第322話 【絶望の館と翻る裏切りの罠】卑劣なる重装の拷問! 覚醒するアマゾネスハーミアが掲げる真の正義!
「ヒッ、ひぃぃぃッ! や、やめてぇぇぇ……っ!」
半魔族の男が、拘束されて震えるエルファの細い右手を、見せしめるようにエルサラの目の前へ強引に引っ張り出す。
すぐ横に立つ別の半魔族が、ギラリと鈍い光を放つ長身のナイフを引き抜き、凶悪な笑みを浮かべた。その鋭利な刃先が、エルファの指先をなぞるようにゆっくりと滑る。
「や、やめて……お願いだから……っ! エルサラ様、私のせいでこのようなことに……ッ! 申し訳ございません……っ!」
涙で顔をグシャグシャに濡らしたエルファが、絶望に声の限りを絞り出してエルサラに謝罪する。その悲惨な光景に、半魔族の王グリガスは獰猛な歓喜を顔全体に浮かべ、声を張り上げた。
「ハハハ! 聞いたかエルサラ! 仲間をこれ以上惨めな目に遭わせたくなかったら、今すぐ古代兵器の在処を吐けぇッ!」
暴力と卑劣な手段を前に、エルサラは悔しさに唇を激しく噛み締め、ポタポタと血を滴らせた。しかし、やがて万策尽きたように重い息を吐き、すっかり諦めたような表情で視線を落とした。
「……分かった。私の館……その私室にある」
「ハッ! 最初から素直に吐けば余計な血を見ずに済んだものを! ほら立て、案内しろ!」
エルサラの降伏を受け、一行はぞろぞろとエルサラの館の内部へと足を踏み入れ、入り組んだ廊下を進み始めた。
先頭を行くのは、下半身を固く縄で拘束され、歩幅を狭められたハーフエルフの長エルサラ。
その左右をガッチリと固めて監視する半魔族の手下たち。
その後ろを、横柄な足取りでドスドスと歩く半魔族の王グリガス。
さらに、人質であるエルファを乱暴に引っ張る半魔族のグランダと、エルファを拘束する手下。
後頭部を強打されて意識を失い、ぐったりと引きずられるハーフエルフの幹部エルサイアと、その身体を担ぐ半魔族。
そのすぐ後ろを、不気味な笑みを浮かべながら悠然と歩くライオンの半獣人ライガム。
優雅な身のこなしで追従するダンピーラのヴァズド。
感情を一切表に出さず、冷徹な眼光を走らせるヴァルキリーのスクルド、ヒルド、スコグルの三姉妹。
そして、人質を取った卑劣な拷問劇に不満と激怒を顔いっぱいに爆発させ、拳を震わせながら続くアマゾネスのハーミア。
殿を務めるのは、ニヤニヤと下品な笑いを浮かべた半魔族の手下数人だ。
重苦しい足音が廊下に響く中、ふとグリガスが眉をひそめ、後ろを振り返った。
「……そう言えば、外で暴れていたハーフエルフどもの数が、事前に聞いていたよりやけに少ないな。奴隷にして売り飛ばすために、全員の潜伏場所も吐かせておかないと都合が悪い。おい、何処に隠れているか知っているか?」
グリガスの問いに対し、後ろを歩いていたライオンの半獣人ライガムが、太い腕を組みながら鼻で笑った。
「ふん、戦えない子供や老人は、すでに『樹海帝国』とやらへ避難しているぞ」
「なに……? 樹海帝国だと……!? おい、そんな大層な移動の報告、聞いてないぞ!」
「当たり前だろ。俺がお前に教えていないからな」
ライガムの余りにも不遜で挑戦的な態度に、グリガスはぴたりと足を止めた。
「全員止まれ!」
グリガスの殺気立った一言で、廊下を進んでいた一行は一斉に歩みを止める。
不穏な空気が満ちる中、グリガスは激怒した表情で振り返り、ライガムの前へとズカズカ歩み寄った。
「ライガム……てめえ、どういうことだ。隠し事をしていたというのか?」
「言葉通りの意味さ」
グリガスが怒りに任せてライガムの胸ぐらを掴もうとした、まさにその瞬間——。
ドカッ……!!
「ぐあぁッ……!?」
グリガスのすぐ後ろに控えていた半魔族のグランダが、手にしていた重厚な大剣の柄頭を、グリガスの無防備な後頭部へ力任せに叩きつけたのだ。
あまりの激しい衝撃に脳揺れを起こし、グリガスは白目を剥きながら前のめりに倒れ込み、激しく床に両手をついた。
「が、はっ……グラ……ンダ……お前……っ!?」
床に倒れ伏したグリガスの両腕を、ライガムが素早く、かつ完璧な手際で強固な魔法の縄で締め上げ、拘束を完了させる。
「フフフ、こういうことだよ、哀れな半魔族の王様」
グリガスは激痛に顔を歪ませ、血走った目で二人を睨みつけた。
「くっ……貴様らッ! 俺を……半魔族を裏切ったのかッ!?」
グランダは倒れたグリガスを見下ろし、大声で嘲笑した。
「ハハハハ! 裏切っただと? 勘違いするなよグリガス。我々は最初から、オーチ伯爵様の忠実な配下だ。お前のような蠢く虫ケラと同調していたとでも思ったか? ……さあエルサラ、案内を続けろ」
冷ややかな惨劇を静観していたスクルドが、氷のような声を放つ。
「ふん、オーチ伯爵の手勢だったか」
グランダは揉み手をしながら、ヴァルキリーたちに向かってペコペコと深々と頭を下げた。
「スクルド様、古代兵器の引き渡しに関しましては、グリガスとの事前の約束通り、全て貴女様方にお渡しいたします。どうか引き続き、我らの後ろ盾としてお力添えを」
「フン……樹海帝国と敵対しないという条件が守られるのであれば、引き続き手を貸してやろう」
「感謝いたします! それで充分でございます。我々とて、あの恐ろしい樹海帝国と正面から敵対する気など毛頭ございませんからね」
拘束され、床に転がされた半魔族の王グリガスが、屈辱に震えながら必死に叫んだ。
「ふ、ふざけるなッ! 外にいる俺の配下どもがハーフエルフどもを全滅させたら、すぐにこの館に大群で駆けつけて来るぞ! てめえらタダで済むと思うなよ!」
その叫びを聞いたライガムは、お腹を抱えて不快に笑い飛ばした。
「ハハハハ! おいおい、何の打ち手もなしにこんな大博打を打つと思っているのか? 本当におめでたい頭をした豚だな」
「な……なに……!? どういう意味だッ!?」
「いいか? 暗黒街ミレースには『四人の王』が存在する。それは知っているな?」
「それがどうしたってんだ!」
「ここにいるのは、お前とエルサラ……二人の王だ。なら、残りの二人の王はいま何をしていると思う?」
グリガスの顔から一瞬にして血の気が引いた。
「ま、まさか……ッ!?」
「ククク……気付いたようだな。今頃、半獣人の王とダンピーラの王が全軍を率いて、お前の手下の半魔族どもと、残ったハーフエルフどもをまとめて残らず殲滅している最中さ!」
「お、お前たち……最初から仕組んでいたのかッ!?」
グランダが意地悪く笑い、絶望に打ちひしがれるグリガスにとどめを刺した。
「ハハハ! その通り! 半獣人の王もダンピーラの王も、最初からオーチ伯爵様の完全なる配下なのだよ!」
「な……なんだと……ッ!?」
自分の愚かさと圧倒的な策謀の前に、グリガスは絶望の呻き声をあげることしか出来なかった。
◇
やがて一行は、重厚な装飾が施されたエルサラの部屋へと到着した。
グランダは部屋を見回すと、うっとりとした表情で手を開いた。
「さて……エルサラ。それで、肝心の古代兵器はどこに隠してあるのかな?」
しかし、エルサラは唇を固く結び、頑なに押し黙ったまま動こうとしない。
「おい、黙っていても無駄だぞ?」
グランダが苛立ちを募らせた瞬間、横にいたライオンの半獣人ライガムが、突如として凶暴な本性を剥き出しにした。
ガンッ……!!
「あがぁッ……!?」
ライガムの丸太のような脚が、拘束されて動けないエルファの腹部を烈火の如く蹴り上げたのだ。凄まじい衝撃を受け、エルファの華奢な身体はボールのように吹き飛び、石造りの壁に激しく激突した。
「ぐふっ……は……っ……!」
内臓を叩き潰されたエルファが、血を吐いて壁から崩れ落ちる。
「貴様! 何をするッ!」
エルサラが怒号をあげるが、ライガムは冷酷な笑みを浮かべ、崩れ落ちたエルファの元へとノシノシと歩み寄った。
「エルサラ、さっさと古代兵器の正確な隠し場所を言え! さもないと——」
ライガムは凶悪な拳を握り締め、エルファの頭上に振りかざした。
「この女の頭を今すぐ叩き潰して殺すぞ!」
「くっ……!」
人質の命を盾にした悪逆無道な拷問。
その惨状を目撃した瞬間、後ろで見守っていたアマゾネスのハーミアの中で、何かが音を立てて弾け飛んだ。胸の奥底から怒りの炎が爆発し、身体が勝手に動き出す。
「……もう……耐えられない……ッ! やめろぉぉぉぁぁぁッ!! 卑怯者どもがぁッ!!」
「なっ……!?」
一瞬の疾風となったハーミアは、凄まじい脚力で踏み込むと、無防備だったライガムの側頭部に強烈な飛び蹴りを叩き込んだ。
ドゴォッ……!!
「ぐあぁぁッ!?」
油断していたライガムの巨体が不意を突かれ、横のテーブルを押し潰しながら派手に転がっていく。ハーミアは素早くエルファの前に立ち塞がり、大剣を引き抜いて背後の無垢な犠牲者を庇うように構えた。
スクルドが冷ややかな視線を向け、静かに制止の声をかける。
「ハーミア……やめなさい。そこを退くのです」
「退きません! 絶対に退きませんっ! こんな汚く卑劣なやり方に、正義なんて万に一つも存在しませんッ! 私は、私自身の魂に従って戦います!」
ハーミアは刃を鋭く構え、鋭い眼光でヴァルキリーたちと裏切り者たちを力強く睨みつけた。
不測の事態に混乱したグランダが、困惑した様子でスクルドに問いかける。
「す、スクルド様……! これは一体どういうことですか!?」
スクルドはピクリとも眉を動かさず、淡々と、しかし冷徹極まりない響きで言い放った。
「私の愚かな従者が……私を裏切ったのでしょうね」
覚醒したアマゾネスの咆哮が、緊迫する館の中に激しく響き渡るのだった。




