第338話 【死線からの生還と忍び寄るゲス!】モンスタールームの奇襲! 散る騎士と狂気の『紅蓮の刃』現る!
「よし、これで終わりだ。最後の部屋を片付けて引き揚げるぞ!」
油断混じりの声を上げた騎士の一人が、通路の先にある巨大な木造の扉へと不用心に手をかけ、一気に開け放ってしまった。
ギギィッ……と嫌な高音が響いた瞬間だった。
「グガアアアアアッ!!」
扉の奥から地鳴りのような咆哮が上がり、死角から巨体を揺らしたオークソルジャーが、巨大な戦斧を頭上に振り上げた状態で突進してきた!
さらにその背後には、ギラついた赤い目を走らせるオークたちの群れがぎっしりとひしめき合っている。その数、実に全10匹!
「く、くそっ……! モンスタールームだああああっ!」
騎士の一人が悲鳴のような叫びを上げた。
これまでこの地下8階で遭遇した魔物の群れは、多くてもせいぜい4〜5匹程度。騎士隊の連携をもって何とか撃破してきたが、その倍以上となる10匹もの凶暴なオーク上位種の群れは、いまの彼らにとってはあまりにも苛烈で荷が重すぎた。
しかも、疲れと油断が頂点に達していた瞬間への最悪の奇襲。
ドガァッ……!!
「がふっ……!?」
真っ先に扉を開けた騎士の頭部へ、オークソルジャーが振るった凶悪な戦斧が容赦なく叩き落とされた。兜を割り、頭蓋を粉砕する惨烈な鈍音が響き渡る。
倒れた騎士は身悶えすることすら許されず、即死だった。
「ひ、ヒューバートッ!? 盾を構えろっ! 全員、迎撃姿勢だっ!!」
領主の娘ラブリル姫の鋭い叫びが空洞に響く。
前衛に配置されていた二人の騎士が瞬時に血相を変え、自らの身を隠すほどの巨大な重盾を前方に突き出した。
ガガァンッ!!
激しい火花が散り、オークソルジャーたちの振り下ろす戦斧の直撃を辛うじて受け流す。
しかし、連戦の疲労で踏み込みの甘かった二人の騎士は、強烈な衝撃に体勢を大きく崩してしまった。
そこへ、すさまずオークソルジャーたちが太い肩から体当たりをぶち込んでくる。
ドゴォッ!!
「ぐあぁっ!?」
「きゃああっ!?」
吹き飛ばされた二人の騎士が背後の味方に激突し、後ろに控えていた後衛の騎士たちとラブリル姫までもが巻き込まれて体勢を大きく乱された。
絶好の好機と見たオークソルジャーたちが、唾液を撒き散らしながら殺意の戦斧を振り上げ、倒れ込んだ彼らへと迫る!
だが、ただの姫様ではない。
最前線で揉まれてきた聖騎士ラブリルは、驚異的な身体能力と執念で瞬時に体勢を立て直した。
「神聖なる光よ、我が刃に集え……! ハアアアアッ!!」
光の魔力を纏わせた大剣を一閃! 突っ込んできた先頭のオークソルジャーの巨体を、斜め一文字に強烈な草薙の刃で一刀両断に切断してみせた。
鮮血を撒き散らして崩れ落ちるオークの巨体。ラブリル姫は騎士たちとオークたちの隙間に固い踏み込みで立ち塞がり、大剣を青眼に構え直した。
血走った目で睨みつけてくる残りのオークソルジャーたちを眼光だけで威圧しながら、ラブリル姫は背後の部下たちへ鋭く叫びを飛ばす。
「立ち上がれ! 体勢を立て直すのだ! 前衛は重盾を構え直せ! 後衛は間髪入れずに攻撃魔法を詠唱しろっ!!」
「「は、はいっ!!」」
後衛に控える二人の騎士の職業は『魔法騎士』。
彼らは即座に杖を掲げ、最も詠唱速度が速く威力の高い基礎攻撃魔法『ファイアーボール』の詠唱を開始した。
前衛の二人の騎士も歯を食いしばり、膝の震えを押さえ込んで腰を低く落とし、重盾をしっかりと正面に構えて姫の前に進み出る。
「グガッ!? 魔法の詠唱だと!?」
オークソルジャーたちは後方で高まる魔力を察知し、潰そうと慌てて前傾姿勢で突き進んでくる。
だが今度は、前衛の騎士二人が魂を込めた重盾の壁でオークたちの進撃を正面からガッチリと受け止め、力任せに弾き返した!
「今だっ! 放てぇええっ!!」
ドガァァァンッ!!
弾き飛ばされて隙だらけになったオークたちの真っ只中へ、二つの極大火球が炸裂!
前頭部の顔面にダイレクトに着弾したオークソルジャーたちの顔が、一瞬にして猛烈な炎の渦に包み込まれた。
ジュウウウッ! と脂の乗った肉が焼け焦げる不快な臭いが周囲に充満する。
致命傷とまではいかないものの、激痛と視界の喪失によってオークたちの陣形に決定的な大隙が生まれた。
「仕留める……! これで終わりだぁっ!!」
ラブリル姫はその絶好の機会を見逃さなかった。
閃光のような身のこなしで踏み込み、大剣の刃に光の粒子を爆発させながら、炎に身悶えるオークソルジャー2匹を一息に撫で斬りに叩き斬った!
悲鳴を上げながら次々と倒れていく魔物たち。
迷宮都市ラビリスの誇る騎士隊は、こうして怒涛のモンスタールームの奇襲を何とか凌ぎ切ったのだった。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
6名いた騎士隊のうち、一人であるヒューバートがオークの戦斧によって一瞬で惨殺され、残るは5名。
しかも、死力を尽くした猛攻によって全員が傷だらけのボロボロな状態だった。
まともに戦える身体を残しているのは、聖騎士である領主の娘ラブリルと、後衛の魔法騎士2名のみ。
前衛の二人はいまだに指一本動かすことができず、重盾すら持てないほどの深刻な筋破壊と疲労に襲われ、地面に荒い息を吐きながら座り込んでいた。
「ハァ……ハァ……。皆、よく耐えてくれた。少しここで身体を休めてから……地上へ帰還しよう」
ラブリル姫も大剣を地面に突き立て、荒い息を吐きながら痛む身体を鼓舞した。
「は、はい……! 承知いたしました……!」
魔法騎士の二人は倒したオークソルジャーたちの死体から素早くナイフで解体し、貴重な魔石や部位素材を剥ぎ取りながら答えた。
——その時だった。
カツン……カツン……と、通路の暗がりから無遠慮な足音が近づいてきた。
ただの足音ではない。底知れぬ悪意と不穏な殺気を孕んだ影が、暗闇からゆっくりと迫ってくる。
「……ッ!? 何者だっ!?」
ラブリル姫は一瞬で表情を緊迫させ、地面に突き刺していた大剣を疾風のごとく引き抜いて構え、後ろを鋭く振り返った。
暗がりから姿を現したのは——真っ赤な革鎧と、右腕に鮮血のような赤い布を巻きつけた、冒険者Aランククラン『紅蓮の刃』の面々だった。
人数は6名。
リーダーのエンライをはじめ、クランの中核をなす凶悪な精鋭メンバーばかりだ。
「やあやあ、これはこれは……ラブリル姫様ではありませんか。一体どうされたのです?」
エンライは下品な口元にニヤニヤとした笑みを浮かべ、わざとらしく芝居がかった仕草で肩をすくめて見せた。
ラブリル姫は相手が顔見知りの有名クランだと確認し、張り詰めていた緊張をわずかに緩めて安堵の息を漏らした。
「エンライ……! ちょうど良いところへ来てくれた。ご覧の通り、オークどもの群れになんとか競り勝ちはしたものの、仲間が一人死亡し、二人がまともに動けない重傷を負ってしまった。残った我々も深傷を負い、この満身創痍の状態で地上まで無事に辿り着けるか不安があったのだ……。頼む、どうかダンジョンの外まで、我々の帰路の護衛を引き受けてはもらえないだろうか?」
縋るような目を向けるラブリル姫に対し、エンライの瞳の奥で、ドス黒い凶気に満ちた欲望がギラリと怪しく光ったのだった。




