第314話 【暴かれる幻影と蠢く刺客】裏街ミレースの罠! 醜悪な魔族スリと忍び寄る裏組織の影にヴァルキリー猛威!
「な、なんですか二人とも! いくらなんでも可哀想すぎます! こんな小さな女の子に暴力を振るうなんて——っ!」
憤慨したハーミアがスコグルとヒルドを強く睨みつけると、先頭を歩いていたスクルドがふっと足を止め、ゆっくりと振り返ってハーミアの前まで歩み寄ってきた。
「ヒルド、スコグル、それくらいにしておいてやりな。世間知らずの箱入りお嬢さんにこれ以上教えても毒になるだけだよ」
スクルドの制止に、ハーミアは救われたような顔をして「スクルド様! ですよね、だってこの子は——」と言いかけた。
だが、スクルドは冷ややかな眼光のまま、地面にうずくまるボサボサの茶髪の少女を指差した。
「勘違いするな、ハーミア。こいつは男だ。……それに、子供ですらない」
「えっ……? 男……? こ、子供じゃない……!?」
ハーミアが目を点にしている隙に、スクルドはしゃがみ込み、スリのボサボサな茶髪を鷲掴みにして力任せに引き剥がした。
バサッと音を立てて脱げ落ちたのは、精巧な髪の毛のウィッグだった。あらわになった頭部には髪の毛が一切生えていない。
「チッ……クソが!」
頭を剥ぎ取られたスリの口から、低く濁った男のダミ声が漏れ出た。同時に、男が纏っていた幻影魔法の術式が乱れ、カッと眩しい光とともにその姿が急速に変貌していく。
現れたのは、酷く落ち窪んだ大きな赤い瞳と、紫色の醜悪な肌、そしてコウモリのように大きく尖った耳を持つ、グロテスクな異形の顔だった。
「ひやぁぁぁーっ!? 顔が! 顔が化け物に変わりましたーっ!? 髪の毛も偽物だったんですかーっ!?」
ハーミアが悲鳴をあげて跳び上がると、スクルドは引き剥がしたウィッグを手に取り、冷静に観察した。
「ふん、このウィッグ自体が姿を偽る幻影の魔道具になっていたようだな」
「グレムリンハーフか。相変わらず浅ましい手口を使う連中ね」
ヒルドが吐き捨てるように呟く。
グレムリンハーフ——小悪魔グレムリンと人間との間に生まれた混血だ。本来のグレムリンは体長五十センチほどの小柄な魔物だが、ハーフの男は人間の子供程度の大きさである百センチから百二十センチほどの身丈を持っていた。可憐な少女の振りをし、油断した旅人を襲うスリの常習犯だったのだ。
正体を暴かれたグレムリンハーフは、ギラギラと赤い目を怒らせると、自分の手首をがっちりと掴んでいるスコグルの手にいきなりガブリと噛みつこうとした。
「浅知恵を!」
スコグルは眉一つ動かさず、掴んだ手首を一瞬で捻り上げると、巨大な力で男の身体を丸ごとぶん回した。空中でぐるんと旋回したグレムリンハーフは噛みつくどころではなく、そのまま石畳の地面へと全力で叩きつけられた。
ドガッ……!
「ぐふッ……ガハッ……!」
激しい衝撃にグレムリンハーフが血を吐いて悶絶する。
「おいおい……そのくらいにしておいてもらえないかな?」
その時、周囲を囲んでいた野次馬の人だかりの中から、低く落ち着いた男の声が響いた。
人だかりを割って一人の男がゆったりとした足取りで歩み出てくる。男は黒っぽい紫色の皮膚に黒髪、不気味に光る赤い瞳を持ち、耳がピンと尖っていた。その他の容姿は人間と変わらない、半魔族の男だ。
着ているのは質素な村人の布服上下に使い古された革靴だが、その腰には鋭い光を放つショートソードが下がっていた。
スクルドが横目で男を睨みつける。
「誰だあんた。……この薄汚いスリを見逃せとでも言いたいのか?」
「俺の名はグランダ。そいつの仲間でね。できれば穏便に見逃してもらえないだろうか?」
グランダと名乗った半魔族の男が薄笑いを浮かべると、スコグルが冷ややかな声で短く問うた。
「見逃す対価は何だ?」
「対価? ハハッ、そんなものは無いよ」
「……話にならないわね」
ヒルドが呆れたように鼻を鳴らした。相手にする価値もないと判断したスクルド、ヒルド、スコグルの三人は、そのままくるりと背を向けて街道の先へと歩き出してしまう。スコグルは捕らえたグレムリンハーフの手首を掴んだまま、ずるずると地面を引き摺りながら歩いていく。
「(ええぇぇぇっ!? 引き摺ったまま歩いて行っちゃうんですかーっ!? 酷い、酷すぎる光景ですーっ!)」
あまりの光景にハーミアがスクルドたちとグランダを交互に見比べ、オロオロと狼狽している。
「ハーミア、何してるの。行くわよ」
前を向いたままのヒルドに促され、ハーミアは「は、はいぃぃっ!」と悲鳴のような声をあげて慌てて3人の後を追った。
「おいおい、甘くないなぁ……参ったな。……ところでアンタたち、こんな危険な街に来た目的は何なんだ?」
グランダは慌てて駆け足で追いかけると、スクルドたちのすぐ横に並んだ。引き摺られている仲間のスリなどまるで目に入っていないかのように無視し、爽やかな笑みを浮かべて話しかけてくる。
「それを聞き出すのがお前の本当の目的かい?」
ヒルドが歩みを止めずに冷たく言い放つと、グランダはピクッと眉を跳ねさせ、「ぐ……ッ」と言葉に詰まった。
「図星か」
スクルドたちは足を緩めることなく、さらに薄暗く人影のない裏道へと足を踏み入れていく。グランダも何食わぬ顔でその後をピッタリとついてきた。
行き止まりに近い静かな裏路地に辿り着くと、スクルドは不意に足を止め、振り向いてグランダをまっすぐ見つめた。
「で、どうするんだ? ……後ろに潜んでいる連中もお前の仲間だろう?」
「え……? う、後ろ……!?」
ハーミアが慌てて振り返ると、暗がりの中からナイフや棍棒を手にした怪しげな男たちがゾロゾロと姿を現していた。
「全部で十人か。……ふん、そんな貧弱な数で我々ヴァルキリーを倒せると思ったのかい?」
ヒルドが嘲笑を浮かべると、グランダは両手を上げて苦笑いを浮かべた。
「まさか! 戦う気なんて毛頭ないよ。元親衛隊隊長で伝説のヴァルキリーであるスクルド様相手に、たった十人で挑むなんて正気の沙汰じゃないからね。彼らは俺の身を心配してついてきただけさ」
スコグルが引き摺っていたスリを足元に放り投げ、冷酷な眼光でグランダを射抜く。
「私たちが何者か、最初から知っていたというわけね。知っていれば……フフ、最初から愚かな戦いなんて挑まないでしょうけれど」
薄暗い裏路地に、緊張と静寂が重く立ち込めていくのだった。




