第325話 【次なる舞台は未知の深淵!】迷宮都市ラビリスへの道と、集う美しき最強眷属たちの新たなる冒険!
激動の暗黒街ミレースの幕が閉じ、静けさを取り戻した樹海帝国皇帝の城。
日差しが柔らかく注ぎ込むいつものリビングで、俺はふかふかの高級ソファーにゆったりと腰掛け、淹れたての香ばしいコーヒーを喉に流し込んでいた。
俺のすぐ右手には、神々しい神気を漂わせる応龍のハクが寄り添うように座り、甲斐甲斐しく俺の肩を揉んでくれている。左手には、透き通るような美しさを誇る精霊王(世界樹)のレイが座り、微笑みながら俺の空になったカップにそっと温かいお湯を注ぎ足してくれた。
「……ふぅ。結局、俺は暗黒街ミレースの現場には行かなかったな」
俺が溜息混じりに呟くと、対面の豪華な一人掛け椅子に腰掛けた元勇者のエルダーリッチ、ユイがクスクスと可愛らしく笑った。
ユイは最近すっかりお気に入りとなったガラス製のプレス式ティーサーバーのレバーを静かに押し下げ、甘く華やかなアップルティーの香りを部屋中に漂わせている。
「ふふっ、ミレースに直接乗り込んだのはグレイアだけだったものね。皇帝陛下がわざわざ出張るほどの相手でもなかったってことよ」
透き通ったティーカップから広がる蒸気とともに、ユイが優雅に一口喉を鳴らしたその時、リビングの重厚な扉が静かに開いた。
「今からでも行きたいのなら、お供するわよ?」
凛とした声とともに部屋に入ってきたのは、暗黒街の大掃除を完璧に終わらせて帰還したばかりのダークハイエルフ、グレイアだ。
「おや、グレイアお帰り。ご苦労だったのう。……しかし今からミレースに行っても、もう大した住民は残っておらんじゃろ?」
そう言って微笑んだのは、龍脈の魔女ウィーラだ。彼女はお気に入りの陶器製ティーポットを手に持ち、繊細な彫刻が施されたティーカップの上にティーストレイナーを重ね、黄金色に輝くダージリンティーを丁寧に注ぎ分ける。香ばしいお茶の香りが一層深まった。
グレイアは自らの手で淹れたお茶を受け取ると、少しだけ悪戯っぽく唇を端を上げた。
「ええ、その通りよ。虐げられていたハーフエルフたちは私の国に全全員保護したし、害悪だった半魔族は跡形もなく消去したわ。主命通り、半獣人とダンピーラどもの戦力も根こそぎ減らしておいたからね」
「あはは……じゃあ今から行っても本当に何にも残ってないわけね」
ユイが苦笑すると、グレイアはふっと表情を柔らかくして首を傾げた。
「ごめんなさいね。暴れ足りなかったかしら?」
「いやいや! 謝らないで! 責めてるわけじゃないし、完璧な仕事に感謝してるくらいなんだから!」
「ふふふ、分かっているわよ」
二人の微笑ましいやり取りを眺めていると、俺たちの影から静かに一人の少女姿の眷属が姿を現した。キラーアントエンプレスのアンナだ。忍者然とした装束を完璧に着こなした彼女は、胸の前で印を結び、恭しく膝をつく。
「皇帝陛下。暗黒街ミレースには私の眷属である兵隊蟻たちを網の目のように配置しております。あのような陰湿な街、陛下がお手を汚さずとも、いつでも我が目となって監視し、即座に滅ぼすことが可能です」
「頼もしいな、アンナ。……よし、ミレースの件はこれで完全に完了だ。そろそろ次の目的地へ向かうとしよう。グレイア、ミレースの近くに、何か面白い町はあるか?」
俺の問いかけに、グレイアは待っていましたとばかりに瞳を輝かせた。
「そうね……それなら『迷宮都市ラビリス』が一番近いわね」
その言葉が出た瞬間、リビングの空気が一変した。
「迷宮……! ダンジョンね!」
ユイが身を乗り出し、目を輝かせる。すると、横から情熱的な赤毛を揺らして会話に割り込んできたのは、吸血鬼真祖のヒナだった。彼女はダンジョンマスターとしての顔も持っており、ガラス製のティーサーバーで淹れた美しいルビー色のローズヒップティーを手に、興奮気味に顔を輝かせている。
「ちょっと待って、他人の作った未開の迷宮だなんて……めちゃくちゃ興味深いじゃない! どんな構造なのかワクワクするわ!」
「そうよね! 異世界転生と言ったら、やっぱりダンジョン攻略は絶対に外せないお約束だし!」
ノリノリのユイに対し、ヒナが首を傾げて問いかける。
「そういえばユイって、以前の勇者時代に迷宮へ行ったことあるの?」
「あるわよー! 勇者としてこの世界に召喚された直後、スパルタでダンジョンに突っ込まれて、死に物狂いでレベル上げさせられたんだから。今となっては良い思い出だけどね」
「ほほー! それは羨ましいわね。私もその異世界の定番ってやつを全力で体験してみたいわ!」
ヒナの興奮ぶりに、俺は思わず微笑んだ。
「ヒナはもうすぐ出産を控えてるんだから無茶は禁物だけど……出産後のリハビリ兼、気分転換には丁度いいかもしれないな」
隣に座る応龍のハクも、嬉しそうに手を叩いて同意する。
「それは素晴らしいお考えです、主様! 出産後、生まれてくる可愛らしいお子様たちのレベル上げも兼ねて、眷属みんなで賑やかに行きましょう!」
「そうだね。ヒナ以外のダンジョンマスターが作った迷宮というのも、一度じっくり見てみたいしな」
俺が頷くと、それまで静かにソファーで脚を組んでいた大悪魔ベルフェゴルのサクラが、ふっと鼻で笑った。彼女の足元では、使い魔である黒い猫又のミサキが丸くなって気持ちよさそうに目を閉じている。
「ふふん、期待しすぎない方がいいと思うよ~? この世界にある迷宮なんて、大したことないんだから」
俺、ヒナ、ユイ、そしてサクラの四人は、もともと異世界からの転移者だ。転移前の地球でゲームやライトノベルなどの知識が豊富であり、ダンジョンといえば何百階層もあるロマンの塊という認識がある。しかもサクラは、千五百年も前にこの世界に転移してきた大先輩だ。この世界の現実的なダンジョン事情にも精通しているのだろう。
ヒナが興味津々で身を乗り出す。
「ねえねえサクラ! この世界のダンジョンって、実際どんな感じなの?」
「うーん……一言で言えば『ほぼ単なる洞窟』ね」
「そうじゃな」と、魔女ウィーラもパイプの煙をくゆらせながら同意の相槌を打つ。「ファンタジーな仕掛けや豪華な階層なんて滅多にないぞ。ダンジョンと言えば、基本は薄暗い岩の洞窟じゃ」
「階層もすごく浅いのが多くてね」とサクラが続ければ、ウィーラも「そうじゃな、10階層もあれば深層と呼ばれるレベルじゃ」と頷く。
「ふ~ん、案外しょぼいのね……」
ヒナが少し拍子抜けしたように肩をすくめると、サクラは苦笑しながらお茶をすすった。
「階層主だって、大した強さのはいないよ?」
「うむ。出現するモンスターの9割は、せいぜいジェネラル種程度の強さでのう。我らの眷属からすれば、準備運動にもならんじゃろ」
なるほど、この世界のダンジョンの水準はそんなものか。俺は少し考え、グレイアに向き直った。
「グレイア、その『ラビリスの迷宮』はどんな感じなんだ?」
グレイアは指先をアゴに当て、思い出すように語り始めた。
「聞いた話だと、やっぱり基本構造は洞窟みたいね。でも、古代から存在していて一度も完全クリアされたことがないらしいわ。現在判明している最深部は23層までで、階層が深い分、他のダンジョンには生息していない希少なモンスターやレアな素材がたくさん採れるの。だからこそ、腕利きの冒険者や商人が集まって、都市全体が凄まじく賑わっているそうよ」
未攻略の23層以上の大ダンジョン。素材の宝庫、そして活気に満ちた未知の都市。
「……面白そうじゃないか。よし、決まりだ! 次の目的地は迷宮都市ラビリスにするぞ!」
俺が宣言すると、部屋の中に歓声が上がった。
ヒナがパッと表情を明るくして、俺の腕に抱きついてくる。
「やったぁ! ねぇねぇ、今回は私の使い魔のキュウも連れて行ってよ! 九尾の狐として、きっと頼りになるはずだから!」
「ああ、もちろんいいぞ」
すると、サクラも足元の黒猫を優しく撫でながら俺に視線を向けた。
「じゃあ、私の使い魔のミサキもお願いできるかしら? 最近ちょっと退屈そうにしてたから、連れて行ってくれると助かるわ」
「勿論だ。こちらからお願いしたいくらいだよ。ミサキの索敵能力と俊敏さは頼りになるからな」
足元で目をつむっていたミサキが、「ニャぁん」と可愛らしく、しかし力強く鳴いて応えた。
未知なる迷宮都市ラビリス——新たなる冒険と、さらなる無双の予感に、俺たちの胸は高鳴るのだった。




