭部の上に、地獄の支配者アスタロトは悠然と仁王立ちしていた。
胸の前で両腕を組み、冷徹な眼光を戦場全体へと注ぎ込む。その身体の周囲からは、空間を削り取るような無数の黒い邪気の触手が無限に沸き立ち、まるで意思を持つ生き物のように蠢いていた。
かつて一国の都市を軽々と滅ぼしてきた災厄の魔獣キメラたちが、本能的な死の恐怖からアスタロトを避けようと必死で距離を取る。だが、彼らに逃げ場など存在しなかった。
アスタロトの足元から解き放たれた漆黒の竜が大空を高速で舞い、逃げ惑うキメラに次々と追いついては、巨大な顎で丸ごと噛み付き、惨烈に食い千切り、極大の爪で握り潰していく。
さらには、空間を埋め尽くす邪気の触手が一斉に伸び、キメラたちの巨躯を容赦なく束縛。力任せに絞め千切り、または一瞬で肉体を貫通して絶命させていった。まさに圧倒的、かつ絶望的なまでの無双劇であった。
その一方で、もう一匹の精鋭(?)が必死の攻防を繰り広げていた。カーバンクルのカインだ。
ヒロトの前に樹海の王として君臨していた魔獣で、かつて魔王軍のオークに囚われていたところを俺が救出したという経歴を持つ。見た目は白いリスのような可愛らしい姿で、額には真っ赤に光る神秘的な深紅の宝石を宿している。その宝石から高威力のレーザービームを発射して戦うのだ。
(……そう言えばこいつって、オークエンペラーだった頃のオニバルにアッサリ捕まったんだよな? 本人もやる気満々で喜び勇んで飛んでいったから召喚したけど、やっぱり勢いで呼ぶべきじゃなかったか……?)
カインは空中を敏捷に駆け巡り、持ち前の素早さでキメラたちの放つ攻撃魔法や死のブレスを何とか掻い散らしながら、額の宝石からレーザービームを乱射してキメラを貫いていた。
「えいっ! やぁーっ! どうだ参ったか!」
声こそ威勢が良いものの、いかんせん相手は大量のキメラの大群だ。圧倒的な数の暴力の前に、次第にカインは空中での逃げ場を失い、着実に追い詰められていく。
(あらぁ……これはちょっと不味いな)
俺は苦笑いを浮かべながら、上空で優雅にキメラを蹂躙しているアスタロトへ向けて念話を送った。
「アスタロト! ちょっとカインを助けてやってくれ!」
俺の要請を受け取ったアスタロトは、少しだけ困ったように眉をひそめ、深々とため息をついた。
「ハァ……まったく、手のかかるお方ですね。……致し方ありません」
アスタロトが指先を軽く一振ると、うごめく邪気の触手の一本がしなやかに伸び、追撃に怯えるカインの小さな体を優しく、しかし確実に掴み上げた。そのまま黒竜の頭上、アスタロトの足元へと安全に回収して静かに座らせる。
「ヒ、ヒイッ……! 助かったぁ……! ありがとうアスタロト!」
カインのちょっと情けないピンチはあったものの、それ以外の戦線では樹海帝国の精鋭たちがキメラの大群を完全に圧倒し、粉砕し尽くしていた。
「よし、こっちの戦場はもう大丈夫だな。……問題は、オダーン軍の本体だ」
俺は視線を遠方の本陣へと向け、戦況を冷静に分析し始めた。
「さて、あっちのオダーン軍本体はどうなっている……?」
遠方では、ヴァルキリーのスクルドたちが率いる部隊がオダーン軍の本体へと果敢に攻め込んでいた。空中から降り注ぐヴァルキリーたちの鮮烈な雷撃が、オダーン軍の陣形を激しく打ち叩く。
さらには、樹海帝国軍のステラド地域から駆けつけた地上兵士たちと魔法兵団も、果敢に敵の懐へと攻め込んでいた。
だが——オダーン軍の主力兵装は、驚くべきことにほぼ無傷かつ万全の態勢で待ち受けていたのだ。
対するこちらの樹海帝国軍は、直前までのキメラたちの苛烈な猛攻を直接浴びており、戦闘可能な者だけを集めて急遽再編成した部隊だ。そのため、決定的に人数が少なく、全身に傷を負っている者も多い。
同行していたガーゴイルたちも、先ほどのキメラの襲撃によって大部分が破壊されていた。今戦っているのは、かろうじて動作可能な個体だけだ。胴体に大きな穴が開き、片腕や片足を失い、果ては頭部すら破壊された痛々しい姿のガーゴイルたち。それでも彼らは最後の力を振り絞り、オダーン軍の兵士たちへと死兵となって襲いかかっている。
地上戦はまさに凄絶な混沌を極めており、こちらの負傷者も続出していた。
オダーン軍の陣営は、上空から襲いかかるヴァルキリーたちのヒット アンド アウェイの急降下攻撃に対しても、強固な対空魔法陣を展開して的確に迎え撃っている。ヴァルキリー部隊も少数で善戦してはいるものの、決め手となる打撃を与えられずにいた。
現状は、樹海帝国軍の兵士たちの必死の執念と闘志だけが、オダーン軍との圧倒的な「数の差」を何とか埋めている状態だ。しかし、このままでは長く持つはずがない。
「……うーむ、やっぱり戦場における『数の差』は大きいなぁ」
俺は思わず頭をかいた。
(ちょっと作戦ミスだったかな。と言うか、完全に俺の行き当たりばったりの召喚のせいか……?)
自らの手数を振り返り、俺は思考を巡らせる。
兵力を一気に一網打尽、あるいは面で押し潰すための「大量召喚」ができる頼もしい眷属たちは、今まさに別の激戦区で暴れ回っている最中なのだ。
キラーアントエンプレスとして莫大な数のキラーアント群を率いるアンナ。
キラービーエンプレスから【亜神ペナンガル】へと進化し、大量のキラービー軍団を配下に持つビー。
ケルベロスから【悪魔ナベリウス】へと進化し、国中を警備するヘルハウンドやブラックドッグを一斉に統率するコボ2。
そして、かつて闇の王として実に『百万人』ものアンデッド大軍勢を率いた経験を持つデルガ侯爵。
彼らはそれぞれ重要な局面を支えてくれているが、今この目の前の圧倒的な「数の暴力」を押し返すには、もう一押し巨大な軍勢の波が欲しいところだ。
(……大量の軍勢、アンデッドの波、か……)
そこで俺の脳裏に、ふとある男の顔が思い浮かんだ。
(アンデッドと言えば……かつて魔王軍の四天王だった『漆黒のクログル』はどうだったっけかな……?)




