第361話 【開戦!陥没罠と怒涛の包囲網】圧倒的蹂躙の果てに姿を現した極悪なる超存在——邪悪の巨獣・饕餮降臨!
地鳴りのような行進音とともに、モリー公爵率いる大軍勢がついに国境線へと到達した。
樹海帝国軍は、籠城戦ではなく広大な野戦で一気に決着をつけるため、あらかじめ築き上げた強固な砦から打って出て敵軍と真っ正面から対峙していた。
国境の平原に溢れ返るモリー公爵軍は、対峙する我が軍の陣容を見るや否や、怒号を上げて一斉に突撃を開始してきた。地表を揺らし、圧倒的な数で力任せに押し潰そうという無謀な突進だ。
砦の最高指令所でその光景を見下ろしていた吸血鬼二世代の美しき側近、ヴァイラが冷徹な瞳を輝かせて右手を高く掲げた。
「全軍、出撃準備! 敵を十分に引きつけなさい!」
その隣で、同じく漆黒の軍服に身を包んだヴァールが凄絶な笑みを浮かべ、秒読みを開始する。
「敵前衛、足元へ到達……罠発動まで、5、4、3、2、1……GO!」
ヴァールの叫びと同時に、バズのダンジョン機能が発動した。突進していたモリー公爵軍の全兵士の足元で、地表が一瞬にして激しく崩落する。
ダンジョンの仕掛けた広域罠『落とし穴』だ。
一箇所あたりの深さは、わずか五十センチメートル程度に過ぎない。しかし、その真の恐ろしさは広大すぎる影響範囲にあった。なんと、突撃していたモリー公爵軍全軍の足元の地面が、一卵性のように一斉に五十センチメートル沈み込んだのだ。
「うわあぁっ!?」
「ぐはっ、地面が……!?」
勢いよく猛ダッシュしていた前衛兵士たちは前のめりに激しく転倒し、後ろの兵たちも次々と重なるように倒れ込む。ゆっくり歩いていた兵士や、後ろで様子を伺っていた兵士たちですら、突如として足元が崩れたことで大きく体勢を崩した。
その絶妙すぎる混乱の瞬間に合わせ、隠されていた伏兵である弓兵部隊と魔導部隊が、ダンジョンの空間転移機能によって敵軍を完全に取り囲む形でズラリと出現した。
ヴァイラがすさみきった声を張り上げ、風魔法でその号令を戦場全域へと響き渡らせる。
「——射て!!」
周囲三百六十度から、絶え間なく降り注ぐ大量の矢の雨と怒涛の攻撃魔法。
足元をすくわれて身動きの取れないモリー公爵軍の兵士たちは、反撃の暇すら与えられず、面白いように次々と射ち抜かれ死の絶叫を上げた。
さらに追撃の手を緩めず、ヴァールが腕を振り下ろす。
「正面部隊、突撃!」
正面で牙を研いで待機していた樹海帝国軍の精鋭兵たちが、咆哮を上げて一斉に討って出た。
と同時に、周囲を囲んでいた弓兵や魔法兵たちは再び空間転移によって正面部隊の後方へと瞬時に退避。入れ替わるようにして、全身を硬質な重鎧で固めた重装甲兵たちが敵の側面に突現し、怒涛の突撃を開始した。
これぞ、退路を完全に断つ完全無欠の包囲殲滅陣。
「復元!」
ヴァイラが短く叫ぶと、先ほどまで五十センチメートル沈んでいた足場の地面が一瞬にして元の高さへと一気に隆起・復元した。
転倒から何とか立ち上がり、体勢を整えかけていたモリー公爵軍の兵士たちは、突き上げられるような地面の復元によって再び派手にバランスを崩し、無防備な体を晒してしまう。
そこへ容赦なく叩き込まれる全方位からの総攻撃。モリー公爵軍は戦術らしい戦術も取れぬまま、ただ樹海帝国軍の圧倒的な暴力によって惨烈に蹂躙されていた。
砦の豪華な陣幕の中では、戦況を水晶越しに観察していた幹部たちが、すでに勝ちを確信した様子で余裕の会話を交わしていた。
有翼人軍の将軍ウィグルが、感嘆したように首を振る。
「凄まじいな……これでもう勝負は決まりですな。実質的に戦いは終わりだ」
アマゾネス国の女王ヒポリュテも、呆れ果てたように吐息を漏らした。
「ええ、あまりにも呆気ない結果でしたね。これが樹海帝国の本当の戦争ですか……」
だが、ふかふかの椅子に腰掛け、ワイングラスを傾けていた総大将のヴァンスだけは、妖しい赤い瞳を細めて冷ややかに言い放った。
「フッ……まだ、終わってはいないぞ。完全に敵の息の根を止めるまで、絶対に気を抜くな」
ウィグルは笑いながら肩をすくめた。
「いやいやヴァンス様、いくらなんでもここからモリー公爵軍が逆転することなどあり得ないでしょう」
ヒポリュテも同意するように深く頷く。
「ええ、あの状況から盛り返せる軍隊など世界中どこを探しても——」
まさに、二人が言葉を言い終わろうとしたその瞬間だった。
惨劇の広がるモリー公爵軍の中央付近の空間が不気味に歪み、どす黒い漆黒の闇がドロリと湧き出してきた。
「む……? 何か出てくるぞ」
ヴァンスは瞬時にワイングラスを置き、念話でオニバルとバズへと鋭い指示を送る。
(オニバル、バズ、念話の映像で見ているか? 何か尋常じゃないヤツが来るぞ。即座に出撃できる準備をしておけ)
オニバルの重厚な声が脳内に響く。
(承知)
バズも緊迫した声で返答した。
(了解しました!)
戦場の中央に渦巻く黒い闇は、不吉極まりない巨大な形へと変形していく。
それを見たヴァールが、顔色を失って叫んだ。
「あ、あれは……饕餮!?」
闇の中から現れたのは、古の四凶が一柱——伝説の魔獣・饕餮であった。
体長は十メートルを超え、体全体は長く白い縮れ毛で覆われた羊の身体をしている。しかし、その頭部は不気味な人間の男の顔であり、虎のような鋭い牙が生えた巨大な口を開けていた。本来あるべき顔の目は不気味に閉じられているが、なんと両脇の下にギロリと光る巨大な眼球が存在している。手足は人間のような形状をしており、羊の立派な巻き角を頭頂部に生やしていた。
圧倒的な禍々しさを放つ気配と、空気を押し潰すような絶大な存在感。
つい先刻まで余裕を見せていたヒポリュテとウィグルは、あまりの恐怖に息を呑み、金縛りに遭ったかのようにその場に立ち尽くすことしかできない。
「あれが……伝説の饕餮だというのか……!」
陣幕内で戦慄が走る中、ヴァンスは冷静に思考を巡らせ、バズへ向けて間髪入れずに念話を飛ばした。
(バズ、死んだ敵兵の遺体は最速でダンジョン領域に吸収させろ! 一分一秒でも早く回収するんだ!)
召喚された饕餮は、身の毛もよだつ咆哮を上げると、身体から白い羊の毛を触手のように無限に伸ばし、パニックに陥るモリー公爵軍の兵士たちを大量に捕獲・拘束しては、巨大な口へと次々に運ぼうとした。
しかし、ヴァンスの指示を受けたバズの迅速な操作により、殺された兵士たちの遺体は饕餮の毛が届くよりも早く、足元のダンジョン領域へとシュッという音と共に次々と吸収されて消え去っていった。




