第329話 【鋭利なる洞察と裏の謀略!】迷宮都市を牛耳る暗闘! 勇者をも驚愕させる皇帝ヒロトの神領域の推理!
『小鳥の宿』の豪華な個室にて、規格外の取引を終えた後も、三つ目族の商人アキルイとの密談は続いていた。
テーブルに広げられた未だ誰も見たことのない秘宝や絶品食材の余韻に包まれる中、アキルイは第三の目をゆっくりと瞬かせ、探るような視線をこちらに向けた。
「ヒロト様……率直にお伺いいたしますが、皆様がこの迷宮都市ラビリスへお越しになられた最大の目的は、やはりあの『迷宮』で間違いございませんか?」
俺は椅子の背もたれにゆったりと身体を預け、コーヒーカップを傾けながら頷いた。
「ああ、その通りだよ。未攻略のダンジョンがあると聞いてね。少しばかり興味があって立ち寄ったんだ」
横でパイプをくゆらせていた龍脈の魔女ウィーラが、紫煙をくうっと吐き出しながら楽しそうに追従する。
「クックック……この殺風景で無駄にデカいだけの都市において、我らの興を惹くものなど巨大な迷宮くらいしかないからのう」
「やはりそうでございますか」
アキルイは深く頷き、ふむと顎に手を当てた。
「では重ねてお伺いしますが……ヒロト様方は、この国の『冒険者ギルド』に冒険者としての身分登録をされておりますでしょうか?」
「いや、していないよ。俺たちの中に冒険者ライセンスを持っている者は一人もいないな」
「なるほど……。ですが、この都市に聳え立つ大迷宮『千尋の洞窟』は、原則として冒険者ギルドが発行する正規の身分証を持つ冒険者以外、内部への立ち入りが固く禁じられているのです」
「ふむ。正規のライセンスがないと入れない、か」
「ええ。ですが、ギルドの窓口へ行けば簡単な適性検査と登録料だけで、即座にランクFの冒険者登録が可能です。すぐにでも迷宮へ潜ることができますが……ヒロト様方は冒険者登録をされるおつもりはございますか?」
俺は即座に首を横に振った。
「いいや、冒険者登録をする気は一切ないよ。どこかの組織に所属して面倒な制約や規約に縛られるのは、俺の性分じゃないからね」
俺の迷いのない回答を聞いたアキルイは、恐れ入りましたと言わんばかりに苦笑いを浮かべた。
「……ハハハ、やはりそうでございますか。お断りになられると確信しておりましたよ」
「ん? どういうことだ? なぜ俺たちが登録しないと分かったんだ?」
俺が問いかけると、アキルイは第三の目を細め、商人の鋭い眼光を覗かせた。
「理由は明確でございます。先ほどグレイア様から買い取らせていただいたあの凄まじい魔物の素材……あれらは、並の国家の近衛騎士団ですら全滅しかねない極限の深層、あるいは伝説級の魔物を討伐せねば絶対に入手できない代物ばかりでした。通常、そういった超高ランクの素材を入手した場合、冒険者であれば『必ず』冒険者ギルドの買い取り窓口を通して換金するのがこの街の鉄の掟。冒険者ギルドは、所属冒険者が民間の商人と直接取り引きして素材を横流しすることを厳しく禁じており、もし破ればライセンス剥奪や巨額の違約金という厳しいペナルティが科されます。しかし、ヒロト様方は何のためらいもなく私のような一介の商人に直接お売りになられた。それに、皆様の身のこなしや佇まいからは、他国から来たとは言え、冒険者特有の泥臭さや荒々しさが全く感じられない……。故に『圧倒的な実力を持ちながらも、冒険者ギルドとは無縁の存在である』と判断させていただいたのです」
俺は感心して手を叩いた。
「なるほどなぁ。確かに素材を直接売ったのは少し軽率だったかもしれないが、そこまで見抜くとはさすが真贋の眼力を持つ優秀な商人だ」
「恐縮です。……そこで、ヒロト様に一つ、重大なお願いがございます」
アキルイは姿勢を正し、真剣な面持ちで俺を直視した。
「何かな?」
「冒険者登録をされないとなれば、ヒロト様方のその規格外の実力をもってして、何らかの裏の手法で秘密裏に迷宮へと侵入されるおつもりでしょう。……どうか、その際に迷宮の深層で新たに入手された貴重な素材や宝物を、すべてこの私めにお売りいただけないでしょうか!」
アキルイの必死な訴えに、俺は少し意外そうな顔をした後、口元を薄く歪めた。
「ふ~む……。俺たちとしては、信頼できるアキルイさんに素材を引き取ってもらえるなら何の問題もない。だが……アキルイさん、そんなことをして貴方自身の身は『大丈夫』なのかい?」
俺の意図を察したアキルイは、一瞬驚きに第三の目を丸くしたが、すぐに深く深く頭を下げた。
「……ッ! そこまでお見通しでございますか。流石はヒロト様、恐れ入りました」
二人の会話を横で聞いていた元勇者のユイが、頭の上にいくつも疑問符を浮かべて割って入ってきた。
「えっ……? ちょっと待ってヒロト、どういうこと? アキルイさんが危険になるって、一体なんでなの!?」
俺は困惑するユイに向き直り、分かりやすく解説してあげた。
「要するに、アキルイさんが命の危険に晒されるってことだよ」
「ええっ!? なんで素材を買い取るだけで命を狙われるの!?」
「いいかい、ユイ。冒険者ギルドという組織はね、ダンジョンから産出される莫大な素材や魔石の流通を『独占』することで膨大な利益と利権を得ているんだ。だからこそ冒険者たちに対しても、ギルド以外のルートで売買することを厳しく禁じている。それなのに、ギルドの預かり知らぬ裏ルートで、聞いたこともないような超高級素材や激レアアイテムがアキルイさんの手によって市場に出回ってみろ? ギルドの利益と面子は丸潰れだ。当然、冒険者ギルドはアキルイさんを害悪とみなして、暗殺者や刺客を送り込んで消そうとするだろうね」
それを聞いたユイは青ざめ、アキルイを心底心配そうな目で見つめた。
「そ、そうか……! ギルドの独占ビジネスを邪魔することになるんだ! アキルイさん、めちゃくちゃヤバいじゃん! 殺されちゃうよ!?」
しかし、当のアキルイは全く怯む様子もなく、不敵な笑みを浮かべて胸を張った。
「ユイ様、温かいご心配をいただき深く感謝いたします。ですが、どうぞご安心ください。私めには相応の『備え』がございます。ヒロト様方にご迷惑をおかけすることは決してございませんし、私の安全も完璧に確保されておりますので」
「えっ……? ホントに? ギルドって街で一番強い組織なんでしょ? どうやって自分を守るの?」
首をかしげるユイに対し、俺は静かにコーヒーカップをテーブルに置き、アキルイの目をじっと見つめた。
「……なるほど。『領主』か」
俺の口から出たその一言に、アキルイはハッと息をのみ、第三の目を大きく見開いて呆然と固まった。
「……っ!! す、凄まじい……! そこまで、そこまでの深層まで一瞬で察せられますか……!!」
完全に取り残されたユイは、「えええーっ!?」と大声を上げて頭を抱えた。
「何何何!? ちょっとヒロト、全然意味が分からないんだけど!? なんで急に領主様が出てくるの!?」
俺は苦笑しながら、パニックになる元勇者へ懇切丁寧に種明かしをした。
「簡単な消去法だよ、ユイ。都市の中で巨大な権力を持つ冒険者ギルドが、手を出したくても絶対に手を出すことができない唯一の存在……それこそが、この都市を治める『領主』だ。本来、ダンジョンという巨大な資源は国家および土地の治め主である領主の所有物であって、冒険者ギルドの所有物じゃない。だがギルドが利権を貪り、肥大化していく中で、領主とギルドの間には間違いなく決定的な不和や対立が生まれている。ギルドの圧力に屈しない安全を担保できる裏付けるバックボーンがあるということは、アキルイさんが領主の密命や意向を受けて動いている『裏の商人』であると推察するのは容易なことさ」
俺の説明を聞き終えたユイは、顎が外れそうなほど口ぐぐっと開けて俺を凝視した。
「ええーっ……!! 今の短い会話だけで、そこまで裏の政治的背景まで見抜いちゃったの!? ヒロト、凄すぎるよ……! ね、ねえ、みんなは分かってたの!?」
ユイが助けを求めるように周りの眷属たちを見渡すと、ダークハイエルフのグレイアが優雅に髪をかき上げ、どこか誇らしげな笑みを浮かべた。
「ふふ、ヒロト様ですからねぇ。この程度の盤面の読み取りなど、我が主君にとっては朝飯前ですわ」
「うむ。主様の叡智は神の領域じゃからな。まあ、わしやグレイアも、この街の空気感とアキルイの立ち振る舞いから何となく察してはおったがの」
ウィーラもパイプの煙をくゆらせながら、我が意を得たりとばかりに頷く。
ユイに尊敬と称賛の眼差しで見つめられ、俺は少し照れくささを感じつつも、まとめに入った。
「まあ、つまり簡単に言えば、この迷宮都市ラビリスでは『領主派』と『冒険者ギルド派』が水面下で激しい権力闘争を繰り広げていて、お互いにすこぶる仲が悪いってことだろうね」
アキルイは汗を拭いながら、心の底から平伏するように深々と頭を下げた。
「……まさに、ヒロト様のおっしゃる通りでございます。私のような者の浅知恵など、貴方様の御前では掌の上の戯れに過ぎませんでしたな。ですが、これで私を信頼していただけたかと存じます。迷宮都市の闇を逆手に取り、最高の条件で皆様をサポートさせていただきますよ!」
迷宮の最深部に眠る未知の宝と、都市を揺るがす二大勢力の暗闘。
新たなる冒険の舞台は、俺たちの想像以上に刺激的で面白いものになりそうだった。




