第307話 【ノガート襲撃と迫る四凶の恐怖】街を喰らう悪神トウテツ! 絶体絶命のハーミアと皇帝出撃の幕開け!
朝の野宿と朝食を終え、俺たちは再び馬車に乗り込んで港町スーオを目指して街道を進み始めた。
心地よい馬車の揺れの中、突然空間がゆらりと歪み、キラーアントエンプレスのアンナが車内に姿を現した。その表情はいつになく真剣だ。
「ヒロト様、ノガートの町に……悪神『饕餮』が現れました」
「なんだって? そうか、念話の映像で現地の状況を確認してみるとするか」
俺が呟くと、向かいに座っていたスクルドが目を丸くして身を乗り出してきた。
「えっ……!? と、トウテツ……!? 一体それは何なのですか!?」
スクルドの混乱に応えるように、エルダーリッチ(勇者)のユイが分かりやすく解説を始めた。
「饕餮っていうのはね、スクルドたちが遭遇した『渾沌』と同じ【四凶】と呼ばれる4柱の邪神の1柱よ。体長は10メートルほどあって、身体は羊、顔は不気味な人間、口にはトラのような鋭い牙が生えていて、手足は人間の形をしているの。そして身に纏った伸び縮みする邪悪な羊毛で獲物を絡めとり、目につくもの全てを喰らい尽くす恐ろしい化け物よ」
「し、四凶……! 渾沌と同等の存在が、ノガートの町に現れたというのですか!?」
呆然とするスクルドに、ユイはさらに話を続けた。
「四凶は、梼杌、饕餮、窮奇、渾沌の4柱。実はね、渾沌以外の3柱……梼杌、饕餮、窮奇は少し前に樹海帝国に出現したのよ。そのうちの梼杌はヒロト様のたちが完全に討伐したけれど、饕餮と窮奇の2柱には逃げられてしまっていたの」
「樹海帝国に……! それほどの悪神を討伐したというのですか……っ! ですが、だとするなら……今ノガートの町は絶望的な危険に晒されているということではありませんか!」
「そうだね。あの巨体と食欲だ、放っておけば町ごと喰らい尽くされるだろうね」
俺が淡々と告げると、スクルドは拳を強く握り締め、苦渋の表情で考え込み始めた。
一方その頃——ノガートの町は、まさに地獄絵図と化していた。
町の中心部に突如として出現した饕餮は、全身から伸びるおどろおどろしい白い羊毛を縦横無尽に広げ、周囲の建造物をバリバリと音を立てて破壊し、絡めとっていく。
「打てッ! 矢を放てぇぇッ! あの化け物を町から追い出すんだ!」
ノガートの兵士たちが必死に弓を引くが、放たれた無数の矢は硬質化した分厚い羊毛によって全て弾き返され、饕餮の本体にはかすり傷一つつけられない。
「うおおおッ! 死ねぇぇッ!」
一人の勇敢な兵士が槍を構えて饕餮の足元へ突撃した。しかし、饕餮は気にも留めず、伸びた羊毛で兵士の足をガチリと絡めとると、そのまま空中へ吊り上げてぶんぶんと振り回した。
石造りの建物や地面へと容赦なく激突させられ、全身の骨を砕かれた兵士はぐったりと力なく垂れ下がる。饕餮はその惨劇を嘲笑うかのように、トラのような牙を剥き出しにし、グチャリと音を立てて兵士を頭から貪り喰らい始めた。
それだけではない。壊れた家屋のガレキや木材までも、まるで菓子でも食べるかのように巨大な口でバリバリと噛み砕き、飲み込んでいく。
「ひ、ヒィィィッ! 逃げろぉぉッ! 化け物だぁぁッ!」
「助けてくれぇぇッ!」
住民たちはパニックに陥り、悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。
城のバルコニーからその惨状を見下ろしていた将軍のオーチは、顔を蒼白にさせながら自らの保身のために叫んだ。
「だ、ダメだ! あんな化け物と戦えるか! 港町スーオへ撤退だ! 弓兵はありったけの矢を放って足止めしろ! その間に住民を逃がすのだ!」
オーチは兵士たちに無謀な防衛を命じるやいなや、自分だけはいち早く馬に飛び乗り、脱兎のごとく町から逃げ出したのだった。
残された饕餮は、羊毛で巻き取った馬車や建物の塀をハンマーのように振り回して周囲を破壊し尽くす。逃げ遅れた住民や立ち向かう兵士たちを容赦なく捉えては、次々とその巨大な胃袋へと収めていった。
逃げ惑う群衆の中に、あの少女ハーミアの姿があった。
「いやぁぁぁッ! なんですかあの羊の化け物はぁぁーっ! 夢に出てくるより怖いですーッ!」
ハーミアも必死になって走っていたが、パニックになった人混みに押され、思うように前に進むことができない。
「きゃああッ!?」
その時、前を走っていた住民が足をすくわれて転倒し、ハーミアもそれに巻き込まれて派手に転んでしまった。
「痛たたた……っ! う、うそでしょ……!?」
膝を擦りむきながらハーミアが恐る恐る後ろを振り返ると、そこには建物を押し潰しながら迫ってくる饕餮の巨体と、空を覆い尽くすように伸びてくる邪悪な羊毛があった。
「いやぁぁぁーっ!! 食べないでぇぇーっ! 私、全然美味しくないですからーっ!!」
恐怖に顔を歪ませ、涙目になって絶叫するハーミア。死の爪痕が、すぐそこまで迫っていた。
馬車の中で念話の映像を見ていた俺は、思わず声を漏らした。
「ありゃ……ノガートの町にハーミアがいるぞ。このままだとあの化け物に喰われるな」
ユイも画面を覗き込みながら頷く。
「本当ね、ノガートに来ていたのね。あの子、すっかり巻き込まれ体質になっちゃってるわ」
「はぁ……仕方ない、助けに行くか。グレイア、馬車を止めろ」
御者席のダークハイエルフのグレイアへ指示を飛ばす。
「はい、ヒロト様!」
グレイアが手綱を引くと、馬車は急停車した。
「アンナ、万が一に備えて眷属を召喚し、この馬車の護衛を頼むよ」
「承知いたしました、ヒロト様。完璧に守らせます」
アンナが力強く頷くのを確認し、俺は立ち上がった。
「それじゃあ、ちょっとノガートまで行ってくるね」
「私も参ります! ヒロト様のお供をさせてください!」
グレイアが御者席から飛び降りて駆け寄ってくる。
「私も行くわ! 四凶の残党を野放しにはしておけないものね」
ユイも武器を構え、やる気満々だ。俺の左手には、ミニサイズになった世界樹(精霊王)のレイと、亜神ペナンガルのビーがちょこんと可愛らしくくっついている。
龍脈の魔女ウィーラは馬車のシートに深く腰掛け、不敵に笑った。
「妾はここで馬車の見張りと決め込むとするのじゃ。暴れてくるとよいぞ」
すると、スクルドが意を決したような鋭い眼差しで俺の前に立ちふさがった。
「ヒロト陛下! 私も……私どもも連れて行ってください! 祖国の人々が虐殺されるのを黙って見過ごすわけにはいきません! ヒルド、お前はここで待機だ!」
「えっ……! スクルド様! しかし……っ!」
「お前は足が治ったばかりだ。それに馬車の護衛も重要だ。分かったな!」
「……はい! 承知いたしました! スクルド様、どうかご無事で!」
スクルドの固い決意を感じ取り、俺は笑みを浮かべて頷いた。
「うむ、いいだろう。スクルドも一緒に来い! 行くぞッ!」
俺たちは転移魔法の光に包まれ、悲鳴と破壊が渦巻くノガートの町へと一瞬で跳躍するのだった。




