第336話 【消えた魔物と蠢く暗雲!】大迷宮の異変に揺れる都市! 最強の影が齎す混乱と牙を研ぐギルドの刺客!
一瞬にしてボス部屋を包み込み、ゴブリンの大群を魔石を残して綺麗に消滅させたキュウの圧倒的な威力。その光景を見届けながら、元勇者のユイが「ふふっ」と満足そうに微笑んだ。
「うん! 解体や部位分けの手間が省けるし、魔法で綺麗に消滅しちゃった方が作業も減って最高だね!」
だが、その言葉に龍脈の魔女ウィーラがパイプを揺らし、苦笑いを浮かべながら言及する。
「まあ、ゴブリンのような汚らしい魔物ならそれで構わんじゃろうが……毛皮や爪、貴重な牙なんかが高額な素材になる魔物の場合は、できる限り慎重に倒して原形を留めた方がいいじゃろうな」
ダークハイエルフの女王グレイアも、優雅に自らの艶やかな髪を弄りながら頷いた。
「ええ、その通りですわね。そういった貴重な素材を持つ魔物が現れた際は、私が素材を傷つけないよう、影の刃で綺麗に一閃して倒すことにいたしましょう」
ひとまず地下5階のボス部屋まで制圧した俺は、顎に手を当てて満足げに提案した。
「よし、階層の把握もできたし、これまでに集めた素材をアキルイさんに売るために、一旦宿へ帰ろうか」
隠蔽魔法を維持したまま速やかに地上へ引き返し、俺たちは潜入拠点である『小鳥の宿』へと戻ってきた。
宿屋のフロントにいた従業員に三つ目族の商人アキルイの所在を確認すると、「ちょうど先ほどお戻りになられたばかりで、2階の自室におられます」とのことだったので、すぐに呼び出してもらった。
俺たちが1階の広々とした食堂のテーブル席でお茶を飲みながら待っていると、2階から階段を駆け下りてくる足音が響き、息を切らしたアキルイが姿を現した。
「ヒロト様、皆様! お帰りなさいませ! いやはや、様子を見に行かれただけにしては、随分と早いお帰りですね……!」
「まあね、とりあえず軽く下調べをしてきただけさ。それよりアキルイさん、早速だけどダンジョンで手に入った素材を買い取ってもらいたいんだ」
俺の提案に、アキルイは第三の目を嬉しそうに輝かせた。
「おおっ! それは誠に有難うございます! もちろん喜んで買い取らせていただきますよ! ……ですが、手荷物は特に持っておられないようですが?」
「ここで広げるにはあまりにも量が多すぎて、置ききれないんだよね。どこか近くに大きな倉庫の宛てはあるかい?」
アキルイは「うーむ」と少し首をかしげ、額の目を細めた。
「私が個人的に契約している貸し倉庫はございますが……そんなに大量なのですか? 探索に行かれてから、まだ数時間しか経過しておりませんよ……?」
「まあ、百聞は一見に如かずだ。その倉庫へ案内してくれよ」
「は、はあ……畏まりました。それではこちらへどうぞ!」
アキルイの先導で宿の裏手に回ると、そこには家一軒分ほどもある、頑丈な石造りの大きな倉庫が立っていた。重厚な扉の鍵を解錠し、アキルイが中へと招き入れる。
薄暗い倉庫の中央へ足を踏み入れ、俺はグレイアに視線を送った。
「グレイア、出してやってくれ」
「畏まりました、陛下」
グレイアが優雅に腕を掲げると、彼女の足元から漆黒の闇が津波のように一気に広がり、倉庫の床一面を覆い尽くした。
直後——ジャラジャラジャラッ!! ズサァァァッ!!
倉庫の中に、耳を塞ぎたくなるほどの物凄まじい金属音と激しい衝撃音が響き渡った!
闇の底から吐き出されたのは、山のように積み上がる魔石、鋭く磨かれた無数の爪や牙、ゴブリンやコボルトの上質な皮、果ては希少な武器や防具の山だった。それらは倉庫の天井に届かんばかりの巨大な素材の『山脈』を形作っている。
「え……ええええええええっ!?」
アキルイはあまりの凄惨な光景に三つの目を限界まで見開き、開いた口が塞がらない様子で腰を抜かしかけた。
「な、ななな何ですかこれはぁぁぁっ!? 一体どんだけ倒してきたのですか!?」
「あはは……ちょっとやり過ぎちゃったのは自分でも分かってるんだ。地下1階から地下5階までの魔物を、根こそぎ一網打尽にして倒してきた結果さ」
「ええええええええっ!? 5つの階層を……たった数時間で根こそぎ!? 冗談でしょう!? 精鋭の騎士団ですら何日もかかるのですよ!?」
アキルイの絶叫が倉庫内に空しく響き渡る。
「まあ、そういうわけだから。これだけの量だし、正確な査定や鑑定にも時間がかかるだろう? 代金の支払いは後日、落ち着いた時で構わないよ」
「は、はあぁ……畏まりました……。恐ろしすぎます、皆様の異次元すぎるお力は……」
アキルイが青ざめた顔で平伏し、必死に汗を拭うのを横目に、俺たちは満足して倉庫を後にした。
◇
一方その頃——迷宮都市ラビリスの『冒険者ギルド本部』は、かつてないパニックと大混乱の渦中に叩き落とされていた。
「おいギルド! 一体どうなってやがる! 地下1階から地下5階まで、魔物が一匹もいねぇぞ! クエストが達成できねぇだろうが!」
「そうだそうだ! ゴブリン一匹、コボルト一匹すらいないんだ! 討伐証明の部位が手に入らないから、今日の稼ぎがゼロになっちまう!」
受付カウンターには、怒号を上げる大量の冒険者たちが殺到していた。
魔物が一瞬にして完全に消失したため、冒険者たちが受注していた討伐クエストの達成が不可能になり、ギルドへ不満とクレームが殺到していたのだ。
さらに深刻なのは商人たちだった。ギルドと契約している大手商社への素材や魔石の供給が完全にストップし、経済的な大打撃が生じ始めていたのである。
前代未聞の異常事態。
事態を極めて重く見た冒険者ギルドが、事態の真相を究明するための最優先緊急調査クエストを発注するのは、まさに必然であった。
ギルド本部の最奥にある執務室。
そこへ、この都市の冒険者たちの頂点に君臨する最高戦力が緊急招集されていた。
Aランクパーティー『静かなる雷斧』のリーダーであり、重厚な大斧を背負うドワーフの頑固者ドワライ。
そして、Aランククラン『紅蓮の刃』のリーダーであり、目立つ赤髪に真っ赤な高級革鎧を纏った冷酷な人間戦士エンライ。
二人の前に、厳めしい表情を浮かべたギルド長ギランガが重々しく口を開いた。
「二人とも、よく来てくれた。……千尋の洞窟の地下5階までの魔物が、完全に姿を消したという異常事態は知っているな?」
エンライが凶暴な光を瞳に宿し、鼻で冷たく笑った。
「当然知っている。……それどころか、うちのクランのメンバー3人が、ここ数時間で立て続けに行方不明になっているんだ。ただの異変じゃねぇ、裏で何かが動いてやがる。うちの『紅蓮の刃』は総力を挙げてこの問題に対処し、邪魔な敵を叩き潰すつもりだ」
一方、ドワーフのドワライは腕を組み、不機嫌そうに髭を撫でた。
「俺は今初めて聞いたぜ。俺たちはそんな浅い階層でちまちま活動してねぇからな。一体全体、何が起きているってんだ?」
ギランガギルド長は重々しく机を叩いた。
「理由はどうあれ、冒険者たちがクエストを消化できず、提携している商人たちからのクレームと圧力が頻発している。一刻も早い早期解決が不可欠だ。『静かなる雷斧』にもこの原因調査を依頼する。……これはギルド命令としての『強制指名依頼』だ」
「ちっ……強制指名じゃ断れねぇな。分かったよ、引き受けよう」
ドワライが渋々頷くと、ギランガギルド長は冷徹な眼光を二人に向けた。
「それだけではない。当都市に滞在しているBランク以上の全パーティー、全クランにこの調査クエストへの『強制参加』を命じる。冒険者ギルドの総力を結集し、この大迷宮に潜む謎の真相を暴き出すのだ!」
間もなくして、冒険者ギルド前の大広場には、強烈な殺気と威圧感を放つBランク以上の凄腕冒険者たちが一堂に集結させられた。
壇上に立ったギルド職員の手によって、大迷宮の異常事態を解明するための、前代未聞の大規模調査クエストの概要が威厳をもって発表されるのだった。




