第289話 【四凶の影と王国の関所】衝撃の魔王軍幹部! 秘術『認識阻害』で目指す隠密の南王国入国劇!
饕餮が地中深くへと姿を消し、静まり返った灼熱の砂漠。
舞い上がる砂煙を振り払いながら、俺は魔剣を腰に収めた悪魔ボティスのリザルドへと歩み寄り、声をかけた。
「リザルド、急いで駆けつけてくれたのにご苦労様。惜しかったね」
リザルドは悔しそうに頭を掻き、深い溜息を吐き出した。
「また逃げられてしまったよ、ヒロト陛下。あの巨躯でありながら、引き際の判断と逃走速度だけは異様に早い……不覚だ」
「まあ、しょうがないさ。あの土煙の紛れ方からすると……転移で逃げたのかな?」
俺の問いかけに、小さな身体に膨大な魔力を秘めた龍脈の魔女ウィーラが、腕を組んで浮遊しながら頷いた。
「おそらく転移じゃろうな。気配の消え方がただの土掘りとは違っておったわい」
「でもさ、転移魔法って基本的には一度行ったことがある場所や、目視できる場所にしか飛べないだろ?」
「普通の者ならそうじゃが、四凶ともなればそうとは限らん。空間の歪みを直接抉って跳ぶ術を持っておるのかもしれんし、気配を完全に隠蔽して移動されたらこちらでも探知は困難からのぅ」
「なるほどね……まあ、また出現するのを待つしかないか」
「うむ。奴らも腹が減ったり戦ったりする時は、嫌でも表に出現せざるを得んからのぅ」
そこへ、背中の大剣を担ぎ直した勇者ユイが加わった。
「そういえば、饕餮はこれで二度目の出現だけど……もう一頭の四凶である窮奇は全く姿を見せないわね」
「確かにね。窮奇の行方はかなり気になるな……どこで何を企んでいるのやら」
ダークハイエルフのグレイアが、綺麗な銀髪を風になびかせながら考察を述べる。
「饕餮はかなりの大食漢みたいだから、時々地上に出てきて獲物を食べている時にこうして見つけられるのかもね」
「うむ! 先ほどもあのグロテスクで不味そうな巨大ワームを、バリバリと実に美味そうに喰っておったからのぅ!」
ウィーラが顔を顰めると、横からキラーアントエンプレスのアンナが真顔で首をかしげた。
「あの……ワームは決して不味くはありませんよ? 身が締まっていて大変美味しいですわ」
「えぇぇぇっ!? 嘘でしょうアンナ様っ!? あんな不気味で巨大なワームを食べるのですかぁぁっ!?」
ハーミアが目を飛び出さんばかりにして悲鳴を上げると、俺は苦笑しながらフォローを入れた。
「まあまあハーミア、食べるのはアンナたちキラーアント族だけだから安心してよ。彼らにとっては最高の栄養源らしいんだ」
「は、はあぁ……世界は広いです……キラーアント族の食文化には驚かされるばかりです……」
ハーミアは胸を撫で下ろしながらも、先ほどの凄惨かつ超次元のバトルを思い出して再び全身を震わせた。
「しかし……本当に凄まじい戦いでした! 巨大モンスターの群れを一瞬で叩き潰し、四凶と対等以上に渡り合うなんて……樹海帝国の皆様は、普段からこのような恐ろしい戦いをしているのですか!?」
「いやいや、みんながこんな戦闘ばかりしてるわけじゃないよ?」
ウィーラが自慢げに胸を張る。
「うむ! 帝国の中でも、ここにいるような一部の戦闘に超特化したイカれた仲間だけじゃ!」
「戦闘に特化した仲間が多すぎる気もするけどね」
ユイの軽妙なツッコミに、ハーミアは深く感心したように頷いた。
そして、ふと途中で合流して圧倒的な魔剣の冴えを見せたリザルドへと視線を向け、恭しく開いた手を向けた。
「あの……こちらの凄まじい威圧感を放っておられるお方は、特に凄く強いお仲間のようですが、一体どなたなのでしょうか……? 差し支えなければ是非ご紹介くださいッ!」
(相変わらずハーミアは強そうなやつに興味津々だなあ……)
俺は苦笑いしながら、リザルドの肩をポンと叩いた。
「紹介するよ。樹海帝国の全軍を統括している元帥であり、悪魔ボティスのリザルド。そして……俺の義理の父親でもあるんだ」
「えぇぇぇッ!? ヒロト陛下のお義父様ぁぁッ!? し、しかも全軍を束ねる元帥様ですかぁぁッ!?」
ハーミアはあまりの重厚な肩書に腰を抜かしかけ、慌てて背筋を伸ばして最敬礼を行った。
「り、リザルド元帥様! 初めてお目にかかります! アマゾネス国王女のハーミアと申しますッ!」
リザルドは厳めしい顔を少しだけ緩め、ひらひらと手を振った。
「樹海帝国元帥のリザルドだ。挨拶は結構だぞ。逃げられた饕餮の追撃準備もあるし、私はもう樹海へ帰るがな。お前もヒロト陛下の眷属になっているのなら、これから会う機会も多いだろう。よろしくな」
リザルドがそう言い残して右手を上げると、その身体は一瞬で影に包まれ、転移魔法で姿を消した。
続いて、オニバル将軍が重厚な武者鎧を響かせながら一歩前に出た。
「では、我々も引き上げます。ヒロト陛下、ハーミア殿への指導や次の修行の機会がございましたら、いつでもお呼びくだされ」
「はいよー、二人ともありがとう。またね」
オニバル将軍、そしてライゴーとライカも恭しく一礼すると、転移の光とともに樹海帝国へと引き上げていった。
「さて……俺たちも模擬戦をしていた場所へ戻るとするか!」
アンナの広域転移魔法によって、俺たちは一瞬で元の場所へと帰還した。
そこから再び豪華な馬車へと乗り込み、目的地である南の王国の町『ノガート』を目指して悠々と進み始める。
馬車の中で、俺は対面に座るハーミアに向かって切り出した。
「ところでハーミア、南の王国にはできれば密かに入国したいんだよね。大勢で乗り込んで大騒ぎになったり、面倒な手続きで引き止められるのは御免なんだよ」
ハーミアはポンと自分の胸を叩き、力強く頷いた。
「はいっ! 心得ております! この先を進むと王国の国境を守る大きな関所があるのですが……やはりその関所を正面から通るのは避けた方が良いですよね?」
「そうだね。目立つのは避けたい」
横からユイが身を乗り出して尋ねた。
「関所を避けて、山や森を遠回りして入国することはできないの?」
「不可能ではありませんが……道なき道を突っ切ることになりますので、この立派な馬車を引き連れて通ることはまず不可能です」
つまり、馬車で移動できる正規のルートには関所が立ち塞がっており、それを回避する脇道は存在しないということだ。
俺はフッと不敵に笑い、軽い調子で言った。
「なるほどね。じゃあ、俺が一人でちょちょい関所を通って、通り抜けた後でみんなを召喚すれば解決だな」
「ちょ……ちょちょいと通る、ですか……!?」
ハーミアが驚きで目を丸くする。国境の関所といえば、厳重な警備と魔法陣で固められた要塞のような場所なのだ。それを『ちょちょいと』と言い切る俺の態度が信じられないらしい。
「ああ。やり方なんていくらでもあるさ。レイの『認識阻害』のスキルを使うか、スラオの『隠蔽』を使うかだな」
「に、にんしきそがい……? いんぺい……!?」
見たことも聞いたこともない次元の特異スキル名を聞かされ、ハーミアはまたしても「なんですかそれはぁぁッ!?」と言いたげな表情で驚愕し、車内を大いに盛り上げてくれるのだった。




