第299話 【妻たちの怒りと絶対者の威圧】樹海帝国の逆鱗! アマゾネス国を揺るがす闇の怒りと絶望の制裁!
アマゾネス国の王宮において、女王ヒポリュテの執務室の空気が一瞬にして凍りついた。
室内には重厚な椅子に腰掛ける女王ヒポリュテと、その脇に厳重な警戒態勢で控える二人の側近従者がいた。だが、次の瞬間、空間が不気味に歪み、一人の美女が姿を現した。
樹海帝国が誇るダークハイエルフ——グレイアだ。
その足元からは伸びる、禍々しい闇の触手。その強固な縛鎖に全身を強く拘束され、惨めに身悶えしているのは、先ほどまで帝国の城にいたはずのアマゾネス王女ハーミアであった。
ヒポリュテは床に転がされたハーミアの哀れな姿を一瞬だけ視界に収めると、すぐさま視線をグレイアへと向けた。その額からは、絶望的な圧迫感によりツーッと一滴の冷や汗が流れ落ちる。
グレイアの瞳は血のように真っ赤に染まり、底知れぬ怒りと殺気が渦巻いていた。彼女の身体から一気に解き放たれた強大かつ濃厚すぎる魔力が、部屋全体の空気を歪ませ、物理的な重圧となって全方位へ叩きつけられる。
「ひっ……!?」
「あ、足が……動かない……ッ!」
ヒポリュテの脇に控えていた精鋭の従者ふたりは、その絶対的な格の違いから放たれる魔導圧に耐え切れず、膝から床へ崩れ落ちて平伏するしかなかった。
一度は帝国の庇護下に入ったハーミアすらも、本当の牙を剥いたグレイアの恐ろしさに恐怖で完全に打ちのめされ、身体を震わせる。
そんな凄惨な空気の中、ヒポリュテは必死に歯を食いしばり、全身の力を振り絞って辛うじて椅子から立ち上がった。
「ぐっ……お、お越しいただき感謝申し上げます、グレイア様。一体……一体何のご用件でしょうか……?」
グレイアの真っ赤な瞳が、氷のように冷たくヒポリュテを睨みつける。
「ヒポリュテ。貴女の返答……その内容一つによっては、今日この場でこのアマゾネス国を跡形もなく潰すわよ」
あまりにも絶望的な宣言に、ヒポリュテの背筋に猛烈な悪寒が走る。
グレイアは冷酷な笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「この愚かな女が愛するヒロト陛下に投げかけた無礼な言葉について、私たち陛下の妻と側室は全員、腹の底から激怒しているの。属国の落ちぶれた王女風情が、我が絶対なる皇帝陛下に向かって『南の王国のモリーを無償で助けろ』なんてよく言えたものね。……一体どうやって落とし前をつけるつもりかしら?」
言い放つと同時に、グレイアの足元から伸びた巨大な闇の触手が、拘束していたハーミアを容赦なく壁際へ叩きつけた。
ドカァッ!!
「ぐあぁぁッ!?」
豪快にバウンドしたハーミアは、そのまま豪華なテーブルの角に激突し、額から鮮血を流しながら床に倒れ伏した。痛みに耐えかねて顔を上げたハーミアは、あまりの出来事に血の気の引いた顔でヒポリュテとグレイアを見比べる。
すると次の瞬間、女王ヒポリュテが躊躇なく床へ滑り込み、地面に頭を擦り付けた。
「申し訳……申し訳御座いませんッ!! すべては私の不徳の致すところで御座いますッ! 私の首であれば、いつでも喜んで差し上げます! ですから……どうか我が国民と、この哀れな娘の命だけは、何卒お許しくださいませッ……!」
国の頂点に立つ女王が、プライドも何もかも捨て去って必死に命乞いをする姿。
それを見たハーミアは胸を締め付けられるような激しい驚愕と後悔に襲われた。自分の身勝手な正義感と甘えが、どれほど愚かで取り返しのつかない大罪だったのかを痛感したのだ。
ハーミアも血を流しながら這い出し、ヒポリュテの隣でなりふり構わず土下座した。
「す、申し訳ございませんッ! 私が……すべて私が悪かったのですッ! 陛下のお優しさと温厚さに調子に乗り、甘えてしまいましたッ! 私を……私をどうとでも殺してくださいッ! ですからどうか、女王様と国民の皆様の命だけは、何卒お許しくださいッ……!」
ポタポタと床に涙と血をこぼしながら懇願するハーミア。
しかし、グレイアは哀れむような素振りすら見せず、冷徹な視線をハーミアへ突き刺した。
「ハーミア! お前になんか聞いていないわ! 黙っていなさいッ!」
「ッ……!?」
魔力を乗せたその一言に、ハーミアの喉がひゅっと鳴り、声すら出せなくなった。圧倒的な覇気に圧倒され、全身が硬直する。
グレイアはハーミアを無視し、再び平伏するヒポリュテへ向き直った。
「で? 命乞いは分かったけれど、落とし前はそれだけかしら?」
魔力がたっぷり籠もった冷たく低い声。その響きだけで部屋の中の温度が急降下したかのように思えた。
ヒポリュテもハーミアも、身体中の血液が凍りつくような恐怖に震え上がる。耐え切れなくなった二人の従者たちは、白目を剥いてその場にバタリと気を失って倒れた。
ヒポリュテは額を床に押し付けたまま、途切れ途切れの声で答える。
「い、今は……今すぐには名案が思いつきません……! 今後はどのような過酷な要求であろうと、樹海帝国の仰せのままに従います! なにとぞ……なにとぞ国民と娘の命だけはご容赦くださいませッ……!」
しばらくの沈黙の後、グレイアはフンと鼻を鳴らした。
「ふん。まあ良いでしょう。ヒロト陛下がお優しいと思って図に乗ると、次は本当に国ごと滅ぼすわよ。……そうね、我が妻たちの怒りを鎮めるための『お仕置き』として、一つ罰を与えておくわ」
そう言うや否や、グレイアの背後から太く肥大化した無数の闇の触手が暴風のように巻き起こり、真っ直ぐ頭上へと勢いよく突き伸びた。
ドゴォォォォンッッッ!!!
爆音と共に、王女の部屋の頑丈な天井が、まるで紙屑のように吹き飛んだ。
豪快に空いた巨大な大穴から、爽やかな空と太陽の光が室内に差し込んでくる。あまりの惨状と桁外れの破壊力に、ヒポリュテとハーミアは開いた口が塞がらないまま、呆然と天井を見上げるしかなかった。
ハッと我に返り、ふたりが視線を戻した時には、グレイアの姿は跡形もなく消え去っていた。
直後、王宮全体を揺るがした凄まじい轟音を聞きつけた近衛兵たちが、武器を構えて部屋へとなだれ込んできた。
「じゅ、女王様ッ!? 何事でございますかッ!?」
呆然としていたヒポリュテはゆっくりと立ち上がり、乱れたドレスを整えた。
「……ちょっとな」
ヒポリュテは青ざめた顔のまま、静かにぽっかりと空いた天井を指差した。
「……すぐに大工を手配して、この天井を修理するよう手配しなさい」
近衛兵たちは指示された上を見上げ、あまりの光景に絶句した。
「こ、これは一体……どうすればこのような破壊が……!?」
兵士たちの騒ぎと轟音の余波によって、気絶していた二人の従者たちもようやく薄っすらと目を覚ます。
圧倒的な帝国の力を再認識させられたアマゾネス国に、静かで重苦しい反省の時間が流れるのだった。




