第346話 【驚愕のくっころ撃破!】大惨事を呼ぶ漆黒の蝗害! 異形なる魔神パズズを完封し配下に降し奉れ!
目の前で最強のエルダードラゴン2頭を一瞬で屠られた魔神パズズは、怒りと恐れでその顔面を恐ろしく歪ませた。
「お、お前たち……俺をここまで本気で怒らせたことを、後悔させてやるぞ……! タダで済むと思うなよ! 大都市をも一瞬で地獄の廃墟へと変える、我が究極の力を見せてやる! 後悔の涙を流しながら、惨めに骨となれぇぇッ!!」
パズズが猛然と咆哮すると、その足元に血のように赤い超巨大な召喚魔方陣が地響きと共に広かった。
ギチギチギチ……ッ!!
不快極まりない羽音と虫たちの鳴き声が部屋全体を埋め尽くす。
魔方陣の中心から、空を覆い尽くすほどの漆黒の飛蝗の群れが溢れ出してきた。
「見よ! これぞ我が真の究極魔法——『漆黒の暴食者』だァッ!!」
飛び出してきたのは、ただのバッタではない。巨大なトノサマバッタが禍々しく相変異を起こした絶望の種だ。
通常のトノサマバッタよりも遥かに巨大で翅が長く、体色は闇のように黒い。そして、狂暴極まりない目を光らせている。
この世界における飛蝗は、単なる昆虫ではなく世界を食い荒らす恐ろしい魔物の一種なのだ。生き物はおろか、草木も土も、あらゆる物質を喰らい尽くす悪夢の象徴。
「行けぇぇッ! 不遜なるゴミクズどもを骨の一片まで食い殺せ!!」
パズズの命令を受け、数百万匹の黒い大群が黒雲となって俺たちへとなだれ込んでくる。
ここは迷宮都市ラビリスの誇る『千尋の洞窟』地下30階ボス部屋。
絶賛戦闘中の魔神パズズが解き放った『蝗害』の恐怖の津波。
だが、俺たちの陣営に動揺の配色は一切なかった。
「ふふ、なるほど。虫の軍勢ですか……これは私の出番ですわね」
キラーアントエンプレスのアンナが、優雅に微笑みながら一歩前に出た。
彼女が艶やかな指先をひとたび鳴らすと、背後から膨大な数の羽蟻の大群が召喚され、圧倒的な密度で天井を埋め尽くす。
「我が忠実なる配下たちよ、害虫を駆除しなさい」
アンナの静かな命令と共に、羽蟻の軍勢が一斉に飛び立った。
凄まじい風切り音を立てて、飛蝗の大群と羽蟻の大群が空中で真っ正面から大激突する。
まるで巨大な二つの黒い嵐が衝突し、絡み合っているかのような壮絶な光景だ。
互いの群れが空中で拮抗し、顎で相手の肉を噛みちぎり、凄まじい勢いで喰らい合いを展開していく。
「へえ……すごい迫力だなあ」
俺は空を覆う虫たちの壮絶な争いを、コボ2の背の上からぼーっと呑気に眺めていた。
——その時だった。
空の虫たちに気を取られている隙を突くように、前方にいたはずの魔神パズズの姿が瞬時に消えた。
気配すら殺した超神速の移動。
気付けば、パズズの鋭い毒爪が、俺の背後から首筋を目がけて必殺の軌道で迫っていた。
「死ねぇぇッ、油断したな小僧ッ!!」
カキンッ!!
パズズの爪が俺の首に届く直前、俺の胸元から不意に伸びた闇の触手が、パズズの太い腕を寸分の狂いもなくガッチリと受け止めた。
スライムから進化した亜神バアルゼブルにして大悪魔ベルゼブブのスラオだ。
「な、なにッ!?」
「あぶないなぁ……突撃ご苦労様」
俺は振り向きざま、左腰に差した神刀ムラマサの柄に手をかけ、一閃の居合斬りを放った。
鋭い銀閃が空間を切り裂くが、危機を一瞬早く察知したパズズは間一髪で後ろへ跳び退いて躱した。
「ふー、速いねぇ。さすがは魔神だ」
「クッ……貴様、いまの反応は一体……!?」
息を荒らげるパズズに対し、後ろで見守っていた龍脈の魔女ウィーラが不満そうに声を張り上げた。
「ええ~!? 次は妾の番じゃと言っておったじゃろヒロト! 横取りとはズルいのじゃ!」
「ごめんごめん! でも向こうからの指名みたいだからさ、ここは俺が行くよ」
俺はコボ2の背からひらりと飛び降りると、神刀ムラマサを中段に構えてパズズと対峙した。
「舐めるなよ、人間がぁぁッ!!」
パズズの姿が再び消えた。
視界の右側へと瞬間移動し、そこから左手のアシッドネイルで俺の脇腹を狙ってくる。
常人の目には残像すら映らない、文字通りの神速移動。普通の冒険者なら何が起きたかも分からずに細切れにされているだろう。
だが——俺の左目には、万物を見通す神眼のアイが宿っており、更には『未来眼』のスキルが発動している。
パズズが次にどんな軌道でどう動くのか、数秒先の未来が明確な映像となって脳内に見えているのだ。
俺はパズズが踏み込んでくるより先に一歩後ろへ身体を滑らせ、襲い来る爪を紙一重で躱すと、ムラマサを地上すれすれの草薙ぎに払った。
「ぬぐっ!?」
足元を切り払われそうになったパズズは間一髪で上空へ跳躍。そのまま空中から、強靭な鷲の脚による鋭い蹴りを俺の顔面を目がけて放ってきた。
未来眼で読んでいる俺は、頭をわずかに横に傾けてその極悪な蹴りを回避。
通り過ぎるパズズの鷲の足関節に向け、ムラマサの柄頭(つか頭)をガツンと力任せに叩き込んだ。
「グアッ!?」
痛みに顔を歪めたパズズは、身を翻して大きく後ろへ飛び退いた。
「む、むむ……っ! この攻撃すら見切って躱すというのか……! ならば、次はこれだッ!」
パズズが4枚の翼を激しく羽ばたかせると、空間を切り裂く真空の風の刃が幾十にも重なって俺へ押し寄せてきた。
俺は焦ることなくムラマサを振るい、迫り来る風の刃を「刃叩き」で次々と叩き斬り、霧散させていく。
「むむむ……っ! これも無駄だというのか……!」
冷や汗を流して狼狽するパズズの姿を見て、後ろで見物していたユイが呆れたように溜息をついた。
「ヒロト様ぁ、なにをお遊びになられているんですか? さっさと片付けてしまえばよろしいのに」
「いやいやユイ、聞いてくれよ。こいつ結構素早くてさ、合わせるのが大変なんだって」
隣にいたグレイアも、クスリと可憐に微笑みながら肩をすくめる。
「ふふ、素早いだけでございますわ。攻撃力は大したことありませんもの、ヒロト様のお相手にはなりえません」
「な……なにを生意気なことを言っていやがるッ!!」
屈辱に顔を真っ赤にしたパズズは、大きく距離を取って跳び下がると、周囲の空間に無数の赤い魔方陣を浮かび上がらせた。
「喰らえ! 再びの『蝗害』だァッ!!」
魔方陣から再び膨大な飛蝗の群れが飛び出し、壁のように立ち塞がる。
パズズはその黒い飛蝗の群れに自らの身を隠し、視界を遮りながら俺へ向けて決死の突撃を敢行してきた。
視界を埋め尽くす猛虫の群れ。
普通ならここで詰みだろうが、俺には最高の相棒がいる。
「スラオ、『暴食』だ!」
俺の身体に同化しているスラオの固有スキル『暴食』が発動した。
次の瞬間、俺の胸のあたりから超重力ホールのような強烈な吸引力が発生する。
押し寄せていた数千、数万の飛蝗たちが、掃除機に吸い込まれるように俺の胸元へと一気に吸い込まれて消えていった。
「なっ……なにいぃぃぃッ!?」
飛蝗の陰に隠れて飛びかかってきていたパズズも、その凄まじい吸引力に巻き込まれた。
必死に空を羽ばたいて逃げようとするが、スラオの重力波からは逃れられない。
「しまっ……引き寄せられる……っ!? 離せ、離れろぉぉッ!!」
パズズが俺の目の前まで引きずり出された瞬間、スラオの漆黒の触手が爆発的に伸びた。
バチンッ! ガチガチガチッ!!
「ぐあぁぁッ!?」
スラオの触手はパズズの両手両脚、4枚の翼、そして危険な毒針を持つ尾までも完璧に絡め取り、がんじがらめに拘束した。一度捕まれば、悪魔ベルゼブブの拘束から抜け出すことなど絶対に不可能だ。
ちょうどその時、頭上の飛蝗を完全に駆逐し終えたアンナが、優雅に歩み寄ってきた。
「主上、空の害虫どもはすべて殲滅完了いたしましたわ」
「アンナ、お疲れ様」
俺は脱力して触手から逃れようとあがくパズズの首筋に、ひんやりとしたムラマサの刃先をそっと突きつけた。
「はい、チェックメイトだ」
パズズは悔しそうに歯をギリッと鳴らし、やけくそになったように顔を背けた。
「クッ……殺せ! 好きにするがいい!!」
出たぁぁぁッ!! 異世界名物、テンプレの「くっ殺せ」!!
後ろで見ていたユイが、お腹を押さえてクスクスと楽しそうに笑う。
「ふふっ、絵に描いたような素晴らしい『くっころ』ですわね、ヒロト様!」
「うんうん、こんな見事なリアクションをされたら、余計に殺せなくなっちゃうよねぇ」
俺たちが生温かい目で見つめていると、パズズはなんだかものすごく面白くなさそうな、複雑な表情を浮かべた。
「パズズ。死ぬくらいなら、俺の眷属になりなよ」
「なに……? 眷属だと……!?」
「そうだよ。俺の配下になれば、この千尋の洞窟も壊さずにこのまま維持させてあげるし、ダンジョンポイントも稼ぎ放題だぞ?」
「……本当か? 迷宮を……破壊しないのだな?」
「もちろん。嘘はつかないよ」
パズズは触手から抜け出すのを完全に諦め、だらんと全身の力を抜きながら深く息を吐いた。
「……分かった。お前の軍門に下ろう」
「よし、交渉成立! 『テイム』!」
俺がスキルを唱えると、聖なる光がパズズを包み込んだ。
<魔神パズズをテイムしました。>
頭の中に心地よいアナウンスメッセージが響く。
「さてと……名前だけど……『パズズ』だとちょっと呼びにくいし語感が硬いんだよね。う~ん……よし!」
「……我が名は?」
「今日からお前は『バズ』だ! バズで行くぞ!」
バズ「え! ……は、はぁ……バズ、ですか……。分かりました……」
新しく仲間になったバズは、どこか威厳のなくなった名前に対して、あまり納得いっていないような微妙な顔で首をかしげるのだった。




