第298話 【皇帝の威厳と問答無用の追放】分を弁えぬ提案に断罪の鉄槌! 異世界の常識を教え叩き込む冷徹なる絶対権力!
「オーダンとタキーダを倒して、モリー様が南の王国を統一する手助けをしてほしいのですッ!」
まっすぐな瞳でそう訴えかけてくるアマゾネス王女ハーミアに対し、大悪魔バエルのスパが腕を組みながら、冷ややかな声音で口を挟んだ。
「倒す……というのは、つまり首謀者の暗殺を意味しているのかしら?」
ハーミアは気まずそうに目を泳がせながら、小さく頷いた。
「あ、暗殺と言うと人聞きが悪いですが……罪もない一般の兵たちを巻き込んで殺さない前提であるならば、そうするしかないかと……」
それを聞いて、悪魔ベルフェゴルのサクラがクスクスと鼻で笑った。
「甘いわね。仮に私たちがオーダンとタキーダを暗殺したところで、その下についているナンバー2や有力な貴族が跡を継ぎ、権力闘争がさらに激化するだけよ。何も根本的な解決にはならないわ」
「えっ……じゃ、じゃあ、一体どうすれば良いのですか……!?」
狼狽するハーミアに向け、俺は冷めた視線を送った。
「普通に考えれば、圧倒的な武力で戦争を仕掛け、敵対勢力を根こそぎ屈服させるしかないだろうね。だけど戦争をすれば、君が庇いたがっている罪のない兵士たちが大量に死ぬことになる。そして何より、俺たちの仲間や眷属からだって死者や手負いが出るかもしれない。そこまでのリスクと犠牲を払ってまで、俺たちがモリーに肩入れする理由なんてどこにもないんだよ。そもそも彼に利害関係すら存在しないんだから」
ハーミアは納得がいかない様子で、顔を歪めて食い下がってきた。
「そ、それならなぜ! 何のためにわざわざ南の王国を念視し、偵察しているのですか!?」
「簡単なことだよ。南の王国の内戦の火の粉が、俺たちの領地に攻め込んでくる可能性があるかどうかを見極めたいだけさ。攻めてこないなら永遠に放置する。それだけだ」
(……はぁ。サクラ、なんだかこの子、どんどん対応するのが面倒になってきたな)
俺が呆れ気味に念話を飛ばすと、サクラからすぐに苦笑交じりの返答が返ってきた。
(そうねぇ、ヒロト。一度思い込んだら周りが見えなくなる猪突猛進タイプみたいね。そもそも彼女、属国から派遣されてきたただの『案内役』に過ぎないでしょう? 一国の絶対者であり皇帝陛下であるヒロトに向かって、対等以上の口調で意見するなんて言語道断で失礼極まりないわ)
(……言われてみれば、本当にその通りだな)
自分の立場を完全に失念して出しゃばるハーミアに対し、俺は感情を排した静かなトーンで告げた。
「ハーミア。君がそこまでヴァルキリーの味方になってモリーを助けたいと切望するなら、自分一人で好きにすればいい。その時は君の眷属登録を解除してあげるから、自由に行くといいさ。俺たちは一切関わらないし手を貸さない。……まあ、そうなった場合、君はアマゾネス国からも追放されることになるだろうけどね」
「ええぇぇッ!? な、なぜですかぁぁッ!? どうしてアマゾネス国まで追放されるのですかッ!?」
予想外の言葉に、ハーミアは目を丸くして大声を上げた。
「女王ヒポリュテだって、アマゾネス国の国民の命や国の命運を懸けてまで、見ず知らずのモリーを助ける理由が一切ないからだよ。もし万が一、アマゾネス国が総力を挙げてモリーを支援するというのなら、俺はヒポリュテの眷属も解除し、アマゾネス国ごと我が樹海帝国の傘下から即座に外させてもらう」
「っ……!? そんな……っ!」
ハーミアは青ざめた顔で難しい表情を浮かべ、必死に思考を巡らせ始めた。
俺はその隙に、アマゾネスの女王ヒポリュテへ念話を飛ばした。
(ヒポリュテ、聞こえるかい? 今ハーミアが『モリーを助けて南の王国の内戦に加わってくれ』と俺に必死で懇願してきているんだが、これはアマゾネス国としての公式な意向なのかい?)
念話の向こうで、ヒポリュテの焦りきった悲鳴のような声が響いた。
(ええぇッ!? ハ、ハーミアがそのような身の程知らずな不敬を言っているのですか!? 信じられません……! 当然ですが、我がアマゾネス国に南の王国の泥沼の内戦に関わる気など微塵もございませんッ!)
(やっぱりそうか。さっきノガートの客間にヴァルキリーのスクルドが滞在しているのを念視映像で見せたんだが、それを見て救出意欲が爆発しちゃったみたいなんだよな)
(ああ……! それで合点ががいきました。あの子は昔からヴァルキリーのスクルドの大ファンで、彼女の武勇伝を熱狂的に信奉していたのです……。まさかその私情を皇帝陛下の前で出すとは……!)
(うーん、正義感に酔って暴走するのは案内役として決定的に不適格だな。案内役は我が帝国の行動方針を主に委ねるべきだ。これは明らかに分を弁えない越権行為だよ)
(仰る通りです……! 平身低頭お詫び申し上げます! 即刻、ハーミアの案内役の任を解きますので、どうかアマゾネス国へ送り返してくださいませ……!)
(了解。そうさせてもらうよ)
念話を終え、俺は目の前で未だに不満げな表情を浮かべるハーミアに視線を向けた。
「ハーミア、何やら不服そうな顔をしているね」
「はい……。私には、どうしても納得がいきません……!」
ハーミアのその言葉に、俺の眼光は冷たく冴え渡った。
「ハーミア、君は自分がただの『案内役』としてここにいるという立場を完全に忘れていないかい? 君は樹海帝国の幹部でもなければ、戦略を決める立場でもない。俺の意思や決断に対して不服を申し立て、行動を強要しようとするのは完全な越権行為だ。……よって、案内役の任を解く。そして眷属登録も解除し、今すぐアマゾネス国へ送り返させてもらう」
「えッ……!? そ、そんなッ!? どうしてそこまで厳しくされるのですかぁぁッ!?」
ハーミアは信じられないといった様子で叫んだが、周囲の妻たちの視線は氷のように冷ややかだった。
サクラが冷徹な笑みを浮かべて見下ろす。
「当然の処置ね。少なくとも、世界の絶対者である皇帝陛下に対する態度ではなかったわ。陛下がお優しいのを良いことに調子に乗って、ただの知り合いのお兄さんに頼み事をするような口振りで話すなんて、無知にも程があるわ」
右隣のハクも、威圧感を孕んだ瞳でハーミアを射抜いた。
「そうね。我が夫である皇帝陛下を一体何だと思っているのかしら? 貴女の我が儘を聞いてくれる都合の良い存在ではないのよ」
「はっ……! 申し訳……申し訳御座いませんッ……!!」
妻たちの放つ尋常ではない圧迫感と皇帝の威厳に触れ、ハーミアは顔面を蒼白にさせ、ガタガタと震えながらその場に激しく膝を突いて平伏した。
俺は静かに魔力を操作し、ハーミアとの間に結んでいた眷属の契約をパツンと解除した。
その瞬間、身体から温かい加護が抜け落ちていくのを感じたハーミアは、絶望に満ちた表情を浮かべた。
「あ、あぁぁ……っ! 加護が……眷属の絆が……っ!」
悲痛な表情でぼろぼろと涙をこぼし、両手を床について何度も頭を擦り付けるハーミア。
そこへ、ダークハイエルフのグレイアが静かに進み出た。
「ヒロト、私が彼女を責任を持ってアマゾネス国へ送り届けてくるわ」
「ありがとう、グレイア。頼んだよ」
グレイアが軽く指を鳴らすと、彼女の足元の影から不気味で強靭な『闇の触手』がぬるりと伸び、抵抗する間もなくハーミアの全身をぐるぐると強固に拘束した。
「えっ!? や、闇の触手が……きゃあああッ!?」
突然の束縛にハーミアは悲鳴を上げて怯え、白目を剥かんばかりに驚愕する。グレイアは冷ややかな眼差しで彼女を見下ろすと、そのまま空間を歪めて転移魔法を発動し、一瞬でアマゾネス国へと消え去った。
嵐のような退場劇が終わり、静まり返ったリビングで俺は深く溜息を吐いた。
「うーん……なんだか後味が良くなかったな」
するとハクがくすりと微笑み、俺の肩に優しく手を置いた。
「あら、ヒロトは本当にお優しいのね」
ソファの上で丸くなっていた吸血鬼真祖のヒナも、赤い瞳を怪しく光らせながら欠伸噛み殺した。
「そうよ~、ヒロト。皇帝陛下に対してあんなに失礼で無礼な口を利くなんて、普通ならその場で首を跳ねて処刑されても文句は言えないレベルなんだから。許して送り返してあげただけでも、破格の慈悲なのよ~」
絶対的な威厳を示す帝国の冷徹な流儀と妻たちの深い愛情を感じながら、俺は気持ちを切り替えるように大きく息を吸い込むのだった。




