第318話 【絶望の暗黒街と忍び寄る魔手】驚愕の猫又と鳳凰! 襲撃されたエルソルとハーフエルフ救出への決意!
「さっきスーオに着いたばかりなのよ。……それよりエルソル、姿勢を正しなさい。こちらは樹海帝国ダークエルフ国女王にして、皇帝陛下の后妃であられるグレイア様よ。あなたにどうしても伺いたいことがあってお越しいただいたの」
姉のエルセラからそう告げられた瞬間、錬金術師のエルソルは目を丸くして完全に固まった。
「え、え、えええええっ……!? じゅ、樹海帝国の……女王様あぁぁっ!?」
あまりの出来事に目が点になったエルソルは、慌ててカウンターの奥から転がり出るように駆け寄ると、石畳に勢いよく膝をついて額を床に擦り付けた。
「は、初めてご尊顔を拝することが出来て、恐悦至極に存じますっ! エルセラの妹、エルソルと申しますっ!」
急激な展開に身を縮こまらせるエルソルを見下ろし、グレイアは可憐な口元を緩めてくすりと笑った。
「ふふ、そんなに畏まらなくても良いわ。お立ちなさい。かしこまられるとこちらまで疲れてしまうから、敬語も止めて普通に話しなさいな」
「は、はいっ! 恐縮です……!」
エルソルは立ち上がりつつも、未だに信じられないといった様子で胸を押さえている。そんな彼女に、グレイアは真っ直ぐな視線を向けた。
「単刀直入に言うわね。私は今すぐ暗黒街ミレースの四天王の一人、ハーフエルフの勢力を率いるエルサラに直接面会したいの。エルソルのご友人が初期メンバーだと聞いたのだけれど、間違いはないかしら?」
「間違いありません! 現在、幹部を務めているエルサイアが私の親友なんです。それに、私は長であるエルサラさんご本人とも何度か面識がありますので、私から直接面会の申し入れを出すことは十分に可能です!」
その頼もしい返答に、グレイアの美しい瞳がパッと輝いた。
「おお、それは重畳! 素晴らしい手柄だわエルソル。それなら早速、面会の連絡を頼めるかしら?」
「承知いたしました! 今日の閉店後にでも急いで手紙を——」
そこへ、姉のエルセラが横から厳しい声を飛ばした。
「エルソル、後でなどと言わず『今すぐ』だぞ」
「えっ……!? い、今すぐですか!?」
「そうだ。グレイア様は一刻を争うほどお急ぎなのだ。猶予はないぞ」
「は、はいっ! 承知いたしましたーっ!」
エルソルが覚悟を決めて頷くと、グレイアは満足そうに頷き、その手首を掴んだ。
「頼むわね。さあ、私にしっかり掴まりなさい」
「は、はいっ……え、掴まるって——」
瞬間、二人の足元にドロリとした漆黒の影が爆発的に広がり、エルソルの悲鳴を呑み込みながら瞬時に二人を影の底へと吸い込んでいった。
「あ……」
店内に一人取り残されたエルセラは、ポツンと誰もいなくなった空間を見つめ、ぽりぽりと頬を掻いた。
「あれ……? 私、完全に置いていかれましたね……」
苦笑いを浮かべるエルセラを置き去りにして、グレイアとエルソルは一瞬にして暗黒街ミレースの目と鼻の先にある、見晴らしの良い小高い丘の上へと転移していた。
「ひ、ひゃぁぁぁっ!? ここ、どこですかーっ!?」
尻餅をついて周囲を見渡すエルソルに、グレイアは優雅に微笑みかけた。
「暗黒街ミレースのすぐ近くだわ。エルソル、それでは早速ミレースへ潜入し、エルサラと面会できるように手配を整えてきてちょうだい」
「えっ? グレイア様はここでずっと待っていらっしゃるのですか?」
「そんな訳ないでしょう。私が直接入れば無用な警戒を生んでしまうわ。だから代わりに、この子たちを同行させるわね」
グレイアが足元を示すと、そこにはサクラの使い魔である黒猫の猫又ミサキが、二本の尾を優雅に揺らして座っていた。さらに、そのミサキの頭の上には、スズメほどの大きさに身を縮めたユイの使い魔、真紅の炎を纏う火の鳥フェンがちょこんと乗っていた。
「この黒猫のミサキと、鳥のフェンを同行させるわ。この子たちの目と耳を通じて、私にも現地の状況がリアルタイムで伝わるの。面会の日時が決まったら、この子たちに教えて頂戴」
「……はい、分かりました」
エルソルが不思議そうに二匹を見つめていると、ミサキが愛らしく首を傾げ、人間の言葉でスラスラと喋り出した。
「あなたの護衛も兼ねてるからね。危険な街だから気をつけて一緒に行こう」
「ひやあぁぁぁっ!? ね、猫が喋ったあぁぁっ!?」
飛び上がって驚くエルソルに、頭の上のフェンもパタパタと翼を羽ばたかせながら呆れたように声をかけた。
「何を驚いているんだい。私達はただの動物じゃない、高位の使い魔だからね。喋るくらい造作もないことさ」
「と、鳥まで喋ったぁぁぁっ!?」
目を丸くして腰を抜かしかけるエルソルだったが、なんとか深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、二匹に向かって深々と頭を下げた。
「ミ、ミサキさん、フェンさん……よろしくお願いいたします!」
「うん、よろしくね」
「よろしく頼むよ、お嬢さん」
グレイアは二匹とエルソルを見送りながら、満足そうに頷いた。
「よし、じゃあ私は一旦城へ引き上げるわね。エルセラを貴女の店に置き去りにしてしまったから、彼女を無事に帰宅させなければならないわ。念のため、お店は休業の札を出しておいてあげるわね」
そう言うや否や、グレイアの姿は再び影の中にスッと消え去っていった。
「あ! 行ってしまった……本当に風のようなお方だわ……」
「呆れてないで、ミレースに入ろうか」
ミサキの催促を受け、エルソルは意を決して暗黒街ミレースの巨大な門をくぐった。
◇
風化した古代遺跡が不気味に立ち並ぶ暗黒街のストリートを、エルソルたちは緊張感を持って進んでいく。
その時、ミサキの二本の尾がピクリと跳ね上がり、鋭い眼光で周囲の死角を睨みつけた。
「エルソル、気を引き締めなさい。追跡者がいるよ」
「えっ……!? つい、追跡者……!?」
「ああ、半魔族のようだな。影からこちらを品定めするように狙っている」
フェンも小さな身体から警戒の波動を放つ。
「全部で八人だね。周囲の路地から徐々に間合いを詰めてきているよ」
「え、ええっ!? 八人もですかーっ!?」
「近付いてくるよ……完全に囲まれたね」
「え、どうして私なんかが狙われるの……!?」
エルソルが悲鳴をあげそうになった瞬間、物陰からゾロゾロと怪しい半魔族の男たちが姿を現した。背後から立ちふさがるように迫ってきた3人の男たちが、下品なニヤニヤ笑いを浮かべながらエルソルを見下ろす。
「ヒヒヒ……お若いお嬢ちゃんが、こんな物騒な街に一人で何の用だい?」
「ハ、ハーフエルフの集落に行くだけです……!」
エルソルが震える声で答えると、男たちは顔を見合わせ、さらに凶悪で卑劣な笑みを深めた。
「ハッ! ハーフエルフの落ちこぼれどものところだと? ギャハハ! ちょうどいい、景気づけに俺たちの遊び相手になってもらおうか!」
◇
一方その頃、バエルの小蜘蛛とフェンたちの視界を通じてこの惨状を水晶体に映し出していた城のリビングでは、 吸血鬼真祖のヒナが、ソファの上で脚を組みながらクスクスと不敵に笑う。
「ふふん! サクラのミサキ(黒い猫又)とユイのフェン(不死鳥フェニックス)を相手に、あんな下品な半魔族の雑魚どもが敵うわけないじゃないー!」
「ええ、ミサキなら一瞬で片付けてくれるはずですわ」
サクラも優雅に微笑む。
現地では何も知らない半魔族の男たちが下品な笑いを浮かべる中、エルソルの足元でミサキが怪しく瞳を紅く光らせ、鋭い爪をシャキッと突き出したのだった。




