第356話 【最前線の違和感と戦乙女の降臨!】怠惰に満ちた城塞都市フロインに、突如姿を現した極上の戦乱——!?
俺たちは馬車に乗ったまま、滑らかに城塞都市フロインの内部へと足を踏み入れ、まずは今夜の拠点となる宿を探すことにした。
活気に満ちているようで、どこか締まりのない大通りを進みながら、道行く住民や路上に立ち並ぶ屋台の店主に声をかけてお勧めを聞いて回る。
少々宿泊代が高かろうと、せっかくの旅なのだから料理がとびきり美味しい宿を選ぶのが俺たちの鉄則だ。
案内された場所に到着してみると、そこは一般的な旅籠というよりも、前世の地球でいうところの高級ホテルのような気品漂う豪奢な佇まいだった。
裏手の厩舎に馬車と馬をしっかりと預け、重厚な扉を潜って宿へチェックインする。
部屋へ案内された俺たちは、各自荷物を手早く置くと、すぐさま身軽な格好で宿を出て、目当ての場所——街の酒場へと向かった。
生ききた生の情報や裏の情勢を得るなら、すました高級レストランよりも、有象無象の人間が集まる大衆酒場に限る。
宿の場所を聞き出した際、ついでに街で一番人が集まる賑やかな酒場の情報も仕込んでおいたため、一切迷うことなく一筋裏の大通りへと足を向けた。
時刻はちょうど夕暮れ時。朱色に染まる街並みの中で、目的の酒場からはすでに香ばしい料理の匂いと、大勢の男たちの賑やかな喧騒が漏れ聞こえていた。
ガラリと重い扉を開け、前線の都市フロインの大衆酒場へと足を踏み入れる。
夕方でちょうど客が入り始めている時間帯だったこともあり、活気に満ちた店内を通って、奥の落ち着いた大きなテーブル席へとすぐに案内された。
手渡された木製のメニュー表に目を通し、俺とユイはがっつりと腹に溜まるメインの肉料理を注文。
対して、グレイアとウィーラ、ビー、そして影からすっと姿を現したアンナの酒豪組は、すぐさま芳醇な酒と美味そうなつまみを注文した。
「ふふ、みんな酒から入るなら、俺とユイも食前酒に赤ワインを追加で頼もうかな」
グラスが手元に行き渡ったところで、俺たちは一斉にグラスを掲げた。
「「「「「「かんぱーい! お疲れ様ー!」」」」」」
チリンと涼やかな音を立てて乾杯し、芳醇な赤ワインを一口煽る。喉を通り抜ける深い味わいに、思わず息が漏れた。
俺はワイングラスをテーブルに置くと、となりに腰掛けるアンナへと身体を寄せ、超小声で耳打ちした。
「……アンナ、各テーブルに気づかれないよう静かに羽蟻を飛ばして、情報収集を開始してくれるか?」
「承知いたしました、ヒロト様。なお、この都市に入った瞬間に、すでに都市全体へと監視用の羽蟻を散らして警戒網を広げておりますのでご安心ください」
「おお、流石はアンナ! 手回しが完璧すぎるな、有難う。もし何か面白そうな話や違和感のある情報をつかんだら、念話で共有しよう」
「畏まりまりました。全てヒロト様のお心通りに」
それからは、周囲に怪しまれないよう至って普通の旅行者を装い、他愛のない世間話をしながら飲食を楽しんだ。
周囲のテーブルの雑談や、街全体の異常について時折アンナに念話で進捗を確認してみるが、今のところこれといって怪しい動きや特別な情報は引っかかってこない。
それから暫くして、酒場の重い扉が勢いよく開くと、ドカドカと甲冑の音を響かせて大勢の兵士たちが店内へと雪崩れ込んできた。
日中の訓練を終えて兵舎で夕食を済ませた後、軽く一杯引っかけにやってきたモリー公爵軍の正規兵たちのようだ。
ユイがワイングラスを傾けながら、ふっと口元を緩める。
「ふふっ、ぞろぞろと兵士たちが来たわね。あの様子なら、最前線のリアルな内部情報が聞けるかもよ?」
「どうだろうな。見た感じ、ピリッとした雰囲気は全くなさそうだけど……」
俺が苦笑いしながら視線を向けると、兵士たちはテーブルを囲んで酒をあおり、今日の訓練の厳しさや、頭の固い上官に対する愚痴を大声で撒き散らし始めていた。
御者席での旅を楽しんだウィーラが、つまみの干し肉を齧りながら呆れたように首を振る。
「むぅ……これと言って、この都市の不可思議な放置状況に関する確芯に迫る話は出てこんのう」
ユイもガッカリしたように肩をすくめる。
「そうねぇ。上司の悪口と、昨日の夜に抱いた女の話ばっかり。実に不毛だわ」
だがその時——酒場の一番暗い端っこにあるテーブルで、ひっそりと酒を飲んでいた兵士二人組のヒソヒソ話が、俺の神眼と強化された聴覚に引っかかった。
「……はぁ。俺たち、いつになったら故郷に帰れるんだろうな」
「ほんとだよな。もう1ヶ月もここに足止めされているってのに、一向に戦争が始まる気配もねぇ。毎日毎日、虚しい訓練の繰り返しだ」
「まあ……戦争が始まらねぇってのは、死人が出ないってことだから助かるっちゃ助かるんだがな」
「そりゃそうだがよ! だけど大きな戦が起きなきゃ、手柄も立てられねぇし給金だって一向に上がらんぞ」
「そりゃそうだ。一発ドカンと手柄を立てて、ドカンと金を貰って、さっさと実家に帰れりゃ一番良いんだが……」
「肝心の戦争が始まらなきゃ、手柄の立てようもねぇだろ」
「しかし、マジで戦争の『せ』の字も影も見えてこねぇな」
「あぁ。敵であるオダーン侯爵軍の姿なんて一度も見ちゃいねぇぞ。上層部だって警戒陣地すらまともに作ってねぇし、本当に戦争なんてやる気があるのかねぇ……」
「分っかんねぇな……俺たちはただの捨て駒ってことか……?」
前線の兵士たちすら事態を把握しておらず、ただただ生殺しの状態に置かれているらしい。
何とも不気味で異常な停滞感だ。俺が考えを巡らせようとした、まさにその時。
カツン、カツンと——。
大衆酒場のガヤガヤとした狂騒を切り裂くように、あまりにも透明で、あまりにも重厚な鎧の足音が店内に響き渡った。
酒場の重い扉が押し開けられ、そこに降り立った四つの影。
その姿を目にした瞬間、俺たちは手にしていたグラスを止め、思わず目を見開いて絶句した。
そこに立っていたのは、常人なら息を呑むほど神々しく、圧倒的な神威と美貌を纏った戦乙女——ヴァルキリーたちだったのだ。
甲冑を燦然と輝かせているのは、スクルド、ヒルド、スコグルの三人に加え、さらにもう一人——未知のオーラを放つ美しい戦乙女の姿があった。
荒くれ者で埋め尽くされていた酒場が一瞬にして静まり返り、異様な緊張感が全体を支配していくのだった。




