第320話 【絶望の暗黒街と覚醒の予兆】屈辱に耐えるハーミアと女王グレイアの威光! 全員一括転移とハーフエルフ救援!
「私たちの行動に不満があるなら、あなたが一人でやればいいじゃない」
ヒルドの冷酷な言葉が、刃のようにハーミアの胸を刺し貫く。あまりの冷たさに言葉を失いかけるハーミアだったが、それでも意地を振り絞るようにして掠れた声を漏らした。
「わ、私には……一人で全てをやり遂げるような、そんな力がないのです……」
「力をつければいいだけの話でしょう? 泣き言を言っている暇があるなら鍛錬しなさい」
「そんなにすぐには強くなれません……! 私だって、皆さんのようになりたいのに……!」
ハーミアが悲痛な叫びをあげると、横で黙って聞いていたスコグルが鼻で笑い、底意地の悪い嘲笑を浮かべた。
「はははっ! なんだ、結局は口だけか。強さも覚悟もない癖に、金魚のふんみたいにただ私たちの後をついて来るだけの奴が、いっちょ前に意見を言うんじゃないわよ。足手まといが」
「……っ!」
面と向かって言い放たれた屈辱的な暴言に、ハーミアは拳を固く握りしめ、唇を噛み締めて黙り込むことしか出来ない。
そこへ、リーダーであるスクルドが静かに、しかし絶対的な威厳を込めて冷たく言い放った。
「ハーミア、あなたがどうしても同行したいと乞うから許可を出しましたが、私たちの理念や行動に疑問を持ち、足並みを乱すというのなら、今この場での同行を拒否します。あなたの甘い意見一つで、私たちの過酷な行動を変える気は毛頭ありません」
「……っ、申し訳……ございません……」
深く頭を下げたハーミアの表情は、あからさまに納得がいっていない様子で歪んでいた。
しかし、無力な自分一人ではこの危険な暗黒街ミレースで生き残ることも、目的を果たすことも到底不可能だ。
ここでスクルドたちに見捨てられ、別れるという選択肢を選べるはずもなかった。ハーミアは悔し涙を必死にこらえながら、不本意ながらもこれ以上口を挟むのを諦め、口を噤むのだった。
◇
その頃、事態は劇的に動き始めていた。
エルソルが親友の幹部エルサイアを通じて迅速に連絡を取り、交渉をまとめたことで、ダークエルフ女王グレイアと、ハーフエルフの長エルサラとの緊急対談が即座に実現したのだ。
風化した古代遺跡を改築したハーフエルフの堅牢な集落。その最奥に位置するエルサラの重厚な応接室にて、緊迫した空気が漂っていた。
優雅にお茶を口に含んだ後、ハーフエルフの長であるエルサラが深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります。私がこのハーフエルフ集落の長を務めております、エルサラと申します」
グレイアは漆黒の着物の裾を優雅に整え、大国の后妃たる圧倒的な覇気を漂わせながら微笑みを浮かべた。
「樹海帝国ダークエルフ国女王、グレイアだ。エルサラ、この度は多忙の折に急な面会の機会を与えてくれたこと、礼を言うわ」
「グレイア様は大国の女王であらせられるお方。そのようなもったいないお言葉は勿体なく存じます。どうか私のような者には、単にエルサラとお呼びください」
「ふふ、うむ。分かったわエルサラ。本日は貴女方に伝えるべき、極めて重要な二つの話があって参ったのよ」
「二つの話、でございますか……? 謹んで拝聴いたします」
エルサラが背筋を伸ばして姿勢を正すと、グレイアは真摯な眼差しを向けた。
「一つ目は、我が樹海帝国の現状についての説明と、虐げられてきたハーフエルフ、およびダークエルフの保護についてよ」
「保護、でございますか……?」
「そうよ。元々我が国は、エルフや他種族から理不尽に迫害されてきたハーフエルフやダークエルフたちが、生き延びるために身を寄せ合って築き上げた国。その苦しみは誰よりも理解しているわ」
「そのお話は、遠い噂としてかねがね伺っております」
「我が国は樹海のエルフたちと長年にわたり血で血を洗う抗争を続けてきたけれど……この度、偉大なる我が樹海帝国皇帝陛下の手によって、悪逆なる樹海のエルフどもは完全に討ち払われ、国家として滅ぼされたわ」
「おお……! やはり、南の街まで流れていたあの衝撃的な噂は真実でしたか……!」
エルサラは目を見開き、震える手で胸を押さえた。長年ハーフエルフたちを苦しめ続けてきた元凶が排斥されたという現実に、歓喜の波が押し寄せる。
グレイアは満足そうに頷き、言葉を続けた。
「ええ。皇帝陛下の御光のもと、今や我が国はこれまでにないほど平和で安定した環境となったの。だからこそ、各地で虐げられている同胞たちの中で希望する者がいれば、我が国への移住を大いに勧めているわ。この暗黒街という危険な地に住む仲間たちの中で、平和な暮らしを望む者がいるなら、全員を喜んで受け入れる用意があることを伝えに来たのよ」
「おお……! なんという寛大なお心遣い……! 素晴らしい、実に素晴らしいお申し出です! すぐに同胞たちに意向を確認し、移住を望む者がいれば、ぜひともよろしくお願い申し上げます!」
エルサラは感極まった様子で深くお辞儀をした。しかし、グレイアの表情はすぐに冷徹で鋭いものへと引き締まった。
「そして……もう一つの話は、ここへ向かう途中で我が優秀な使い魔たちが入手した、極めて緊迫した情報についてよ」
「情報……ですか?」
「ええ。この集落を、半魔族の勢力がヴァルキリーたちと裏で手を組み、近々に総力を挙げて大規模襲撃する計画を立てているわ。さらに、あの貪欲なオーチ伯爵までもが襲撃に加わる手筈になっているようね」
「なっ……! ヴァ、ヴァルキリーまでもが……!?」
エルサラの顔から一瞬にして血の気が引いた。
「ええ。具体的にはスクルド、ヒルド、スコグルの三名よ」
「元南の王国親衛隊長であらせられる、あのスクルド様ですか!? あのお方が、あのような下劣な半魔族どもと手を組むなどとは到底信じられませんが……しかし、そうでしたか……。それに、あの強欲なオーチ伯爵まで……」
「ええ。彼らの狙いは明白よ。貴女方が人知れず保持し、護り続けている『古代兵器』を強奪することね」
「なるほど……合点が行きました。我が集落の秘宝を狙ってのことですか。貴重な情報を教えていただき、心より感謝申し上げます」
エルサラは冷や汗を拭いながら、事態の深刻さに唇を噛み締めた。グレイアは静かに首を振る。
「裏を取って警戒を強めるなら、急いだほうが良いわね。手遅れになるまで、あまり時間はないと思われるわ」
「はい、ただちに信頼できる者に打診し、裏付けと防衛体制を整えさせます。……あの、グレイア様。差し支えなければお聞きしたいのですが、もし我が同胞たちが貴女様の国へ移住する場合、ここから樹海帝国まで移動するのにどれほどの期間がかかるものでしょうか? 旅路の食糧や護衛の準備もございますので……」
不安そうに尋ねるエルサラに対し、グレイアはくすりと優雅に笑ってみせた。
「ふふ、そんな心配は無用よ。私には高位の転移魔法があるわ。そちらの移住の準備さえ整えば、一瞬で我が国へ移動できるぞ」
「て、転移魔法……!? それは素晴らしい! ですが、一度に移動できるのは精々数人程度ではございませんか……?」
「ん〜……そうね。この集落にいる人数くらいであれば、全員まとめて一度に転移可能だわ」
「ぜ、全員を一度に転移!? 集落にいる数百人ものハーフエルフを、一瞬で……!?」
エルサラはあまりの規格外な魔法力に開いた口が塞がらず、目を丸くして絶句した。そしてハッと我に返ると、すがるような目でグレイアを見つめた。
「グレイア様……! 厚かましいお願いとは存じますが、もし敵の襲撃が始まってしまった場合、一時避難として我が同胞たちを避難させていただくことは可能でしょうか……!?」
「良いだろう。戦闘に向かない子供や老人、非戦闘員たちの避難も喜んで受け入れよう。決して一人で無理をするのではないぞ、エルサラ」
「あ、ありがたき幸せ……! この御恩、一生忘れませんっ!」
グレイアの力強い言葉に、エルサラは目頭を熱くさせながら、希望の光を見出すのだった。




