第315話 【陰謀渦巻く魔王の謁見と交渉】暗黒街を統べるグリガス! 四大勢力の抗争とヴァルキリーの苛烈な条件!
目まぐるしく変化する状況と、ヴァルキリーたちのあまりに冷酷で容赦のない手際に、アマゾネスのハーミアは完全に取り残されていた。
(えッ……? えぇぇっ!? な、なんでそんなに冷静なんですかーっ!? 囲まれてるんですよ!? 十人も怪しい人が隠れてるんですよーっ!?)
パニックを起こして目をぐるぐると回し、不審者のように挙動不審な動きを繰り返すハーミアを尻目に、グランダは口元に怪しい笑みを浮かべた。
「俺たちのボスに会ってもらいたいんだ。……もしかすると、お前たちがこの街へやってきた目的の手助けができるかもしれないからね」
グランダの言葉に、スコグルが冷ややかに眉をひそめる。
「手助けができる……『かもしれない』?」
ヒルドも同調するように、嘲笑を交えて言葉を継いだ。
「ということは、全く手助けができないかもしれない、ということね」
グランダは肩をすくめ、両手を広げてみせた。
「仕方がないだろう? 君たちの目的がそもそも分からないんだからね。だが、うちのボスなら君たちに提示できる最高のカードを持っているはずさ」
スクルドは腕を組み、しばし思案するように目を細めたが、やがて短く鼻で笑った。
「ふむ……いいだろう。会うだけなら会ってやる。案内しなさい」
「ふふ、乗ってくれて助かるよ。さあ、こちらだ」
グランダは満足げに頷くと、くるりと背を向けて先頭を歩き出した。その背中で、ニヤリと陰湿な笑みを浮かべたのをスクルドは見逃さなかった。
スクルド、ヒルド、スコグルの三人は何事もないかのようにグランダの後をついていく。ハーミアも「お、置いていかないでください~っ!」と涙目になりながら慌ててその後に続いた。
歩き始めてすぐ、スコグルが掴んでいたグレムリンハーフの腕を無造作に放り投げ、路地裏の鬱蒼とした草むらへと足で蹴り飛ばした。
「ほら、返してやるわ」
ガサガサッと音がして草むらから現れたのは、身軽な半魔族の女だった。女は飛んできたグレムリンハーフの男をしっかりと受け止めると、怪我を負った男を抱きかかえ、そのまま気配を消してスクルドたちの後ろを尾行し始めた。
(ひぃぁぁぁっ!? 草むらの中にまで女の人が潜んでたんですかーっ!? ぜ、全然気付きませんでしたーっ!)
ハーミアは背中に冷や汗をびっしょりと書いて震え上がっていた。
後ろからついてきていたという十人の刺客たちの気配すら、ハーミアには全く察知できていなかったのだ。ましてや草むらに潜んでいた女の気配など分かるはずもない。
このままでは、自分はスクルドたちの足手まといになるだけではないか——そんな猛烈な焦燥感と恐怖が、ハーミアの胸を締め付けていた。
◇
一方その頃、ミレースの様子をバエルの小蜘蛛が送ってくる映像と念話を通じて鑑賞していた俺たちは、城の豪華なリビングで寛ぎながらその一部始終を見守っていた。
画面の中でオロオロと狼狽え、挙動不審に怪しまれているハーミアの情けない様子を見て、ダークハイエルフのグレイアが呆れたように溜め息をつく。
「ふふ、相変わらずハーミアはダメダメね。危機感が全く足りていませんわ」
龍脈の魔女ウィーラも、優雅に紅茶をすすりながら同意した。
「うむ。あの調子では、そのうちスクルドたちの足を引っ張って命を落としかねんのう」
エルダーリッチ(勇者)のユイも、深く頷きながら苦笑いを浮かべている。
「そうねぇ……スクルドさんは根がクールで合理主義だから、あまりに足手まといになるならあっさり見放して捨てていくかもしれないわね」
「あら、なら母上であるアマゾネス女王のヒポリュテに教えておきましょうか?」
ユイが提案すると、ウィーラが不思議そうに首をかしげた。
「ぬ? しかしヒポリュテは領民の安全と規律を守るため、実の娘であるハーミアを国から追放したと聞いておるぞ?」
「ふふ、いくら厳しい決断をしたとはいえ、血の繋がった実の母娘ですもの。本当は陰でめちゃくちゃ心配しているはずだわ」
「確かに、親心としては心配でたまらないだろうね」
俺が同意すると、ユイは嬉しそうに頷いた。
「でしょう? さっそくヒポリュテに連絡を入れておくわね」
「まあ、教えておくのは構わないけれど、今のヒポリュテがこの距離で何かできるとは思えないけどね」
俺が苦笑すると、それまで黙って画面を見ていた吸血鬼真祖のヒナが、ぷいっと横を向きながら言った。
「もー、しょうがないなぁー! じゃあ、私の使い魔のキュウ(九尾の狐)を密かに派遣して、ハーミアの護衛をさせてあげるわ!」
悪魔ベルフェゴルのサクラも、クスクスと微笑みながら立ち上がった。
「ふふ、なら私の使い魔のミサキ(黒い猫又)も一緒に派遣してあげるわね。二匹がいれば、どんな奇襲でも防げるでしょう」
二人の言葉に、俺は少し驚いて目を丸くした。
「おや、君たちは二人ともすごく優しいんだね」
ヒナとサクラは顔を見合わせると、胸を張って同時に誇らしげに胸を叩いた。
「「でしょうーっ!」」
「てっきり、ハーミアの調子に乗った態度を本気で嫌っているのかと思っていたよ」
俺が笑うと、ヒナは少し頬を膨らませて口を尖らせた。
「キーッて怒ってはいたけど、別に嫌いになったわけじゃないよー! ちょっと痛い目を見て反省してほしかっただけだもん!」
グレイアもクスリと上品に笑う。
「ふふ、調子に乗りすぎないように、少し身の程を教えるために釘を刺しただけですわ」
「はは、なるほどね。まあ、みんなが見守ってくれるなら安心か」
俺たちは再び、水晶体に映し出されるミレースの映像へと視線を戻した。
◇
グランダに案内され、スクルドたちはミレースの奥深くに聳え立つ、ひときわ巨大な石造りの古代遺跡へと足を踏み入れていた。
外界の光が届かない薄暗い廊下を、グランダの後に続いて奥へ、奥へと進んでいく。壁には不気味な魔族の紋章が刻まれており、重苦しいプレッシャーが肌を刺した。
突き当たりにあったのは、重厚で巨大な鉄製の扉だった。グランダが不気味な笑みを浮かべながら力を込めると、ギギギ……と重い音を立てて扉が開かれた。
広大なその室内は、まるでどこかの王国の謁見の間のようだった。
爛々と怪しく光る松明の灯りの中、広間の最奥に鎮座する豪華な王の椅子に、圧倒的な威圧感を放つ一人の魔族の男が深々と腰掛けていた。
「ハハハ! よくぞ来たな、ヴァルキリーのスクルド。俺はこの街ミレースを統べる魔族の王の一人、グリガスだ」
グリガスと名乗った男が低く力強い声で言い放つ。だが、スクルドは全く怯むことなく、冷徹な眼光で男を見下ろした。
「ふん……くだらない前置きはいい。我々をこんな場所へ引き入れた目的は何だ? ……凶悪な四凶、『渾沌』の情報か? それとも『饕餮』の居場所か?」
スクルドが核心を突く単語を口にすると、グリガスはニヤリと酷薄な笑みを深めた。
「ククク……『渾沌』や『饕餮』の情報も喉から手が出るほど欲しいところだがな。俺が提案したいのは『共闘』だ。……知っての通り、このミレースの街を治めるには、四人の王という存在は些か多すぎるのだよ」
スクルドはフッと鼻で笑い、腕を組んだ。
「ほう……なるほどな。で、その共闘に乗るとして、我々が得る対価は何だ?」
「スクルド、お前たちの狙いは……この遺跡の深部に眠る『太古の強力な魔法兵器』だろう?」
グリガスが自信満々に提示した言葉に、スクルドは一瞬だけ瞳を細めた。
「ほう……よく分かったな」
「ハハハ! この捨てられた廃墟の街に価値があるものなど、それくらいしかないからな。容易に見当がつくさ」
「確かに、それもそうだな」
スクルドが頷くと、グリガスは身を乗り出し、ギラギラとした欲望の目を輝かせた。
「俺と一緒に、この街の四人の王のうち一人を叩き潰してほしい。俺たちは縄張りと利権が増える。君たちはその王が所有している太古の強力な武器を手に入れることができる。お互いにとって、これ以上ない最高の取引だとは思わないか?」
グリガスは勝ち誇ったように笑った。
だが、スクルドの唇がスッと吊り上がり、極寒の殺気を孕んだ笑みを浮かべた。
「いい取引……ねぇ。だがグリガス、面倒な共闘などせずとも……今この場で、お前を殺してその武器を奪い取ってもいいんだよ?」
ピキッと、謁見の間の空気が一瞬で凍りついた。
スクルドの圧倒的な覇気とヴァルキリーとしての神聖なる殺気が解き放たれ、グリガスの顔から一瞬にして余裕の笑みが消え去るのだった。




