第306話 【絶望の悲劇と渾沌の謎】殺された婚約者! 狂乱の王都を裏で操る陰謀と迫る邪神の正体!
静まり返る野営地で、ヒルドもまた悔しさに唇を噛み締めながら、昨日のことのように鮮明なあの惨劇を語り継いだ。
「私も式場に駆けつけた時は、スクルド様が命がけで『渾沌』と刃を交えておられました。私は急ぎタカージ王子の遺体を探したのですが……式場の死体の中に王子のお姿はなく、すぐさまそのことをスクルド様にお伝えしたのです」
スクルドは瞳に深い悲哀を宿しながら頷いた。
「タカージ王子が生存している可能性があると知り、私は戦いを中断して式場を飛び出し、必死に城内を探し回りました。しかし……」
「しばらく探し回った末、王城の裏門の手前で私たちはようやくタカージ王子を見つけました。ですが……あまりにも残酷な光景でした……!」
ヒルドの言葉を引き継ぐように、スクルドが激しい怒りを露わにして叫んだ。
「タカージ王子は……あの反逆者オーダンに、背後から無残に刺し殺されていたのだッ! オーダンは私たちの姿を見ると、そのまま逃げるように裏門から王城を脱出した! 狂ったように後を追ったが、途中で正気を失った国民や兵士たちが立ちはだかり……ついに奴を捕らえることはできなかったのだッ!」
「オーダンはその後、すぐさま己の領地へ戻り……『渾沌』が消え去ったのを確認するやいなや、自分が正当な後継者であるかのように王国の覇を唱え始めたのです」
「だからこそ我々はモリー侯爵を頼り、あの汚い裏切り者オーダンと戦うことを決意したのだ」
二人の悲壮な覚悟を聞き、エルダーリッチ(勇者)のユイが納得したように深く頷いた。
「なるほどね……政治的な争いだけじゃない、大切な婚約者の仇討ちというわけね」
「悲しい話だな……。だがスクルド、一つ気になることがある。王城にいた者たちが正気を失って互いに殺し合っていたと言ったが、オーダン自身は狂っていなかったのかい?」
俺の問いかけに、スクルドは深く眉をひそめた。
「そこなのです、ヒロト陛下! 私が見た限り、オーダンは全く狂っていませんでした。それどころか、引き連れていた部下たちも全員正常だったのです。正気を失った者たちは、目が血走り、異様な光を宿していて一目で判別できました。しかし、オーダンたちの目は不気味なほど冷酷で冷静だった……それがあまりにも不自然なのです」
「ふむ……ということは、スクルドと共に王城に入った者たちもまた、その狂気の影響を受けなかったのだな?」
「はい。スクルド様と私、そして他三人のヴァルキリー、計五人で突入いたしましたが、誰も正気を失うことはありませんでした」
スクルドたちの証言を聞いて、ユイが顎に手を当てて推察を口にする。
「なるほど……『渾沌』が混乱の広域魔法か何かを解放した瞬間にその場にいた人々だけが狂わされて、後からエリアに入ってきた人たちには影響がなかったのかもしれないわね」
「混乱の力とは実に厄介じゃな。味方同士で潰し合わされるとなると、どれほど強固な軍勢であろうと内部から容易く崩壊してしまう」
龍脈の魔女ウィーラが腕を組みながら苦々しく吐き捨てた。俺はさらに疑問を重ねる。
「もう一つ。スクルドは『渾沌』に対して武器も魔法も一切効かなかったと言っていたが、それは具体的にどんな状態だったんだい?」
「私が魂を込めて繰り出した渾身の長槍の突きも、ヒルドが放った極太の雷撃魔法も……攻撃が命中する直前、まるで空間がぐにゃりと歪むように周りの景色が一変したのです!」
スクルドの言葉を聞き、ユイの瞳が鋭く光った。
「なるほど……物理攻撃が無効化されるフィールドと、魔法が無効化されるフィールドを自在に切り替えているのかもね。もしそうなら、一筋縄ではいかない厄介な能力だわ」
「その時、『渾沌』からスクルドたちへ直接的な反撃や攻撃はしてこなかったのかい?」
「いいえ……攻撃は一切してきませんでした。ただ、人々が殺し合う惨劇を前に、狂ったように高笑いを上げていただけです……」
「ただ高笑いしていただけ……か。となると、そこにいたのは本体ではなく、精巧な分身や幻影だった可能性もあるな」
「ねえスクルド、あなたの武器や魔法は、手応えとして『渾沌』の身体に直接当たってはいたの?」
「確かに当たりました! 手応えもありました! しかし……掠り傷ひとつ作ることができなかったのです!」
手繰り寄せられる『渾沌』の謎に周囲が沈黙する中、俺は静かにスクルドとヒルドへ声をかけた。
「ありがとう、二人とも。辛い過去を思い出させてしまってすまなかったね」
「いいえ……お話しできて心が少し軽くなりました」
重い話を終え、俺たちが一度スクルドたちと距離を置いたその時だ。
「ヒロト様ーッ! 大変ですーッ!!!」
ヒルドが両手をバタバタと激しく振り回しながら、驚愕の表情で駆け寄ってきた。
「な、なんだいヒルド、そんなに慌てて!?」
「あ、あちらから……ッ! 巨大な化け物たちがゾロゾロと山のような何かを持って歩いてきます!?」
ヒルドが叫んだ視線の先から、のし……のし……と重厚な足音を響かせて歩いてきたのは、昨夜警備を頼んでいたキラーアントキングとヘルハウンドキングだった。
巨躯のキラーアントキングは、何かを大事そうに抱えている。
「ヒロト陛下、昨日の警備の際に、周囲の森で集まってまいりました雑多な魔物どもを討伐いたしました。その際に回収いたしました素材と魔石にございます。どうぞお受け取りください」
なんと、キラーアントたちとヘルハウンドたちは夜間の警備の傍ら、近寄ってきた危険な魔物を自主的に狩り集めてくれていたのだ。巨大な死骸から上質な素材と魔石をキラーアントたちが器用に解体して取り分け、残った肉などの死骸はヘルハウンドたちと一緒に残さず美味しくいただいたのだという。
「うわあぁぁっ!? 魔物の王様たちが自ら解体して献上しているなんてッ!? 」
目を飛び出させて驚くヒルドをよそに、キラーアントキングが恭しく差し出してきたキラキラと輝く大量の魔石と希少素材を、俺は亜神バアルゼブルであるスラオの影の中にスッと収納した。
「すごいじゃないか! ありがとう、本当に助かったよ。また頼むな」
「ハッ! 陛下の御ためとあらば、いつでもお呼びくださいませ!」
アンナも愛おしそうに眷属の頭を撫でる。
「よくやったね。褒めてあげるよ」
ヘルハウンドキングも満足そうに尾を振り、深々と頭を下げた。
「我々もいつでもお力になります。我が牙は常に陛下の御ために」
「ユイ様、焚き火の火勢管理も一卵の狂いなく完了いたしました」
フェンも翼を広げ、ユイに報告を行う。
「ふふ、フェン、ありがとうね!」
素晴らしい働きを見せてくれたフェン、キラーアントたち、そしてヘルハウンドたちには、お礼としてブラリリが作った特大の焼きたて肉塊バーガーをご馳走し、満足してもらった上でそれぞれの領域へと送還したのだった。




