第291話 【港町の極上海鮮ブイヤベース】絶品料理に魅了される一行と覚醒するブラリリの料理人魂!
港町ノガートの活気ある街並みを歩いていると、お腹を押さえた勇者ユイが耐えかねたように声を上げた。
「あーっ! もうお腹がペコペコよーっ!」
俺は苦笑いしながらユイの言葉に同意した。
「そうだね。今日は朝から熱い模擬戦をやった上に、砂漠で四凶の饕餮と大激闘を繰り広げたからな。流石にエネルギーが切れてくる頃だ」
すささっと隣に寄ってきたダークハイエルフのグレイアが、綺麗な銀髪を揺らしながら半目で突っ込んできた。
「ちょっと待ちなさいヒロト、ユイと貴方は饕餮の戦いでは見学していただけで、一歩も動いてないでしょう?」
「あはは……そうだったね。でもほら、激しい戦いを見守るだけでも精神的にカロリーを消費するんだよ」
「そうよ! 動いてなくてもお腹は空くのよ!」
ユイが胸を張って居直ると、浮遊していた龍脈の魔女ウィーラもお腹をさすりながら大きく頷いた。
「うむ! 議論などどうでもよいわ! すでに街は夕飯の時間じゃからのぅ! 腹が減っては戦はできんぞ!」
期待に満ちた表情のブラリリが、案内役のハーミアに向かって楽しそうに尋ねた。
「ハーミアさん、このノガートで一番美味しいお店はどこでしょうか? 案内してください!」
ハーミアは待ってましたと言わんばかりに、自信満々で胸を叩いた。
「はいッ! お任せくださいッ! 地元民の間でも屈指の旨さを誇る、港の隠れた名店へご案内いたしますッ!」
ハーミアに導かれて進むと、潮風が心地よく吹き抜ける港沿いの路地裏に、香ばしいニンニクと魚介の香りが漂う一軒の老舗飲食店が現れた。
店内に入り、ハーミアが手慣れた様子で店員に注文を済ませる。
しばらくして運ばれてきた料理を目にした俺は、思わず目を見開いた。
(ん……? これはブイヤベースか……?)
目の前に並べられたのは、黄金色に輝く濃厚な魚介スープが入った深皿と、具材が豪快に盛り付けられた大皿だった。スープと煮込まれた具材が別々に出てくる本場スタイルだ。
試しにスープを一口すくって飲むと、口の中いっぱいに濃厚で奥深い魚介の旨味が怒涛のように広がった。
具材の大皿には、新鮮な白身魚、巨大なカニ、身がぎっしり詰まった大海老。それにたっぷりの玉ねぎ、セロリ、トマト、ジャガイモが色鮮やかに煮込まれている。
どうやらオリーブオイルと白ワイン、そしてニンニクをベースにして煮込んでいるようだ。オリーブオイルと豊かな魚介類の組み合わせは、まるで地球の地中海料理そのものである。
一口食べたユイが、頬をゆるませて歓声を上げた。
「美味しいーっ!! スープに色んなダシが溶け込んでいて、最高に贅沢な味ね!」
料理人としての血が騒いだのか、ブラリリが真剣な表情で具材を吟味しながら頷いた。
「はい! 特にこのトマトが良い仕事をしていますね! 魚介の生臭みを完璧に消しつつ、爽やかな酸味と深いコクを引き出しています!」
「これはすごく参考になったね」
俺が言うと、ブラリリは瞳を輝かせて大きく頷いた。
「はいっ! 帰ったらこの技法を参考にして、トマトを使った美味しい新作料理をたくさん作ってみせます!」
「トマトは旨味成分であるグルタミン酸が非常に多いって話だからね。魚介のイノシン酸と合わさることで、旨味が何倍にも跳ね上がるんだよ」
「まあっ! だからこんなに深い味わいになるのですね!」
料理の奥深さに感心するブラリリの横で、グレイアが器用にフォークを動かしながら味わっていた。
「セロリと、この特有の爽やかな香草が良い味を出しているわね。全体を引き締めているわ」
ブラリリが香草の匂いを嗅ぎ、即座に見抜いた。
「これはフェンネルですね。魚料理には欠かせないハーブです。カレーのスパイスとして入れることもありますよ」
ユイが大きな海老の身を頬張りながら声を上げる。
「海老のプリプリ感も最高だけど、この海老の旨味がまるごとスープに溶け込んでいるのがたまらないわ!」
「ええ、海老の頭ごとじっくり煮込んでいるからですね。味噌のコクまでスープに抽出されているんです」
二人の食レポに感心していると、ハーミアが手元のカチカチに焼かれたパンと、二つの小さな小鉢を指差して力説し始めた。
「皆さん、ここからがこの店の本領発揮ですッ! 手元の固いパンにこちらの特製ソースをたっぷり塗り、スープに浸して召し上がるのですッ!」
「へぇーっ! そんな通な食べ方があるんだ!」
ブラリリが感心したように目を丸くする。ユイが小鉢を覗き込んだ。
「ソースは二種類あるけど、どっちも見た目はマヨネーズみたいね?」
ブラリリは料理人の鋭い嗅覚で、ちょっとだけソースを指先につけてペロリと舐めた。
「ふむふむ……これは、オリーブオイルで作った特製のマヨネーズですね! ニンニクがガツンと効いていてすごく良い味を出しています。これ、スープに浸したジャガイモにつけても絶品ですよ!」
そして、もう片方の赤いソースも同様にペロリと舐める。
「ほう……! こっちは唐辛子が入っているピリ辛のマヨネーズですね! ニンニクとオリーブオイルのベースは一緒ですが、サフランの豊かな香りと唐辛子の刺激が絶妙に混ざり合っています!」
即座にソースの構造を解き明かすブラリリの職人技に、ハーミアは「一口舐めただけでそこまで分かるのですかぁぁっ!?」と白目を剥きそうになっていた。
グレイアがパンにソースを塗り、スープに浸して口へ運ぶ。
「不思議ね……ソース単体ではそこまで飛び抜けた美味しさではないのに、濃厚なスープに浸した瞬間に化けるわ。まさに絶品ね!」
ウィーラも鼻から熱い息を吹き出しながら、豪快にパンを口に放り込んだ。
「うむっ! このサフランの香りとピリッとした唐辛子の辛さが、濃厚な魚介スープと合わさって至高の味わいじゃ! 止まらんぞ!」
「硬いパンもスープにしっかり浸すと程よく柔らかくなって、中の空洞にスープの味が極限まで染み込んで最高ね!」
ユイがすっかり魅了され、空になったお椀を掲げて叫んだ。
「すみません! スープおかわりーっ!」
「妾もおかわりじゃーっ! パンも追加で持ってまいれ!」
ウィーラも負けじとお椀を突き出す。
その凄まじい食べっぷりと絶賛の嵐に、亜神ペナンガルのビーがくすりと笑いながらハーミアの肩を突いた。
「ふふ、ハーミアも『たまには』役に立つじゃない」
絶品料理を案内した達成感に浸っていたハーミアは、その言葉にずっこけそうになりながら叫んだ。
「ええぇぇッ!? 『たまには』ってひどいですぁぁッ!? 私、いつも全力でお役に立とうと頑張っていますのにぃぃッ!?」
ハーミアの悲鳴のようなツッコミが響き渡り、店内にドッと温かい笑いが溢れた。
美味しい海鮮料理と和やかな雰囲気に包まれながら、ノガートの夜は賑やかに更けていくのだった。




