第302話 【絶大な力の証明と戦乙女屈服】絶対者への急襲! 側室たちの圧倒的制裁と精霊王の降臨に戦乙女は平伏す!
街道の真っ只中、俺たちは停車させた馬車の傍らで、ヴァルキリーの隊長スクルドと向き合い話をしていた——はずだった。
「——死ねッ!」
次の瞬間、スクルドの鋭い眼光が殺意に染まり、手にしていた長槍が目にも留まらぬ速度で俺の喉元へと一直線に突き出された! 試すような生半可な攻撃ではない。本気の必殺の一撃だ。
だが、その必殺の槍が俺の皮膚に触れることはなかった。
空間が歪み、俺の斜め前にキラーアントエンプレスのアンナが突如として出現。突き出された長槍の鋭利な刃先を、素手で『ガシィッ!』と完璧に受け止めたのだ。
アンナの黒く強靭な甲殻に包まれた手が、ピシリとも動かずに槍を掴んで固定している。
「我が絶対なる皇帝陛下への無礼……断じて許さん」
アンナの低く冷徹な声が響く。スクルドは顔を歪め、力任せに槍を引き抜こうと腕に筋を浮かべた。しかし、片手でやすやすと槍を掴むアンナの常軌を逸した怪力の前には、両手で引っ張るスクルドの力など赤子同然。槍はビクとも動かない。
「なっ……!? 片手で私の本気の突きを受け止め、引き抜くことすら出来ぬだと……!? どんなバカ力だッ!?」
スクルドが信じられないといった様子で驚愕に目を剥いた直後、周囲の空気が重く、絶望的なまでに濃密な魔力によって塗り替えられた。
見上げると、宙にふわりと浮いていたのはダークハイエルフのグレイアだ。その瞳は血のように赤く輝き、凄まじい威圧感を放っている。
「我が最愛の陛下に対する明確な殺意と無礼……死を持って償いなさい!」
グレイアが腕を振るうと、彼女の影から伸びた無数の尖鋭な闇の触手が、槍のようにスクルドと部下のヒルドへ向かって解き放たれた。
「スクルド様、お下がりくださいッ!」
ヒルドが半身に構えた槍で辛うじて闇の触手を打ち払い、防戦に回る。スクルドはアンナの手から槍を手放す判断を瞬時に下し、泥臭く地面を転がってグレイアの追撃を間一髪で回避した。
すぐさま立ち上がり、素手で身構えるスクルド。だが、制裁はそれだけに留まらない。
グレイアの頭上には、いつの間にか人化形態となった亜神ペナンガルのビーが悠然と浮遊していた。
「陛下を傷つけようとした罪、身体で払いな! いくぞッ!」
ビーの叫びと共に、空中に展開された無数の魔法陣から、超高密度の魔力弾幕『ニードルバレット』が間断なく大量に放たれた!
ドドドドドッ!!
「くっ……背中に羽を持つ身を舐めるなッ!」
スクルドは背中から光り輝く白い翼を大きく広げると、爆風を切って上空へと飛び上がり、間一髪で弾幕を回避した。しかし、地上に残されたヒルドは逃げ切れず、無数の針がその脚を深く穿つ。
「あぐっ……! 脚が……っ!」
「スキあり、ね」
倒れ込んだヒルドの隙を見逃さず、グレイアの闇の触手が蛇のように群がり、彼女の全身をガッチリと捕獲・拘束した。
激痛に耐えかねたヒルドは、拘束されながらも必死に腕を掲げ、俺に向かって渾身の雷撃魔法を解き放った!
「スクルド様をお護りする……! 砕け散れッ!!」
バリバリバリッ!! と鼓膜を破らんばかりの轟音と共に、極太の純白の雷撃が俺の胸へと一直線に激突する!
……はずだった。
俺の全身を覆っていた亜神バアルゼブルのスラオがニヤリと口の形を作り、放たれた膨大な雷撃のエネルギーを、まるで美味い酒でも飲むかのように一瞬で呑み込み、喰らい尽くしてしまったのだ。
雷撃は俺の胸元へ吸い込まれるように消滅し、俺の服一枚すら焦がすことはなかった。
上空でそれを見ていたスクルドが、あまりの出来事に驚愕の声を上げる。
「な、何だと……!? ヒルドの渾身の雷撃が跡形もなく消えた……!? 効かないどころか吸い込まれたというのかッ!?」
「どこを見ているのかしら?」
「なっ——!?」
背後から掛けられた甘く冷ややかな声に、スクルドが戦慄して振り向く。そこにはいつの間にか背後に忍び寄っていたエルダーリッチ(勇者)のユイが立っていた。
ユイの背中から伸ばされた漆黒の闇の触手が、上空のスクルドの全身を逃さず絡め取り、そのまま地面へと引きずり降ろした。
ドシンッと地面に叩きつけられ、完全に拘束されたスクルドとヒルド。
ユイとグレイアは、縛り上げた二人の戦乙女を連れて俺の前に整然とひざまずいた。
「ヒロト、無礼者を拘束したわ」
「陛下、いつでも処刑できますわ」
「うむ、手際が良いね。二人ともありがとう」
俺が声をかけると、龍脈の魔女ウィーラが怒りを露わにしながら歩み寄ってきた。ウィーラは拘束されたスクルドの顎を下から強引に掴み上げ、至近距離からその瞳を恐ろしい鋭さで睨みつけたのじゃ。
「おい、戦乙女。一体どういうつもりでの攻撃じゃ? 返答の内容によっては、お主ら二人どころかヴァルキリーの種族ごと只では済まされぬぞ」
威圧感に気圧されながらも、スクルドは必死に声を絞り出した。
「ご……御無礼、深くお詫び申し上げます……! 今の一撃で確信いたしました……貴方様こそが、本物の樹海帝国皇帝陛下でいらっしゃることを……! 決して敵意があったわけではございません……! どうか……どうか拘束を解いていただきたい……!」
「なにい……? 我らが愛する絶対者、ヒロト陛下を『試した』というのかッ!!」
ウィーラの叫びを合図に、控えていた側の仲間たち全員から、世界を破滅させんばかりの濃厚で圧倒的な魔力が一斉に爆発・噴出した!
ドゴォォォンッ……!!
息をすることすら困難なほどに重く強力な神級の魔力圧。周囲の樹木が圧力でみしみしと音を立てて軋む。
(ああ……みんな本気で怒ってるな。まあ、いきなり攻撃されたんだから当然か)
脚を負傷していたヒルドは、この恐ろしい魔力圧に耐え切れず、白目を剥いてその場でガクリと気を失った。
スクルドもまた、地へ押し付けられるように両手をついて頭を垂れ、猛烈な圧迫感に荒い呼吸を繰り返す。
「ハァッ……ハァッ……くっ……! げほっ、ケホッ……!」
強い精神力を誇るスクルドの目からも、恐怖と苦痛でじんわりと涙が滲み出ていた。あまりにも格が違いすぎる絶対的な強者たちの前で、彼女は己の愚かさを噛み締めながら叫んだ。
「わ、私は……私はこんなところで死ぬわけにはいかないのです……! どうか……どうかお許しください……ッ!!」
必死に命乞いをするスクルドに対し、キラーアントエンプレスのアンナが冷酷な表情で俺に提案してきた。
「陛下。この不敬者ども、塵も残さず我が眷属に喰わせましょうか?」
「それって、あの絶対悪『饕餮』を撃退して食い尽くした時のスキルよね?」
ユイがクスリと笑いながら追従すると、アンナは「そう」と短く頷いた。
饕餮という不吉な名を聞いた瞬間、スクルドの身体がビクッと激しく跳ね上がった。自分たちがどれほど危険な存在の虎の尾を踏んでしまったのかを察したのだろう。
俺は苦笑いしながら手を振った。
「まあまあ、試した度胸は認めよう。そのくらいで許してやってくれ。……レイ、怪我人の治療をお願いできるかい?」
「ふふ、分かりましたわ、ヒロト様」
俺の指示を受け、ユイとグレイアは即座に闇の触手を消滅させ、二人の拘束を解除した。
直後、眩い光と共に世界樹(精霊王)のレイが降臨した。その圧倒的な神々しさと神秘的な美しさに、スクルドは息を呑み、涙で濡れた目で呆然と見上げる。
レイが優しく手を差し伸べると、あたたかな精霊力の光がスクルドと気絶したヒルドを優しく包み込んだ。瞬時に傷が癒えていき、ヒルドの脚の傷跡すら綺麗に消え去っていく。
スクルドは驚きに目を見開き、震える声でレイに向かって尋ねた。
「あ……あたたかく、とてつもなく尊い波動……っ! このお方は……一体どなた様なのですか……!?」
俺は胸を張って、誇らしげに答えた。
「精霊王レイ。俺の愛する妻の一人だよ」
「せ……精霊王様が……妻……!?」
スクルドは開いた口が塞がらない様子で固まり、ようやく己の無知と非礼さを心から悟ったように、深く頭を下げた。
「真の神々を従え、精霊王様を妻に娶る存在……やはり……やはり貴方様が、あの樹海帝国の絶対なる皇帝陛下だったのですね……!」
「そうだよ。だから初めからそう言っているじゃないか」
俺が呆れ顔で告げると、スクルドはぐうの音も出ない様子で、ただただ平伏するのだった。




