第308話 【絶体絶命の救出と暴食の旋風】迫る悪神トウテツの魔手! 圧倒的強者の介入と絶望を喰らい尽くす暴食の力!
死の恐怖に顔を歪ませるハーミアの真上に、空間を強烈に歪めて俺たちは転移した。
悲鳴と破壊が渦巻くノガートの町、その中心で狂暴な暴威を振るう悪神『饕餮』と、逃げ遅れて倒れ込むハーミアたちのちょうど中間の上空だ。俺たちは重力を無視して悠々と宙に浮かび上がる。
すかさず、亜神ペナンガルであるビーが人化形態のまま背中から美しくも禍々しい昆虫の翅を生やし、滑るように空へ飛び立った。
「ヒロト様のお邪魔をする不敬者め……蜂の巣になりなさい!」
上空からビーが放った無数の『ニードルバレット』が、雨あられとなって饕餮の巨体へ連射される。鋭い針の弾幕が空を切り裂き、爆音を響かせて叩きつけられた。
続いて御者席から飛び出したダークハイエルフのグレイアが、両手から漆黒の魔力を溢れさせる。
「鬱陶しい毛並みね……私に絡みつかせてみなさい!」
グレイアの指先から解き放たれた数万本もの細く靭やかな闇の触手が、生き物のようにうねりながら饕餮の白い羊毛と激しく絡み合い、その動きを強力に阻害していく。
俺は宙から見下ろし、隣に浮くエルダーリッチ(勇者)のユイに素早く指示を出した。
「ユイ、まずはハーミアを確保してくれ!」
「了解よッ!」
ユイが細い指先をかざすと、手元から伸びたしなやかな闇の触手がスルスルと地上へ伸び、腰を抜かしていたハーミアの身体を優しく巻き取った。そのまま一気に引き揚げ、空中のユイのすぐ近くへと引き寄せる。
「ひゃあああぁぁぁッ!? 宙に浮いてる!? た、助かった……って、ええぇぇッ!? ヒロト陛下ぁぁーっ!?」
捕らえられて目を見開いたハーミアが、驚愕の叫び声を上げた。
その横で、焦りを募らせたスクルドが手にした長槍にバリバリと激しい雷光を纏わせる。
「逃がさんぞ悪神ッ! 喰らうがいいッ!」
スクルドは渾身の雷撃を饕餮に向かって解き放った。しかし、青白い雷光は饕餮の硬質化した分厚い羊毛の壁に虚しく弾かれ、本体へと届くことはない。
「くっ……ならば直接打ち込むまでッ!」
血気にはやったスクルドは、制止の間もなく真っ直ぐ饕餮の懐へと突っ込んでいった。
「はぁ……本当、人間の猪武者は救いようがないバカね」
グレイアが呆れたように溜息をつく。俺も思わず額を押さえた。
「おいスクルド! 無闇に突っ込んじゃダメだッ!」
俺の制止も虚しく、案の定、うねり狂う白い羊毛の群れが一斉にスクルドに群がり、その全身をがんじがらめに絡め取った。
「なっ……身体が動かない……!?」
スクルドの身体を捕らえた羊毛は、まるで蛇のように蠢きながら、トラのような巨牙がズラリと並ぶ饕餮の巨大な口元へとグイグイと引きずり込んでいく。
スクルドは必死に身を捩り、暴れて抵抗する。しかし、抵抗すればするほど羊毛は絞り上げるように硬く絡みついていくばかりだ。
「くそっ……放せッ! 放せぇぇッ!」
スクルドは全身からヤケクソ気味に激しい雷撃を乱射して放出した。だが、あらゆる魔力を無効化・吸収する饕餮の邪悪な毛並みには、一切のダメージを与えることができない。
「まったく……しょうがないな」
俺は腰の神刀ムラマサの柄に手をかけると、一閃して抜刀した。
同時に、俺の胸元に潜む亜神バアルゼブルのスラオの転移能力を発動させ、一瞬でスクルドの目の前へと跳躍する。
シャキィンッ!
鋭い金属音が響き渡り、スクルドの全身を縛り上げていた邪悪な羊毛を一刀のもとに切り捨てた。
「スクルド、言ったそばから無闇に突っ込むなよ」
「は、はい……ッ! 申し訳ありません、そして……ありがとうございます……!」
拘束から解き放たれ、スクルドは胸を撫で下ろしてホッと安堵の息を漏らした。
だが、安息の時間は一瞬だった。
斬られた羊毛が怒りのように逆立ち、一気に膨れ上がると、猛スピードで伸びて俺とスクルドの全方位を覆い尽くしたのだ。
「ひぃぃぃーっ!? 陛下とスクルド様が毛玉の中に呑み込まれちゃいましたぁぁッ!?」
地上から見ていたハーミアが、絶望的な表情で悲痛な叫びを上げる。
視界が真っ白な毛並みで埋め尽くされる中、俺は咄嗟にスクルドの腕を掴んだ。
「スクルド、ちょっと引っ込んでろ!」
スクルドをスラオの影の中へと瞬時に収納し、安全を確保する。そして、俺を取り囲む極上の獲物たちを見つめ、不敵に口元を歪めた。
「スラオ、遠慮はいらん。この邪魔くさい羊毛ごと、饕餮を喰っちまえ!」
俺の指示と同時に、スラオが秘めたる絶対的な権能『暴食』のスキルを発動させた。
俺たちの全身を完全に包み込み、外からは一切の姿が見えなくなるほどにまとわりついていた大量の白い羊毛。それが次の瞬間、急激に収縮を始めた。
俺の胸元にいるスラオの口が巨大なブラックホールのように開き、狂暴な勢いで羊毛を吸い込み、文字通り『喰らい』始めたのだ。
ズルズルズルッ! バリバリバリッ!
「なっ……なんですかあれはーっ!? 毛が……毛がどんどん吸い込まれて消えていきますーッ!?」
ハーミアが目を飛び出させて叫ぶ。
見る間に巨大な羊毛の塊が俺の胸元へと吸い込まれていく。それだけにとどまらず、羊毛と繋がっていた饕餮の巨体までもが、スラオの圧倒的な吸引力によってズルズルと地表を引きずられ、俺の方へと無理やり引き寄せられていく。
『グオォォォンッ!? ガアァァッ!?』
自身が「喰われる」という未知の恐怖に直面した饕餮は、人間の顔を恐怖に歪ませ、自らの意思で羊毛を強引に引きちぎった。そして、悲鳴のような咆哮を残すと、空間の歪みの中へと逃げるように姿を消したのだった。
「ふむ……逃げたか」
残った羊毛を綺麗にスラオに平らげさせ、俺は影の中からスクルドを外へ出した。
スクルドは周囲を見回し、呆然としながら俺に問いかけてくる。
「あ、危ないところを助けていただきありがとうございました……! ところで、あの恐ろしい饕餮は一体どうなったのでしょうか……?」
「逃げられたよ。まあ、当分は戻ってこないだろう」
「そうですか……あのような化け物を退けられるとは……」
スクルドは戦慄しながらも、深く溜息をついた。
俺たちはそのまま静かに地面へと着地した。上空で牽制攻撃を仕掛けていたビーとグレイアも、優雅に俺の隣へと降り立つ。
そして、闇の触手でハーミアをぶら下げたままのユイも着地した。触手が解かれ、ハーミアが地面にへたり込む。
「へ、陛下ぁぁっ! ご無事で何よりですーッ! 一時はどうなることかと生きた心地がしませんでしたよーッ!」
「うん、怪我ひとつないよ。心配いらないさ」
ハーミアはポロポロと涙を流しながら、目を輝かせて俺を見上げる。
「やはりヒロト陛下は正義のために、あの恐ろしい饕餮を倒すべく駆けつけてくださったのですね! なんという高潔なお心……!」
「おいおい、誤解するなよ。今回はたまたま巻き込まれそうになっていたハーミアを助けただけだ。次は助けないからな」
「えぇーっ!? そんな冷たいこと言わないでくださいよーッ! ……でもでも! スクルド様たちと一緒に行動されているということは、やっぱり王国を救うために……!」
「いや、スクルドたちに頼まれて、港町スーオまで馬車で送ってやっているだけだ」
「陛下の仰る通りです。私どもが無理を押してお願いいたしました」
スクルドが補足すると、ハーミアは「そんなぁ……」とわかりやすく肩を落とし、ガックリと落胆した。
しかし、すぐに何かを思いついたように顔を上げ、すがりつくような目で俺を見つめてきた。
「で、では……! 私もスーオまで、一緒に馬車で送っていただけないでしょうか……!? ノガートの町はこんな状態ですし、一人じゃ怖くて……!」
「まあ、それくらいならいいか。ノガートはあちこち建物が壊れてしまっているからな。復興するまでかなり時間がかかるだろうし」
チラリとハーミアを見ると、どうやらスクルドたちヴァルキリーと行動を共にしたいという思惑もあるようだ。
「ただし……俺の側室たちは良い顔をしないと思うぞ。急な同乗者が増えて、かなりご立腹だからね」
グレイアが冷ややかな視線をハーミアに向けながら、クスリと意地悪く微笑んだ。
「ええ、大変怒っておりますが……すべては愛するヒロト陛下の御心に従うまでですわ」
「ひっ……! こ、怖い……! ですが、ありがとうございますーッ! お助けいただき感謝いたしますッ!」
ハーミアはグレイアの威圧感に震え上がりながらも、何度も深々と頭を下げて感謝を述べるのだった。




