第303話 【港町スーオへの道と至高の味】戦乙女も唸る極上リゾット! 絶品グルメと人魚の噂に心踊る街道の昼食!
世界樹(精霊王)であるレイの神秘的な治療魔法により、足の激痛が嘘のように引いたヒルドがゆっくりと目を覚ました。
立ち上がり、自分の足元を確かめるように踏みしめたヒルドは、あまりの完治ぶりに驚愕の表情を浮かべ、すぐさま深々と頭を下げた。
「あ、足が完全に治っている……! 助けていただき、真にありがとうございました。そして、先ほどは多大なご無礼を働き、誠に申し訳ございませんでした!」
心からの謝罪を口にするヒルドの横で、スクルドが真摯な眼差しで俺に向き直った。
「ヒロト陛下……恐れながらお尋ねいたします。これほど巨大な力を有する貴方様が、一体何のためにこの荒れ果てた南の王国へ来られたのですか?」
俺は肩をすくめ、軽い調子で答えた。
「ん? 観光だよ」
「えっ……か、観光……!? 決して冗談を言っているようには見えませんが、こんな内戦で荒れている時期にですか!?」
目を丸くするヒルドの傍らで、スクルドは腕を組んで納得したように重々しく頷いた。
「ふむ……なるほど。こんな時だからこそ、表向きは観光と称し、現地の情勢や内戦の真実をご自身の目で直接確認しに来られたというわけですね」
「まあ、そういうことにしておこうか」
「しかし……一国の絶対なる皇帝陛下が自ら直接出向かれるとは……」
ヒルドが信じられないといった様子で呟くと、俺は笑いながら首を振った。
「だから、本当にただの観光のつもりだって」
スクルドは苦笑いを浮かべ、どこか遠い目をした。
「はぁ……。精霊王様や勇者様、神級の眷属様といったこれほど常軌を逸した戦力が身近に控えておられれば、どのような危険地帯であろうと近所の公園を散歩するのと同程度に気軽に来られるということなのでしょうな……」
俺たちの底知れぬ余裕に呆れつつも、スクルドは樹海帝国の規格外さを改めて痛感したようだ。
「そういえば、次の町まで行くんだろ? 良かったら馬車に乗せていくよ。その代わり、道案内をしてくれないか?」
「よろしいのですか! 感謝いたします!」
ヒルドは安堵の息を吐きながら、ふと首を傾げた。
「それにしても……いったいいつの間に、これほど立派で豪華な馬車をご用意されたのでしょうか。街道には何もなかったはずですが……」
不思議そうに尋ねるヒルドに対し、スクルドが小声でピシャリと注意を促した。
「ヒルド、余計な詮索は身を滅ぼすぞ。皇帝陛下の気変わらないうちに、ありがたく次の町まで乗せていただこう。ヒルド、お前は御者席で道案内を頼む」
「は、はい! 承知いたしました!」
こうしてスクルドとヒルドを馬車に同乗させ、俺たちは次の町へと向かって街道を進み始めた。
馬車の中、向かい合わせに座るスクルドへ俺は問いかけた。
「スクルド、次の町というのは一体どんな町なんだい?」
「港町でございます。ノガートの町などで日常的に消費されている鮮魚や魚介類は、そのほとんどがこの港町から運ばれております」
「へぇ、海は魔物が溢れていて危ないと聞いていたけれど、ちゃんと漁をやっているんだね」
「ええ。ですが、人間の漁師ではまず生きて海に出ることすら不可能でしょうね」
「人間には無理……ということは、住んでいるのは魔物か異種族なのかい?」
「その通りです。人魚と魚人が共に暮らす海辺の町なのです」
その言葉を聞いた瞬間、隣に座っていたエルダーリッチ(勇者)のユイが、パッと目を輝かせた。
「人魚と魚人! すごいじゃない、ファンタジーの醍醐味ね!」
「スクルド殿、人魚と魚人というのはどう違うのだ?」
スクルドは分かりやすく説明を付け加えた。
「人魚が女性で、魚人が男性の種族となります。彼らは強力な海の魔物とも渡り合える独自の能力を持っておりますので」
「ほうほう! それはとっても楽しみね。……ところで、スクルドたちはその港町に何をしに行くの?」
ユイが興味深そうに尋ねると、スクルドは真剣な表情に戻って答えた。
「前線へ向かうための通過点という理由もありますが、実は我が部下に、元人魚のヴァルキリーがいるのです。その者を部隊に連れ戻し、共に前線へ向かうのが最大の目的でございます」
「なるほどね。仲間のスカウトというわけか」
納得したように頷き合う中、馬車は順調に街道をひた走った。
それからしばらく進むと、太陽がすっかり高く昇っていた。
「そろそろ昼飯にしようか。ブラリリ、準備をお願いできるかい?」
「はい、ヒロト様! お任せください!」
ブラウニーのブラリリが元気に返事をし、馬車を街道から少し外れた景色の良い木立へと停めさせた。
さっそく大鍋と魔導コンロが引っ張り出され、手際よく昼食の準備が進められていく。しばらくすると、食欲を激しくそそる芳醇で香ばしい香りが立ち込め始めた。
「お……これは何という良い香りだ……!」
御者席から降りてきたスクルドが、思わず生唾を飲み込んだ。
ブラリリが作ったのは、昨日ノガートの城で絶賛されたブイヤベースをさらに進化させた極上料理だった。濃厚な海鮮出汁のトマトスープにたっぷりのチーズを溶かし込み、絶妙な炊き加減のご飯と合わせた贅沢な極上リゾットである。
酸味のあるトマトととろける濃厚チーズ、そして凝縮された魚介の旨味が一体となった湯気が、鼻腔を心地よく刺激する。
「スクルドさん、ヒルドさんもどうぞ召し上がってください!」
ブラリリが木製のお椀にたっぷりと盛り付け、二人へ差し出した。
「か、感謝いたします……!」
ヒルドは恐縮しながら受け取り、熱々のリゾットをスプーンですくって一口食べた。
「旅の途中で、まさかこれほど豪華で美しすぎる料理が食べられるなんて……贅沢すぎますわ」
スクルドも待ちきれない様子でスプーンを口へと運ぶ。
次の瞬間、スクルドの目が飛び出さんばかりに大きく見開かれた。
「んんっ!!?? う、旨いッッ!! なんだこの爆発的な旨味はッ!?」
「これは……! 一体なんて美味しいんでしょう! 濃厚なチーズと海鮮のコクが口いっぱいに広がって……ノガートの高級店で食べたスープよりも断然、段違いに美味しいわ!」
あまりの絶品ぶりに、戦乙女二人は誇りも忘れて夢中でスプーンを動かした。
ユイも一口食べて、目を細めて舌鼓を打つ。
「本当ね! 昨日食べたブイヤベースより、チーズのコクが加わって旨さが何倍にもアップしてるわ!」
「ふむ、ブラリリ、見事な腕前じゃな。素晴らしい味わいじゃぞ」
龍脈の魔女ウィーラが褒めちぎると、ブラリリは少し照れくさそうに頬を掻いた。
「へへ、ありがとうございます! 昨日のお城の厨房で、料理のおばさんや食堂の料理ギルドのメンバーの皆さんと一緒に『もっと美味しくする方法』を考案したんです!」
スクルドは美味の衝撃に身を震わせながら、感心しきりといった様子で俺を見た。
「噂には聞いておりましたが……樹海帝国の皇帝陛下が極上の食通であるというのは、本当のことだったのですね……!」
「専属の料理人様を同行させて旅をするなんて、王族でもなかなか真似できない羨ましさですわ……!」
ヒルドも熱い吐息を漏らしながら同意する。俺は苦笑いしながら手を振った。
「いやいや、食通というほど大層なものじゃないよ。ただ美味いものをみんなで楽しく食べたいだけさ」
「いえいえ! これほど美味しい料理は、私の生まれてからの人生で間違いなく一番でございます!」
ヒルドが大絶賛しながらあっという間に完食し、幸せそうにお腹を摩った。
俺は空になった器を置き、スクルドに本題を尋ねた。
「スクルド、この馬車で進んだ場合、その港町にはどれくらいで着きそうだい?」
「そうですね……港町スーオに到達するには、順調に進んでもあと三日はかかるでしょう」
「なるほど、野宿が必要になってくるな。そっちの野宿の用意は大丈夫かい?」
「はい、簡単なテント程度であれば所持しております」
「ふむ、分かった。それじゃあ今晩はどの辺りで野宿をする予定かい?」
「ここからもう少し進んだ先に、大きな川が流れている場所がございます。水場も近いですし、今夜はその近くで陣を張りましょう」
「了解した。よし、腹ごしらえも済んだことだし、港町スーオを目指して出発しよう!」
絶品料理でエネルギーを充填した俺たちは、再び馬車に乗り込み、新たな出会いが待つ港町スーオへと向かって街道をひた走るのだった。




