第300話 【勘当と王女の失脚】愚行の代償は王位剥奪! 帝国の逆鱗が生んだ決別と、絶対者を戴く妻たちの団結!
グレイアの容赦なき威圧と制裁の余波が残り、天井に大きな大穴が開いた女王の執務室。近衛兵たちが慌ただしく状況を確認する中、気絶から復帰した従者の一人が、震える声で尋ねた。
「ヒ、ヒポリュテ様! お怪我は……お怪我はありませんか!?」
ヒポリュテは乱れた衣服を整え、冷や汗を拭いながら重々しく首を振った。
「怪我は無いわ。だが……見ての通りこの部屋は当分使えそうにないわね。一度客間へ移動しましょう。それと、ハーミアに応急手当を施した上で、客間へ連れてきなさい」
「は、はい! ただちに!」
従者二人が顔を青くしながら手当を施すのを横目に、ヒポリュテは重い足取りで客間へと向かった。
広々とした客間の高級感ある一人掛けソファにヒポリュテが腰を下ろし、静かに深呼吸を整えていると、間もなくして従者に支えられたハーミアが連れてこられた。額には白い包帯が巻かれ、痛々しい血が滲んでいる。
ヒポリュテは向かい合っている二人掛けのソファを、目線で静かに指差した。
「ハーミア、そこに座りなさい」
指示に従い、ハーミアはおずおずとソファに腰を掛けた。その表情は今なお恐怖とショックに大きく歪んでいる。
ヒポリュテは冷徹な眼差しで娘を見つめ、静かに問いかけた。
「……ハーミア。何故あんな恐ろしい事態になったのか、自分自身の口で説明しなさい」
ハーミアは唇を噛み締め、悔し涙を流しながら頭を下げた。
「わ、私が……ヒロト陛下のあまりのお優しさを完全に勘違いし、調子に乗って図に乗ってしまいました……ッ!」
「はぁ……。あなたは一国の王女なのですよ? 我が国があなたを案内役としてヒロト陛下のもとへ派遣した本当の理由を、ちゃんと理解していたのかしら?」
「はい……。圧倒的な力を持つヒロト陛下に気に入っていただき……ゆくゆくは側室として我が国との絆を深めること……です」
「そうよ。あなたは完全に順番を間違えたのよ。まずは忠誠を示し、信頼を得て側室になってからであれば、意見や相談として通った可能性もあったでしょうに。……まあ、ヒロト陛下は南の王国の内戦になど関わらないでしょうけれどね。勿論、我がアマゾネス国も一切関わるつもりはありません。一握りの私情で大切な国民を危険に晒してまで得るものなど何も無いのだから。ましてや、何の利益もないモリーの支援など一考の価値も無いわ」
すると、額に手を当てていたハーミアが、信じられないといった様子で叫んだ。
「ど、どうしてですかぁぁッ!? どうしてあんなに美しく気高いヴァルキリーのスクルド様を助けてあげないのですかッ!?」
「……その支離滅裂な言葉を、そのままヒロト陛下にも言ったのかしら?」
「は、はい……ッ!」
ヒポリュテの顔に落胆の色が深まる。
「我がアマゾネス国が跡形もなく崩壊する危険を冒してまで、推し進めるような進言かしらね、それは?」
「それは……っ! け、結果的にグレイア様がお怒りになってそうなってしまっただけで……っ!」
「愚か者ッ!」
ヒポリュテの喝声が客間に響き渡った。ハーミアは体をビクッと跳ね上がらせ、肩をすくめる。
「あなたの軽率な一言には、我が国の民すべての命がかかっているのですよ! その責任の重さをよく考えなさい! スクルドを助けることが、我がアマゾネスの民のためになると本気で思っているのですか!? あなたは王女です! 自分自身の個人的な憧れよりも、まず第一に民の幸福と安全を最優先に考えるべきなのです! ヒロト陛下も全く同様に、樹海帝国の民やご家族の安全を最優先に考えておられる……それが絶対的な答えなのですよ!」
「しかしッ!! 正しいと思うことは、どんな立場であれ進言し、実行するべきですッ!!」
ハーミアの往生際の悪さに、ヒポリュテは深い溜息をついた。
「……なるほどね。そんな上から目線の身勝手な口調でヒロト陛下に迫ったわけね。絶対者である陛下も、その妻や側室の方々も激怒して当然だわ」
「う……。そ、それは……」
ハーミアは返す言葉を失い、ぐうの音も出なくなってうつむいた。
ヒポリュテは目を閉じ、酷く悲しげな、だが決定的な決意を孕んだ表情を浮かべた。
「ハーミア。誠に残念ですが……私の教育が間違っていたようですね。私はあなたの母親ですが、それ以上にアマゾネス国を統べる女王なのです。何よりも国民の命を守ることが最優先事項です。あなたのような暴走する危険因子をこれ以上『王女』の地位に留めておけば、我が国の民がいつ滅ぼされるか分かったものではありません。……本日をもって、あなたの王位継承権を剥奪します。さらに、我がアマゾネス皇室から勘当とします」
「えっ……!? ええぇぇッ!? は、母上……嘘ですよね!? そんな、勘当だなんてぇぇッ!?」
耳を疑うような処分に、ハーミアは目を丸くして立ち上がり、絶叫した。しかし、ヒポリュテの眼光に揺らぎは一切なかった。
「どうせ何を言っても納得しないのでしょう。これからは一人で自由にスクルドを助けに行けば良いわ。……もう二度と、この国に足を踏み入れないでちょうだい」
「は、母上ぇぇッ……!!」
「さあ、出ていきなさい!」
取り乱してすがりつこうとするハーミアだったが、従者たちによって冷淡に客間から連れ出されていくのだった。
一方、その頃。樹海帝国の豪華なリビング。
空間がフワリと歪み、ダークハイエルフのグレイアが転移魔法で戻ってきた。
「ただいま帰ったわ、ヒロト」
「おう、おかえりグレイア。ご苦労さんだったね」
ソファで寛いでいた俺が声をかけると、右隣の応龍・ハクがふふっと妖艶に微笑みながら視線を向けた。
「あらグレイア、ただ送り届けて帰ってきた訳じゃないでしょうね?」
「ええ、もちろんよ。我が国の圧倒的な力を見せつけて徹底的に脅しておいたから、二度とあのような愚行は起こらないでしょうね」
「なら良いわ。陛下のために動いてくれてありがとう」
「お礼なんて要らないわよ。私だって心底腹が立っていたんだから。陛下に対してあんなに不敬な態度を取るなんて、許せるはずがないわ」
ハクとグレイアのやり取りを聞いていた不死王のルシーが、赤い唇を舐めながら嫉妬交じりに呟いた。
「まったく、羨ましいわねぇ。私が行けばよかったわ。あの愚かな王女ごと、もっと派手に懲らしめて差し上げたのに」
それを聞いた吸血鬼真祖のヒナが、ソファで丸くなりながら呆れたようにくすりと笑う。
「ルシーが本気で怒って行ったら、脅しどころかアマゾネス国が地図から消えて無くなっちゃうよ~」
「あはは! 確かにルシーちゃんなら国ごと灰にしちゃいそうだよね~!」
鳳凰のハピが朗らかに笑い声を上げると、悪魔ベルフェゴルのサクラがフンと鼻を鳴らして果物ナイフをクルリと回した。
「ちょっとハピ、冗談でも笑い事じゃないわよ。私たちの愛する皇帝陛下を侮辱する者は、誰であれ容赦しないんだから」
妻たちの深すぎる愛と絶対的な団結力に背中を押されながら、俺は次のノガートの情勢に集中するため、静かに気持ちを切り替えるのだった。




