第321話 【絶望の集落と重なる裏切り】壊滅する防壁! 卑劣な人質と拷問の危機に窮地のハーフエルフ女王!
暗黒街ミレースの最奥部に位置する、ハーフエルフたちの集落前。
長年彼らを守り続けてきた堅牢な石造りの巨大な塀を挟み、不気味な緊張感が漂っていた。
集落の門前には、半魔族の王グリガスと数人の手下の半魔族たち。そして、伝説のヴァルキリーであるスクルド、ヒルド、スコグルの三姉妹と、居心地悪そうに身を縮めるアマゾネスのハーミアが対峙していた。さらにその背後には、ギラギラと欲望の目を輝かせた大量の半魔族の群れが、凶器を握りしめて地響きを立てている。
グリガスが腰のショートソードに手をかけ、凶悪な笑みを浮かべて横を振り向いた。
「さて……そろそろ派手に襲撃を開始しましょうか、ヴァルキリーの皆さん」
スクルドは淡々と腕を組み、冷徹な一瞥を向けた。
「分かったわ」
集落の塀の上や櫓では、事態を察知したハーフエルフの戦士たちが弓や槍を構え、必死の面持ちで臨戦態勢を整えていた。
だが次の瞬間、スクルドが右腕を天にかざすと、暗雲から巨大な紫電の束が解き放たれた。
バリバリバリドガァァァァンッ……!
地響きのような物凄い雷鳴と爆発音が集落中に轟きわたる。神聖なる戦乙女の雷撃は、ハーフエルフたちが長年頼りにしてきた頑丈な石壁を一瞬で破砕し、膨大な瓦礫の山へと変え果てた。
「は、圧巻の威力だな……! よし、突撃ぃぃぃッ!」
グリガスが叫ぶと、待ちきれんとばかりに半魔族の群れが、煙の上がる崩落した破れ目からハーフエルフの集落へと雪崩を打って突撃を開始した。
悲鳴と怒号が交錯する中、グリガスはくるりとスクルドたちに向き直る。
「フフフ、計画通り、我々は混乱に乗じて別の抜け道ルートから集落の深くへ入り込みましょう」
「了解だ」
ハーフエルフたちの悲痛な防衛戦と半魔族たちが血で血を洗う乱闘を繰り広げているのを遠目に見下ろしながら、グリガスたちは不気味に静まり返る路地裏へと姿を消していった。
◇
ハーフエルフの集落の中心部。
ハーフエルフの女王エルサラの館では、激しい重低音が響き渡り、天井からパラパラと粉塵が舞い落ちていた。
エルサラの部屋には、長であるエルサラ本人と、幹部であり親友でもあるハーフエルフのエルサイアが深刻な表情で待機していた。そこへ、ドカドカと足音を荒立てて、幹部の一人であるライオンの半獣人ライガムが部屋に飛び込んできた。
「エルサラ様! 半魔族どもが総力を挙げて襲撃して来ました!」
エルサイアが怪しい外の惨状に窓から視線を投げ、不快そうに顔を歪める。
「なんなの、今の物凄い雷鳴と爆音は……!」
「ヴァルキリーのスクルドによる雷撃です! 長年我々を守ってきた集落の強固な塀が、一瞬で木っ端微塵に破壊されました!」
「……グレイア様の仰った通りの展開になったな」
エルサラは静かに目を閉じ、重く息を吐き出した。グレイアからもたらされた警告は、何一つ狂うことなく現実のものとなっていたのだ。
エルサイアは腰に差した大事な魔法拳銃のグリップを握りしめた。
「取敢えず、私も表へ迎撃に行きます!」
「待て、我も共に行こう。民を棄てて隠れているわけにはいかん」
エルサラ達は決意を固め、館の重厚な扉を開けて外へと足を踏み出した。
だが——そこにはすでに、待ち伏せていたかのように敵の主力が立ち塞がっていた。
半魔族の王グリガスと、数人の半魔族。そして、圧倒的な威圧感を放つヴァルキリーのスクルド、ヒルド、スコグル、そしておどおどと震えるハーミア。
そしてあろうことか……その横には、ハーフエルフの幹部であるダンピーラのヴァズドが、嘲笑を浮かべて立っていたのだ。
「フハハ! 久しぶりだな、エルサラ!」
勝ち誇るグリガスに対し、エルサラは鋭い眼光でヴァズドを睨みつけた。
「……裏の抜け道から侵入してきたか。ヴァズドの手引きだな?」
「その通りだ!」
エルサイアが目を見開き、信じられないといった様子でヴァズドを指差した。
「ヴァズド……!? どういうことよッ! 仲間を、集落を裏切ったの!?」
ヴァズドは肩をすくめ、不快な含み笑いを漏らした。
「ふふ、裏切りなどという甘い言葉を使うな。初めから俺はお前たちの仲間などではないのだよ」
「なに……!? 許さん……ッ!」
激怒したエルサイアは、瞬時に腰から『古代兵器』である魔法拳銃を引き抜き、ヴァズドの額に銃口を突きつけた。
だが、グリガスは余裕の表情を崩さず、後ろに向かって短く命じた。
「おい、連れて来い!」
直後、グリガスの後ろから半魔族のグランダが、固く縄で拘束された一人のハーフエルフの女性を乱暴に抱え上げて前に出た。グランダの手にはギラリと光るナイフが握られ、女性の細い首筋に深々と刃が当てられている。
紛れもない、卑劣な人質だった。
「ちょっとでも動いてみな。この女の喉笛を掻き切って血の海にしてやるぞ」
「エルファ……ッ!?」
エルサイアの顔から一瞬で血の気が引いた。捕らえられていたのは、集落で静かに暮らすハーフエルフの無垢な女性、エルファだったのだ。
グランダの卑怯極まりないやり口に、ハーミアは目を丸くして思わず叫びそうになった。
(ひやぁぁぁッ!? 人質をとるなんて……なんて卑怯で酷いやり方なんですかーっ!?)
思わず飛び出そうになるハーミアを、ヒルドが冷酷な手つきで静かに制する。
グリガスはエルサイアが構える古代兵器をギラギラとした欲望の目で見つめ、不気味に手を差し出した。
「さあ、お前たちが持っているその古代兵器を貰おうか」
「く……っ……!」
人質の首筋から一すじの赤い血が滲むのを見て、エルサイアは銃を構えたまま指を震わせ、苦渋の決断に激しく迷い生じる。
グランダがナイフの刃をさらに強く押し当てた。
「早くその古代兵器をこちらに寄越せ! 仲間を殺されたくなかったらな!」
エルサイアは銃を構えたまま動けず、引き金にかけた指を激しく震わせる。
その時だった。
エルサイアのすぐ後ろに立っていた、ライオンの半獣人ライガムの丸太のように太い腕が、突如として振り下ろされた。
ドカッ……!!
強烈な鈍器のような衝撃がエルサイアの後頭部を直撃する。
「が……ッ……!?」
エルサイアは白目を剥き、崩れ落ちるように前のめりに倒れた。手から零れ落ちた魔法拳銃が、カランカランと虚しく石畳を転がっていく。
「エルサイアッ! ……ライガム! お前までも裏切り者だったのか……!?」
エルサラが叫ぶと、ライガムは獣特有の不快な唸り声をあげて凶悪に笑った。
「ふふふ……俺も最初からお前たちの仲間などではないぞ、エルサラ」
「ククク、見事だライガム。……おい、落ちた古代兵器を回収しろ! そしてエルサラとエルサイアを厳重に拘束しろ!」
グリガスが後ろの手下の半魔族たちに短く命令を下す。数人の半魔族が下品な笑みを浮かべながらエルサラへと襲いかかった。
「寄るな……ッ!」
エルサラは咄嗟に後ろへと大きく飛び退いて間合いを取ろうとした。
しかし、グランダが鋭い叫び声をあげる。
「逃げるなよ! 一歩でも動けば、こいつの命はないと思え!」
「くっ……!」
足を止めざるを得なくなったエルサラを見て、グリガスは嘲笑を漏らした。
「まったく、ハーフエルフどもは甘ちゃんばかりで助かるよ」
手下の半魔族が拾い上げたエルサイアの魔法拳銃を受け取り、グリガスはうっとりとその重厚な金属の質感を確かめた。そして、完全に退路を断たれ、手下に固く拘束されたエルサラへとゆっくり歩み寄っていく。
「さて……エルサラ。お前たちが隠している他の古代兵器はどこだ!」
グリガスが凄むが、エルサラは顔を跳ね上げ、溢れ出る気品と怒りを込めて言い放った。
「誰が……貴様のような下劣な魔族に吐くと思うか……ッ!」
バカッ……!!
「ぐあッ……!?」
次の瞬間、グリガスの容赦のない右の拳が、エルサラの左頬を烈火の如く撃ち抜いた。激しい衝撃にエルサラの首が横にぶれ、綺麗だった頬がみるみる紫色に腫れ上がっていく。口の端から真っ赤な血がダラリと垂れ落ちた。
「ふん、強がりを言うのも今のうちだぞ」
グリガスは残酷な笑みを浮かべると、ナイフを取り出し、拘束されているエルファの細い指へとその刃をあてがった。
「お前が真実を吐くまで……こいつの指を一本ずつ、ゆっくりと切り落としていってやる」
暗黒街の狂気と拷問の予感が、逃げ場のない路地裏を濃密に支配していくのだった。




