第358話 【三方からの侵攻!】不気味な膠着の裏で動き出した陰謀——南の王国三勢力、樹海帝国へ向けて侵撃開始!
最前線の城塞都市フロインを離れ、ガタゴトと心地よい振動に揺られながら馬車で街道を進んでいた時のことだ。俺の影の中から、気配を殺していたアンナがすっと身を起こし、緊張の走る声をかけてきた。
「ヒロト様、監視用の羽蟻より緊急の報告です。城塞都市フロインに駐留していたモリー公爵の軍隊が一斉に動き出し、北上を開始いたしました」
「……北上?」
俺は思わず眉をひそめて首を傾げた。
「はい。完璧な行軍隊形を整え、北へ向かって進軍しております」
「うーん……オダーン侯爵軍と本気で戦うつもりなら、東に向かって進軍するはずなんだけどな。北となると……」
隣に座るグレイアが美しい面持ちを曇らせ、知的な瞳を鋭く光らせる。
「東ではなく北……。一体彼らはどこを目指しているのでしょうか?」
「うむ……なんだか無性に嫌な予感がするぞ。一回、樹海帝国に戻って体勢を整え直したほうがいいかもしれないな」
俺がそう呟いた、まさにその瞬間だった。頭の中にピンと研ぎ澄まされた波動が走り、眷属の大悪魔バエルであるスパからの緊急念話が飛び込んできた。
『ヒロト様、至急お伝えせねばならない事態が発生いたしました! 南の王国の東を治めるタキーダ辺境伯の軍勢が、突如として我が樹海帝国の大自然領域へ侵攻を開始いたしました!』
(えっ!? ということは……奴ら、樹海帝国へ直接攻め込んできたっていうことか!?)
『左様でございます。さらにたった今届いた報せによりますと、中央のオダーン侯爵軍が南の王国中央部から、南の小国群に向けて大規模な進軍を開始いたしました!』
(なるほどな……そういうカラクリか! 最前線で白々しいにらみ合いを演じていたのは時間稼ぎで、最初から俺たちの国を狙っていたわけだ。そうなると、フロインから北上し始めたモリー公爵の軍勢も小国群を経由して樹海帝国を目指してくるはずだ。……ところでスパ、大自然領域の防衛ラインはどうなっている?)
『はっ! 現在、南部ミノタウロス族の族長ミロイド殿率いる部隊が即座に向かっておりますが、敵の軍勢に対して圧倒的に人数が不足しております。そのため、西部よりグリフォン族長のリグル殿、中央部より竜人族長のドルニカ殿、さらに東部よりスペクターエンペラーであるコボ4の軍勢も急行させております!』
(よし、それだけの戦力が集まるなら先ずは大丈夫そうだな。北部のスペクターキングであるアレオンと、竜王ドラシルも万が一に備えて準備を進めているのだろう?)
『御意にございます。両名ともすでに全軍の即応態勢を完了させております』
(了解だ。それでは一度樹海帝国に戻って、奴らの侵略をどう叩き潰すか戦略を練るとしよう!)
◇
転移魔法を用いて一瞬で帰還した、樹海帝国皇帝の城。
陽光が差し込むいつもの広いリビングには、緊急招集に応じたお馴染みの主力メンバーが一堂に会していた。
「——というわけで、南の王国を分断していた三つの軍勢が、示し合わせたように同時に樹海帝国へ向かって進軍を開始した」
俺が重々しく現状を説明すると、ソファーに深々と腰掛けた吸血鬼真祖のヒナが、可憐な唇をニンマリと歪めて鼻で笑った。
「ふ~ん。南の王国の人間どもも、ずいぶんと威勢が良いことねぇ。でも、今の樹海帝国に勝てるだけの戦力が奴らにあるとは到底思えないんだけどー?」
側に控えるルシーも、腕を組んで深く頷いた。
「同感だね。返り討ちにして骨も残さず破滅する未来しか見えないよ」
「まあ油断は禁物だ。緊急時に備えて、各地へ即座に応援へ向かえる防衛体制と増援計画をしっかり考えておこうと思う」
グレイアが指先を顎に当て、地図を思い描くように静かに口を開いた。
「モリー公爵軍の進撃ルートを迎撃するとなると、地理的にはヴァンスの国とアマゾネス国が中心的な防波堤となるわね」
「そうだね。それじゃあ、ヴァンスとヒポリュテも会議に呼ぼうか。迷宮のバズと、常駐してくれているオニバル、それに迷宮都市領主のアキルイも呼ぶとしよう。流石に人数が多くなってリビングじゃ入りきらないから、大会議室へ移動しようか」
全員でぞろぞろと大会議室へと移動し、俺は遠方にいるヴァンス、ヒポリュテ、バズ、オニバル、そしてアキルイへ念話で連絡を取った。各自の了承を得た上で、空間を繋いで会議室へと一斉に召喚する。
一瞬にして熱気に包まれる会議室。南の王国の三巨大勢力が、一斉に我が樹海帝国へ牙を剥いてきたのだ。
西のモリー公爵。
中央のオダーン侯爵。
東のタキーダ辺境伯。
すでに大自然領域へ侵攻を開始しているタキーダ辺境伯の軍势に対しては、樹海帝国の大自然に住まう各族長や領主たちが一致団結して迎撃に向かっているため、ひとまずは彼らに任せておけば問題ないだろう。
中央のオダーン侯爵軍は、広大な南の小国群を踏破し、さらに過酷な大砂漠を越えなければ我が樹海帝国の本土へは足を踏み入れられない。地理的なアドバンテージがあるため、こちらにはまだ十分な時間的余裕が存在する。
一番の懸念材料であり、早急な対応が求められるのはモリー公爵軍だ。
モリー公爵軍が急ピッチで北上し目指しているのは、南の小国群の西部地域。
そこには我が樹海帝国の飛び地であるヴァンスの国と、誇り高き女性戦士たちの集落であるアマゾネス国が存在している。間違いなく、ここが最も早く本格的な激戦の火蓋を切ることになるはずだ。
集まった精鋭たちの顔を見渡し、俺は重厚な皇帝の椅子へと深く腰を下ろした。樹海帝国の威信と圧倒的な力を知らしめるための軍議が、今まさに始まろうとしていた。




