第337話 【動き出す暗雲と騎士姫の危機!】ギルド総力戦の開幕! 大迷宮地下8階、迫り来る罠と乙女の油断!
「いいかお前ら! これは冒険者ギルドの歴史上最大の危機だ! そしてこの『千尋の洞窟』から魔物と素材が湧かなくなれば、この迷宮都市ラビリスそのものの息の根が止まる! つまりは都市全体の存亡がかかった決戦なんだよ! 何としても原因を突き止め、障害となるものを排除しろ! 死ぬ気で……いや、死んでもやり遂げろぉぉぉおおっ!!」
ギルド前に集められた大勢の猛者たちを前に、壇上に立った『紅蓮の刃』のリーダー・エンライが、全身の血を滾らせるような大音声で檄を飛ばした。
荒々しい咆哮とともに、集まったBランク以上の集団から地鳴りのような歓声が上がる。
こうして、冒険者ギルドは全戦力を総動員し、大迷宮『千尋の洞窟』の全域大調査という名の総力戦へと乗り出すこととなったのだ。
……さて、ギルドがそんな大騒ぎを起こしているとは露知らず(あるいは半ば知っていながら)、俺たちはダンジョン攻略を再開することにした。
「よし、それじゃあ一気に仕切り直しと行こうか」
俺たちは空間転移の魔法を使い、昨日到達していた地下5階のボス部屋の前へと一瞬で躍り出た。
即座に全員が高位の隠蔽魔法を発動させ、姿、気配、音、匂いに至るまで世界からその存在を完全に覆い隠す。
薄暗く静まり返った階段を下り、俺たちは地下6階へと足を踏み入れようとしていた。
「アンナ、前回の反省を活かしてね。今回は階層の魔物を全滅させたりせず、俺たちの進行ルート上に立ちふさがった魔物だけを討伐するんだよ」
俺の念話での釘刺しに、影から忍び出たアンナは深々と頷いた。
(ははっ、承知いたしましたヒロト様! 今度は決してやり過ぎぬよう、厳密に加減いたしますのでご安心ください)
昨日、冒険者ギルドで大騒ぎになっている凄惨な大混乱の様子は、アンナが放った密偵用の羽蟻経由で、俺たち全員がリアルタイムの映像として共有している。
自分たちの規格外すぎる行動がどれほどの騒動を引き起こすか、流石にみんな嫌というほど理解していた。
地下6階以降へと足を踏み入れると、出現する魔物たちの種族や能力は一層凶暴で強靭なものへと跳ね上がっていく。
だが、隠蔽状態の俺たちの前では何の意味もなさない。
最前線を走るアンナの漆黒の刃と、九尾の狐キュウの不可視の爪が一閃するたびに、襲いかかってくる強力な魔物たちは反撃の機会すら得られず、一瞬で屠られていく。
そして倒された死骸や素材は、後方を歩くグレイアの影の保管庫へと滑らかに回収されていった。
あまりにも順調すぎるペースで階層を駆け抜け、俺たちが地下8階へと降り立ったその時。
前衛のアンナがピタリと足を止め、緊迫した念話を飛ばしてきた。
(……ヒロト様。この先のアウトラストエリアにて、人間同士が激しく争っている気配を感知いたしました)
(えぇ……またかぁ。まったく、このダンジョンは人間同士のトラブルが多すぎるんじゃないかい?)
俺は呆れ半分、溜息混じりに肩をすくめたのだった。
◇
同じ頃——大迷宮『千尋の洞窟』地下8階。
薄暗い岩肌が広がる広大な空洞内で、銀光を放つ甲冑に身を包んだ一団が絶え間なく剣を振るっていた。
領主ラバガルが誇る直属の親衛騎士隊である。
集結している人数は6名。
いずれも数多の修羅場を潜り抜けてきた、騎士隊の中でも屈指の上位の実力者たちだ。
そして、その中央で圧倒的な剣技を振るっていたのは、領主の愛娘ラブリルであった。
部下の騎士たちから敬愛を込めて『姫』と称される彼女の職業は、光の加護を受けし聖騎士。
迷宮都市ラビリスの全戦力の中でも間違いなく指折りの実力を誇り、全身を白銀の精巧な全身鎧で固めている。
兜は着用しておらず、戦闘のたびに揺れる眩いばかりの金色の長髪と、意志の強さを秘めた澄み切った青い瞳が印象的だ。流れる汗を散らしながら剣を振るうその姿は、戦場に咲いた一輪の気高く美しき白百合そのものであった。
地下5階までの階層から突如として魔物が完全に消失したことにより、都市の経済を支えていた下級・中級冒険者たちは完全に手足を奪われていた。
それに伴い、都市の市場へ流れてくる魔物の素材や魔石の量は極端に激減。
この壊滅的な状況が続けば、都市全体の流通が破綻し、存続そのものが危ぶまれる。
事態を重く見た領主は、やむを得ず大きな危険を承知の上で、直属の騎士隊をダンジョンへと急派。
上級冒険者しか立ち入ることが許されない地下6階以降の深層へと足を踏み入れさせ、騎士隊自らの手で緊急の素材回収を行うよう命じたのだった。
その際、並外れた剣技と聖属性魔法の腕前を持つラブリル姫は、父である領主の激しい反対を押し切り、陣頭に立ってダンジョン内部へと同行していたのである。
「姫様、どうか無理はなさらないでください! 我々が前衛を務めます!」
部下の騎士が声を張り上げると、ラブリルは一閃の下に一匹の怪物を切り伏せ、サラサラと金髪をなびかせて振り返った。
「大丈夫だ! 地下6階以降も我らの連携であれば、何ら問題なく攻略可能だな。この調子であれば、予定通りの素材量を確保して地上へ帰還できそうだ」
「さすがラブリル姫様! 我らが誇る最高の聖騎士様です!」
騎士たちは息を合わせ、襲いかかってきた5匹の巨体オークの群れを速やかに討伐し、ようやくホッと一息をついた。
「よし……次のエンカウントを最後にして、一旦地上へ帰還するとしよう」
「ハッ! 承知いたしました!」
ラブリルはキリッとした表情で命じ、部下たちも力強く頷いた。
彼らは普段、対人戦や集団陣形による対騎士戦の訓練を過酷なまでに重ねてきている。
だが、不規則な動きと容赦のない殺意を叩きつけてくる『魔物との戦闘』は、勝手が全く異なる。
連戦の疲労は知らず知らずのうちに彼らの肉体と精神を蝕んでおり、彼ら自身もその疲労度を正確に自覚できていなかった。
そして何より……ここまでの道中があまりにも順調に討伐できていたがゆえに、彼らの心には決定的な『油断』が生じていた。
慣れない深層ダンジョン。
死と隣り合わせの危険な領域であることは重々認識していたはずだった。
しかし——「次が最後だ」という安堵の思いが、最強の騎士たちの隙を生み出し、死角から迫る悪意の牙に気づくのを遅らせてしまっていたのである。




