第319話 【絶望の暗黒街と神獣の制裁】下衆な半魔族を灼熱の業火が激破! 神威の使い魔と暗黒街の冷徹な流儀!
「いいから黙ってついて来な。俺たちが親切に案内してやるよ」
下品な笑みを浮かべた半魔族の男は、じりじりと距離を詰めてくる。不気味に蠢く皮膚と歪んだ瞳に、エルソルはぞっと背筋を凍らせながらも、毅然とした態度で首を振った。
「結構です。一人で行けますから、放っておいてください」
キッパリと拒絶の言葉を口にするが、男は意に介した様子もなく、さらに一歩踏み込むと、エルソルの細い手首を強引に鷲掴みにした。
「痛っ! な、何するんですか! やめてください!」
エルソルは必死に手を振り払おうと抵抗したが、半魔族特有の異常な筋力の前では揺らぐことすら生じない。鉄の万力のようにガッチリと握られた手首に、鈍い痛みが走る。
「ガタガタぬかすんじゃねえよ。こっちへ来い!」
「嫌! 放してっ! 放してください!」
男は嫌がるエルソルを乱暴に引っ張り、無理やり大通りから外れた不気味な路地裏へと引きずり込んでいく。抵抗も虚しく、エルソルは足をとられながら引き摺られるようにして連れて行かれてしまう。
その背後を、足元に佇む黒猫のミサキと、その頭の上にちょこんと乗った小さな鳥のフェンが、無言のまま冷ややかな視線を注ぎつつ静かに尾行していた。
薄暗く湿り気のある路地に引きずり込まれると、そこにはあらかじめ待ち伏せていたかのように、さらに五人の半魔族の男たちが下卑た笑みを浮かべて佇んでいた。
「ヒヒヒ、上物じゃねえか。可愛らしいハーフエルフちゃんだな」
「へっ、この肌のツヤなら、闇市場に流せば金貨数十枚には化けそうだぜ」
男たちの下劣な視線に晒され、エルソルは全身の血が引いていくのを感じながらも、必死に声を張り上げた。
「私に何をしようというの!? こんなことをして、ハーフエルフの仲間たちが黙っていると思っているの!?」
「ハッ! 黙ってないだと? 威勢がいいねぇ! だがな、ハーフエルフの落ちこぼれどもなんぞ、近々この街から綺麗さっぱり消えていなくなるんだよ。泣きつく相手すら失うのさ!」
強圧的な態度で吐き捨てると、別の半魔族の男が卑しげな笑みを浮かべてエルソルの目の前に立ちはだかり、その両肩を力任せに掴んだ。
「まあ、奴隷として売り飛ばす前に……まずは俺たちがたっぷりと味見をさせてもらうがな!」
「嫌っ! やめて! 触らないで!」
エルソルが絶望的な悲鳴をあげた、次の瞬間——。
「そこまでだ、下衆ども」
不意に、少女のような、しかし冷酷な響きを持った声が路地裏に木霊した。
「あ……?」
半魔族の男が声のした足元へ視線を落とそうとした瞬間、黒猫ミサキの姿が一瞬で掻き消えた。シャキッと研ぎ澄まされた爪の閃光が、静寂を切り裂いて走る。
ドスッ。
次の瞬間に響いたのは、固いものが地面に転がる重苦しい音だった。エルソルの肩を掴んでいた男の首が首骨ごと綺麗に切断され、ボトリと石畳の上に落ちたのだ。胴体から血飛沫が吹き出すより早く、ミサキの二本の尾から伸びた影が男の死体を包み込み、一瞬で丸呑みするように消失させた。
「ギャあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
あまりの凄惨さと唐突な死に、エルソルは頭を抱えて悲鳴をあげた。
「な、なんだ死体が一瞬で!? てめえ、何者だ!?」
手下を一瞬で消された半魔族の首領格が叫ぶ。男たちは怯えと怒りで顔を歪ませ、腰から物物しい波刃の短剣や鉄棍を取り出して構えた。
首領格の男は不気味さを感じ取って反射的に一歩下がったが、残る七人の半魔族たちはエルソルとミサキを逃さぬよう、グルリと取り囲む。
「クソ猫が……! ぶっ殺してやる!」
「待ちなさい。愚かな羽虫ども」
ミサキの小さな身体が、瞬く間に膨れ上がっていく。漆黒の毛並みは艶やかに光り輝き、体長は二メートルを遥かに超え、二本の長大な尾がゆらゆらと揺れる神獣——巨大な黒豹の如き姿へと変貌を遂げた。
恐怖でへたり込み、ガタガタと身を震わせるエルソルの前に、ミサキはその圧倒的な巨躯で覆いかぶさるようにして立ち塞がる。
「ひ、ひえぇぇっ……!? 猫ちゃんが巨大化しましたーっ!?」
頭上にいたはずのフェンの姿が、いつの間にか消えていることに男たちは気付いていなかった。
突如、路地裏の天上がまばゆい茜色に染まる。
「愚者どもに、神威の業火を」
上空から降り注いだのは、太陽の欠片のような灼熱の火の玉群だった。スズメほどの姿から解き放たれたとは到底思えない、神話の領域に達した極大の火魔法。
ミサキの巨体と圧圧的な威圧感に目を奪われていた半魔族たちは、上空からの急襲に反応することすら出来なかった。
「な、なんだこの熱は——」
男たちが悲鳴を上げる暇すら与えられなかった。
一瞬にして降り注いだ火の玉は、半魔族たちの身体を一切の抵抗を許さずに呑み込んだ。不死鳥フェンが放つ超高熱の神火は、肉体はおろか、手にしていた鉄の武器すら一瞬で蒸発させる。
バチバチと小さな爆ぜる音が鳴り響き、七人の半魔族が立っていた場所には、わずかな黒い煤だけが残された。
ヒュッと冷たい風が路地裏を吹き抜けると、その煤すらも綺麗に吹き飛び、残ったのは黒く焦げ付いた石畳の跡だけだった。首を切られた最初の男の痕跡もミサキに吸収されており、そこには最初から誰もいなかったかのような静寂が戻っていた。
あまりにも絶対的で、圧倒的な一瞬の惨劇。
「……あ、あう……」
エルソルは腰を抜かしたまま、ガクガクと膝を震わせて惨状を見つめることしか出来ない。
ミサキはすっと元の愛らしい黒猫の姿へと縮むと、首を傾げてエルソルを見つめた。
「怪我はないかい? さあ、行こう」
「あ……は、はいっ……!」
ミサキとフェンに促され、エルソルは震える足で立ち上がり、ミレースの奥深くへと足を進めるのだった。
◇
一方その頃、暗黒街ミレースの最奥部に位置する、ある堅牢な遺構の一室。
ヴァルキリーの三姉妹であるスクルド、ヒルド、スコグルと、アマゾネスのハーミアの四人は、豪勢な食事を終えてまったりとした時間を過ごしていた。
重苦しい空気の中、ハーミアはおずおずと手を挙げ、スクルドに向かって疑問を投げかけた。
「あ、あの……スクルドさん。本当にあの荒々しい半魔族の人たちと手を組んで、ハーフエルフの人たちを襲撃するつもりなんですか……?」
スクルドはティーカップを傾け、冷徹な瞳のまま静かに答える。
「条件が合えばね。彼らの戦力と引き換えに古代兵器が手に入るのなら、拒む理由はないわ」
「で、でも……ハーフエルフの人たちは、見るからに虐げられている弱者ですよ!? 弱い者いじめに加担するなんて、正義の戦乙女であるヴァルキリーの皆さんらしくないと思うのですが……!」
ハーミアが身を乗り出して主張すると、横にいたヒルドが可憐な眉をひそめ、不思議そうに問い返した。
「正義……? ハーミア、正義って具体的に何を指して言っているの?」
「えっ……!? そ、それは……悪者を倒して、困っている弱者を助けることです! 今までヴァルキリーの皆さんは、南の王国に仇をなす恐ろしい敵と戦ってきたって聞いてます! 違うのですか!?」
スコグルは呆れたように息を吐き、腕を組みながら冷ややかに口を開いた。
「違わないわよ。私たちが今まで倒してきたのは、南の王国の王家に仇をなす敵だけ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「だったら……!」
「南の王国は、もう存在しないのよ」
スコグルの厳しい言葉が室内に重く響いた。
「王家に連なる者たちは全員殺されたわ。あの忌々しい『渾沌』とオーダンによってね。私たちの現在の絶対的な目的は、ただ一つ。『渾沌』とオーダンを根絶やしにして討ち果たすことよ。そのためならどんな手でも使うわ。たとえどれほど汚い手段に手を染めようともね。目的を達成するためには、ハーフエルフたちが所有する古代兵器の威力が絶対に不可欠なの」
「だからと言って、何の罪もないハーフエルフの人たちを倒すのは、やっぱりおかしいですよ……!」
ハーミアが必死に食い下がると、ヒルドは冷徹な眼差しで静かに告げた。
「私たちだって、無辜の王国国民を傷つけようとは思っていないわ。でもね、ハーフエルフたちは南の王国の国民ではないのよ。許可なく王国に住み着き、税金すら納めていない異分子。そして、この暗黒街ミレースに潜む者たちは、そのほとんどが手に血を塗った犯罪者よ。彼らを排除したところで、私たちの心に何の罪悪感も生まれないわ」
「じゃあ……半魔族の人たちだって、王国の国民じゃないですよね!?」
「そうね。半魔族も国民ではないわ。ただの利用価値のある道具よ」
「うぐぐ……なんか全然釈然としませんーっ!」
ヴァルキリーたちの徹底した冷徹なリアリズムと流儀を前に、ハーミアは頭を抱えて唸声をあげることしかできないのだった。




