第357話 【戦乙女集結!】膠着する戦線の不気味な違和感と、次なる目的地・異形渦巻く禁忌の学術都市へ!
突如として大衆酒場に姿を現した四人の戦乙女たち。
その先頭に立つスクルドは、もともとは有翼人の王国騎士で、神聖なるヴァルキリーへと覚醒・進化を遂げた、南の王国の元国王親衛隊隊長を務めていた絶世の美女だ。そして、殺された第二王子の婚約者という悲しい過去を持っていた。
そのすぐ後ろに控えるヒルドは、彼女の忠実な部下であり、人間からヴァルキリーへと進化した猛者だ。
さらに、人魚から進化したヴァルキリーのスコグル。
そしてもう一人——引き締まった体躯としなやかな身ごなしからして、どうやら狼の獣人からヴァルキリーへと進化した新たな戦乙女のようだった。
騒然とする店内を見渡していたスクルドが、ふとこちらのテーブルに視線を止めた。
俺はひらひらと軽やかに手を上げて、彼女たちを呼び寄せる。
こちらの存在に気づいたスクルドは一瞬目を丸くして驚いたような表情を見せたが、すぐに凛とした笑みを浮かべ、カツンカツンと甲冑の音を響かせて近づいてきた。
「ヒロト様、お久しぶりです。まさかこのような最前線の場でお会いできるとは……」
「やあスクルド、こんばんは。まさかこんな大衆酒場で出くわすとは思わなかったよ」
俺が気さくに答えると、スクルドは横に立つ狼の獣人ベースのヴァルキリーを優しく手招きした。
「あ、ご紹介しますね。こちらは私の新たな部下のフリストです」
「フリストと申します。ヒロト様のお噂はかねがね伺っております。お初にお目にかかります、以後お見知りおきを」
幾分緊張した面持ちで頭を下げたフリストに、俺は温かく微笑みかけた。
「俺はヒロトだ。はじめまして、こちらこそ宜しく頼むよ。……さて、スクルド。ちょっと聞きたいことがあるんだが、少し良いかな?」
「ええ、勿論ですわ。なんでしょうか?」
俺は一瞬周囲を伺い、声を低めて指示を出した。
「アンナ、ユイ。すまないが、ちょっと深い話をするから少しの間だけ別のテーブルに移ってくれ」
ふたたりは察し良く即座に立ち上がった。
「承知いたしました、ヒロト様」
「はーい、分かったわ。あっちの席でワインのおかわりでも飲んでるね」
アンナとユイはグラスを手に持ち、すっと離れた空きテーブルへと移動してくれた。
「スクルド、ヒルド、ここに座ってくれ。今夜の食事と酒は俺が全部ご馳走するからさ」
「まあ! 有難う御座います、ヒロト様。お言葉に甘えて遠慮なくご馳走になりますね」
スクルドが嬉しそうに微笑み、ヒルドと共に俺たちのテーブルへと腰掛けた。残るスコグルとフリストの二人は、配慮してアンナたちのいる隣のテーブルへと着席する。
スクルドとヒルドは早速やってきた店員に、芳醇な赤ワインと肉汁あふれる厚切り肉料理を注文した。
本来なら情報収集のためにこの酒場を訪れていたのだが、思いがけない場所で顔なじみのヴァルキリーたちと遭遇できたのは棚から牡丹餅だ。今のリアルな前線の情勢を確認させてもらうとしよう。
「スクルド、実は俺たちもこの街が『戦争の最前線』だと聞いてやってきたんだが……見ての通り、兵士たちに戦っている気配もピリッとした緊張感も全く無い。一体全体どういうことなのか、何か心当たりはあるかい?」
俺が問いかけると、スクルドは注文した赤ワインを一口口にし、困惑を色濃く滲ませて首を振った。
「……実は、私にもさっぱり分からないのです。私たち自身もこの異常な状況に酷く戸惑っています。覇権を賭けた戦争に参加し、己の武を示すためにここへ馳せ参じたのですが……開戦の気配すら全く漂ってこないのです」
「確か、スクルドはモリー公爵とは顔見知りで面識があるんだったよな?」
「はい、かつて王国騎士として何度か接見したことがございます」
「モリー公爵本人とはもう会って話を聞いたのか?」
「ええ、すでに会いましたわ。軍陣に参入し、戦争に参加する意向を伝えて開戦の号令を待っている状態です」
「いつ頃開戦するのか、具体的な日程は聞いたかい?」
「何度も尋ねましたが……『時期尚早だ』の一点張りで、一向に首を縦に振ってくれませんでした」
「そうかぁ……。やっぱり、どう考えても何かおかしいね」
俺が眉をひそめると、スクルドも同意するように深く頷いた。
「ええ、本当におかしいのです。実は以前オーチ伯爵の領地にいた頃からそうなのですが……互いに戦争をするための莫大な兵員と物資を集めているにもかかわらず、一向に本気で戦おうとしないのです」
「このフロインの都市にも兵士や騎士が腐るほど集まっているけど、訓練ばかりで戦う素振りすらない。それどころか、敵に対する警戒網すらまともに張っていないんだ」
「そこも本当に奇妙なのです。実は私たち、密かに相手方であるオーダン侯爵側の最前線都市にも潜入調査を行ったのですが……驚いたことに、この都市と全く変わらない怠惰で不気味な状況でした」
「……なるほどな。両軍とも大軍を並べて『にらみ合い』のポーズだけ取って、戦う気はゼロというわけか。貴重な情報を有難う」
スクルドに詳しく確認してみたものの、結局この異常な膠着状態の根本的な原因までは分からず仕舞いだった。
この城塞都市フロイン自体にもこれ以上探るべき場所や長居する価値はなさそうだ。アンナにはこの都市の監視を影から続けてもらいつつ、俺たちはさっさと次の目的地へ移動することにした。
スクルドたちは宿敵であるオーダン侯爵を倒すという目的があるため、情報収集のためにまだ当分はこの都市に留まるらしい。
「グレイア、次はどんな都市に行くのが良さそうかな?」
俺が隣のグレイアに尋ねると、彼女は美しい指先を顎に当て、知的な瞳を輝かせた。
「そうですわね。幾つか候補はありますけれど……次はモリー公爵の勢力圏を抜け、オーダン侯爵の勢力範囲へと足を踏み入れることになりますわ。噂によれば、オーダン侯爵は悪辣な『生体兵器の軍隊』を秘密裏に作っているようですの。そういった禁忌の研究が盛んに行われている、巨大な学術都市を目指すのがベストかと」
御者席から様子を見ていたウィーラが、興味津々といった様子で白髪を揺らした。
「ほほう! 生体兵器の錬金術に魔導研究とな! それは魔女としても実に興味深いのう!」
「よし、決まりだ。次は噂の学術都市に行ってみよう!」
スクルドたちに別れを告げた俺たちは、再び豪華な馬車へと乗り込み、不気味な最前線を後に走らせるのだった。




