第317話 【絶望の暗黒街と電撃の急襲】ハーフエルフ救出劇始動! 影潜移送と港町スーオの鍵握る錬金術師!
「樹海帝国唯一のエルフで、元魔法学園校長のエルセラに話を聞いてみるのはどうかな? 顔が広そうだし、何か有力な情報を持っているかもしれない」
俺がふと思い立って提案すると、龍脈の魔女ウィーラが深く頷き、感心したように紫の瞳を輝かせた。
「ふむ、確かにそうじゃな。エルセラは長年にわたって魔法学園の校長を務めておったからのう。国内外を問わず、教え子や知り合いの数は計り知れんぞ」
ダークハイエルフのグレイアは、少しだけ眉をひそめて不満げに鼻を鳴らした。
「なるほどね……あのお説教くさいおババ様と話すのはあまり気が進まないけれど、背に腹は代えられないわ。さっそく問い詰めてみることにするわね」
◇
樹海帝国に置かれた、魔法ギルド本部の一室。
重厚な調度品が並ぶ室内に、ダークエルフの女王にして第一后妃であるグレイアが悠然と佇んでいた。その目の前で、元魔法学園校長であり現魔法ギルド長を務めるエルフのエルセラが、緊張した面持ちで対峙している。
「グレイア様、本日はどのようなご用件でしょうか? 突然のお越しでお驚きました」
「時間がないから単刀直入に尋ねるわ。南の王国の暗黒街ミレースの存在は知っているかしら?」
「ミレースですか……? 街の細かい情勢までは詳しくありませんが、暗黒街として存在していることくらいは存じ上げております」
「そう。では話が早いわね。今、ミレースの四天王の一人であり、虐げられたハーフエルフたちの勢力を率いる長……エルサラという女性に面会したいのだけれど、何か直接連絡が取れるような確実な伝があったら紹介してほしいの」
グレイアの厳しい眼光に、エルセラは記憶の糸を手繰り寄せるように細い眉を寄せて長考した。やがて、ポンと小さく手を打つ。
「ああ……そういえば、たしか妹の友人がミレースの初期メンバーとして潜伏していた気がいたします」
「おお、それは重畳! 手柄よエルセラ! で、その妹はどこにいるの?」
「妹は現在、南の王国の港町スーオでひっそりと錬金術師の店を営んでおります」
「ふむ……名前は?」
「エルソルと申します」
グレイアの瞳が突如、冷徹な光を帯びて鋭く光った。
「そのエルソルという妹は……精霊と契約しているエルフかしら?」
ピリッとした緊張感が部屋を満たす。現在、現精霊王レイの意向により、樹海帝国では精霊を勝手に縛り付け、隷属契約によって使役しているエルフを敵とみなし、徹底的に排除・解放する方針をとっている。
もしエルセラの妹が精霊契約者であった場合、容赦なく精霊を解放し、しかるべき制裁を下さなければならない。
エルセラは慌てて首を横に振った。
「ご心配には及びません! 妹は私と違ってハーフエルフなのです。精霊と契約する素養そのものがございません。昔、樹海のエルフたちの差別から逃れるために南の王国へ出奔いたしました」
「そう……それを聞いて安心したわ。無用な血を流さずに済むものね。ではその妹を紹介してもらうわよ。今すぐ一緒に港町スーオへ行くわ!」
「えっ……承知いたしました。すぐに旅の支度を——」
「支度なんて不要よ。私の手を掴みなさい」
「えっ!?」
エルセラが呆然としながらも反射的に手を伸ばすと、グレイアがその細い手首をガシッと掴んだ。
瞬間、二人の足元にドロリとした漆黒の影が爆発的に広がる。巨大な影の底なし沼のように、二人の身体がずるずると足元から沈み込んでいく。
「えっ!? えええっ!? い、今すぐですかーっ!?」
エルセラの困惑した悲鳴も虚しく、二人の姿は影の深淵へと完全に呑み込まれ、部屋には誰もいなくなった。
◇
港町スーオ。人通りの途絶えた薄暗い路地裏。
石畳の地面に突如として真っ黒な影が円状に広がり、そこから水面から浮かび上がるかのように、グレイアとエルセラの二人がヌッと姿を現した。
「え……? ええっ……!?」
頭を抱えて目を見開くエルセラに対し、グレイアは優雅に着物の裾を整えながら口を開いた。
「一刻を争うのだから猶予はないわ。無事に港町スーオに到着したわよ」
「ま、まさか……瞬時に一国を越えるほどの高位転移魔法ですか……!?」
「そうよ。影潜移送の一種ね」
「はぁ……まさかここまで圧倒的とは……分かりました。妹の店へ案内いたします」
エルセラは半ば諦めたような溜め息をつき、トボトボと路地を歩き始めた。手帳を取り出しながら、悲しそうな顔で呟く。
「……これで今日のギルド長としての予定は、全てキャンセル決定ですね……」
「ええ、当然そうなるわね。悪いけれど諦めてちょうだい。魔法ギルドの方には副ギルド長へ念話で緊急事態だと連絡を入れておきなさい。『皇帝陛下からの直接の勅命である』と言えば、文句を言う者など一人もいないわ。ついでに、魔法国女王であるウィーラもこの件を承知していると伝えれば完璧ね」
魔法ギルドの本部は魔法国に存在し、その頂点に立つのは魔法国女王ウィーラその人だ。最高権力者である皇帝ヒロトの勅命であり、上司であるウィーラが了承しているとなれば、これは最優先事項以外の何物でもない。他のどんな公務を投げ打ってでも遂行する義務があった。
「はい……仰る通りにいたします」
エルセラが念話で手早く指示を飛ばしながら暫く街道を進むと、可愛らしい薬草の看板が掲げられた一軒の小さな店の前に到着した。
ガラガラと引き戸を開けて店内に入ると、カウンターの奥から弾けたような明るい声が飛んできた。
「いらっしゃいませ~! 何をお探しですか~?」
店内に漂う薬品の香りのなか、グレイアは眉を上げて感心したように呟いた。
「おや……暗黒街の噂を聞いていたから身構えていたけれど、随分と明るい店主ね」
「エルソル、久しぶりね。元気そうで何よりだわ」
エルセラが声をかけると、カウンターの奥からハーフエルフ特有の少し短い尖り耳を持った可憐な女性が飛び出してきた。
「お姉ちゃん!? ええっ、なんで急にスーオに来てるのよ~っ! 来るなら事前に連絡してよ~!」
「さっき着いたばかりなのよ。……それよりエルソル、姿勢を正しなさい。こちらは樹海帝国ダークエルフ国女王にして、皇帝陛下の后妃であられるグレイア様よ。あなたにどうしても聞きたいことがあってお越しいただいたの」
エルセラが真摯な面持ちで紹介すると、エルソルは目を丸くしてグレイアを凝視した。ミレースに囚われたハーフエルフたちを救うための、運命の歯車が激しく動き出そうとしていた。




