第288話 【四凶襲来と漆黒の軍勢】砂漠を揺るがす凶悪なる喰者! 剣聖の閃光と女王アンナの暗黒虫召喚!
落ち着きを取り戻した広場で、ハーミアは目をキラキラと輝かせながら俺に向かって期待のこもった視線を向けてきた。
「ヒロト陛下! 樹海帝国の将軍様方がこれほど強いとは思いませんでした! アンナ様やオニバル様以外の方々も皆さんお強いと伺っておりますが……厚かましくも、他の方にも模擬戦をお願いしてもよろしいでしょうかッ!?」
「はは、ハーミアは本当に武芸に熱心だねぇ。ただ、俺の眷属は魔法をメインにする者が多いんだ。それでも良ければ聞いてごらん」
俺がそう言うと、俺の後ろに控えていた勇者ユイがふっと優しく微笑んだ。
「そうねぇ。私やウィーラ、それにグレイアも魔法を得意としているから。生憎だけど純粋な剣術の稽古には付き合ってあげられないわ」
「そうじゃな。妾の魔法を受けるとなると、模擬戦どころか炭すら残らんぞ?」
幼い姿をした龍脈の魔女ウィーラが不敵に笑うと、ダークハイエルフのグレイアも深く頷いた。
「ええ、加減が難しいのよね。怪我をさせても嫌だし」
すると、その横から長い槍を片手に持った亜神ペナンガルのビーが、楽しそうに前に出てきた。
「私はどちらでも構わないわよ? ただし、私の武器は剣じゃなくて槍だけどね」
ビーが手に持った禍々しい槍を軽く回してみせると、ハーミアの瞳が歓喜で輝いた。
「ビー将軍ッ! 是非ともご指導お願い申しあげますッ!」
二人が構えようとしたその時——突如としてアンナの表情が一変した。漆黒の邪気を鋭く立ち上らせ、遥か遠方の砂漠の方向を睨みつける。
「……待って。砂漠に四凶の一角、饕餮が現れたわ」
「なっ……!? 饕餮だって!?」
俺が声を上げると、オニバルが兜の奥から狂暴な笑みを漏らした。
「ほう……なかなか面白いところに来ましたな。腕が鳴る、私も参りましょう」
ライゴーも声を上げた。
「前回、饕餮が出現した際に現場到着が間に合わず、大層お怒りだったリザルド元帥にも念話で連絡を入れておきます!」
「ああ、リザルドへの連絡は任せたよ!」
「アンナの転移魔法で現場へ向かいます。ヒロト陛下、お供はどなたが行かれますか?」
俺は少し顎を手に当てて考えた。
「そうだな……俺とアンナ、オニバル、それにビーで行こうか」
すると、ハーミアとライゴー、ライカの三人が同時に前へ躍り出た。
「「「私も連れて行ってくださいッ!」」」
「うーん……饕餮相手だと流石にキツいと思うぞ? 見学だけなら良いけど、気を抜いてワームや饕餮に喰われるんじゃないぞ」
三人は背筋をピンと伸ばして力強く頷いた。
「「「はいッ! 承知いたしましたッ!」」」
「レイはいつものように手甲の姿になって一緒に来てくれ」
俺の左手に宿る精霊王レイが、綺麗な声で答えた。
「はい、ヒロト」
レイが眩い光となって俺の左手甲へと収まる。他の眷属たちに向かって俺が言った。
「よし、残りのみんなはここで待っていてくれ」
しかし、グレイアが不満そうに唇を尖らせた。
「えーっ!? 饕餮を倒したらレベルアップするかもしれないじゃない! 私も行くわよ!」
「そうじゃそうじゃ! 妾を置いていくでない!」
「私も行くよ、ヒロト!」
ユイまで乗り気になってしまい、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「参ったな……じゃあ、ブラリリ一人だけをここに残していくわけにもいかないし、全員で行くか!」
「ふふ、承知いたしました。では、全員を転移させます!」
アンナが影の魔法を発動させると、視界が一瞬で黒く染まった。
次の瞬間、灼熱の太陽と果てしない砂の海が広がる巨大な砂漠へと景色が切り替わった。
「ひやあぁぁぁッ!? 一瞬で砂漠に……ッ!?」
ハーミアが悲鳴を上げる中、目の前では恐ろしい光景が繰り広げられていた。
体長数十メートルを超える巨体を持った怪物——伝説の四凶『饕餮』が、地中から無数に這い出てくる巨大ワーム群と激しい死闘を繰り広げていたのだ。
ドシャァァンッ!
地中から巨大なワームが奇襲を仕掛けるが、饕餮の全身を覆う不気味なほど真っ白で強靭な羊毛が、網のようにワームの巨躯を絡めとる!
バリバリバリッ……!!
饕餮はその羊毛を器用に動かしてワームを口元へと運び、生きたままバリバリと音を立てて喰らい尽くしていった。血と肉片が砂漠に飛び散る絶望的な光景!
「ひ、ひえぇぇぇッ!? な、なんですかあの怪物はぁぁッ!? 巨大ワームをまるごと食べてるぅぅッ!?」
ハーミアが腰を抜かしかけて叫ぶ中、オニバルが不敵に刀を抜いた。
「来たか……四凶の一角、饕餮!」
『ん……? 新しい餌が向こうから歩いて来たか……?』
饕餮が不気味な瞳でこちらを捉えた瞬間、オニバル、アンナ、ビーの三人が砂を蹴って突進を開始した!
だが次の瞬間、地中に潜んでいた饕餮の白い羊毛が、まるで生き物のように砂を割って伸び、後方で見学していたライカとハーミアの足元へ襲い掛かった!
「きゃあぁぁッ!?」
「くっ……!?」
二人の足首にカチカチの羊毛が素早く絡みつく! ライカとハーミアは慌てて刀とショートソードを抜き、絡みついた羊毛を叩き斬ろうと剣を振るった。しかし、白くしなやかな羊毛は刃を弾き返し、全く斬ることができない!
「な、斬れない……ッ!? なんなのこの毛はぁぁッ!?」
ハーミアが絶望的な悲鳴を上げた瞬間、俺は腰の神刀ムラマサを爆速で抜刀した!
神々しい刃の一閃が空間を切り裂き、ハーミアに絡みついていた羊毛を一瞬で切り刻む!
「ライカ、剣速が圧倒的に足りん!」
同時にライゴーも神速の踏み込みを見せ、ライカに絡みついていた羊毛を正確に断ち切った。
助け出されたライカは悔しそうに唇を噛みしめた。
「うう……不覚……! 悔しい……ッ!」
その時、周囲の砂漠から無数の白い羊毛が触手のように伸び、ブラリリやユイ、ウィーラたちへ向かって一斉に押し寄せてきた。
「妾たちを舐めるなよ?」
グレイアが即座に闇の魔法を展開! 漆黒の触手を大量に出現させ、迫り来る白い羊毛を完璧に迎撃して押し返した。
一方で、前線を突進するオニバル、アンナ、ビーの三人にも容赦なく無数の羊毛が襲いかかる!
オニバルは凄まじい剣威で迫る羊毛を幾筋も斬り払っていく。その圧倒的な武威を見たライゴーが叫んだ。
「流石はオニバル将軍! この威風なら、あの饕餮の体すら斬り伏せられるのでは!?」
俺は慎重に周囲を警戒しながら答えた。
「そう簡単にはいかないさ。以前戦った時も、悪魔ボティスのリザルドでさえあの羊毛は完全に斬れなかったからな」
「そうなのか……四凶とは恐ろしいな……」
ライカが戦慄の表情を浮かべる。
上空では、背中から美しい虫の翅を生やしたビーが旋風を巻き起こして飛翔していた。襲い来る羊毛が足元をかすめるが、間一髪で空中へ回避!
「そこねっ!」
ビーは上空から、無数の光弾を放つ『ニードルバレット』を間断なく掃射! 饕餮の頭上に降り注ぐ!
しかし饕餮は、全身の羊毛を盾のように膨らませてニードルバレットをことごとく弾き返した。
その隙を見逃さず、アンナが饕餮の真後ろへと瞬間転移!
「ハァッ!!」
渾身の力でショートソードを背中に叩きつける!
しかし、饕餮の異常な羊毛はアンナの斬撃の威力を柔らかく吸収し、無力化してしまった。それどころか、ぐにゃりと伸びた羊毛がアンナの全身を絡めとろうと覆いかぶさる!
「来なさい、我が忠実なる騎士たち!」
アンナが叫ぶと同時に魔法陣が展開し、召喚されたキラーアントナイトたちが現れた。彼らは身の丈を超える大剣を振るい、アンナに絡みついていた羊毛を力任せに切り払って救出した!
そこへ、空中で上段の構えをとったオニバルが疾風のごとく舞い降りる!
「ぬおおおおおっ!!」
全霊を込めた一刀両断の斬撃が、饕餮の脳天を目掛けて振り下ろされた!
饕餮は危機を察知し、極限の反応で顔を左へと回避! オニバルの鋭い刀身は、饕餮の右肩を深く切り裂いた!
「チッ……浅かったか!」
喰らわされた饕餮は狂暴な咆哮を上げ、丸太のような左前足でオニバルを全力で薙ぎ払う! オニバルは間一髪で後ろへ飛び退き、攻撃を回避した。
「遅れてすまん! 我が魔剣のサビにしてくれるわぁぁッ!!」
その上空から、ついに到着した悪魔ボティスのリザルドが急降下! 漆黒の魔剣を漆黒の魔力とともに振り落とす!
「貰ったぁぁッ!!」
しかし饕餮は凄まじい巨体でありながら、砂の上を泥臭く横転してリザルドの致命的な斬撃を紙一重で躱してみせた!
ドガァァァンッ!
リザルドの斬撃が砂漠を大きく爆破する中、攻撃を避けた饕餮の全身から、白い羊毛が一気に何十倍にも膨れ上がった!
津波のような羊毛の波が周囲を呑み込み、近くにいたアンナとキラーアントナイトたちが一瞬で白い波に巻き込まれて没してしまった!
「アンナ様ぁぁぁッ!?」
ハーミアが悲鳴を上げる!
羊毛の波の渦中で、アンナは冷静にキラーアントナイトたちを送還すると、全身に爆発的な暗黒の魔力を滾らせた。
「ふふ……調子に乗らないでちょうだい」
アンナの足元から、砂漠の表面を覆い尽くすほどの広大な『闇』が溢れ出す!
「冥界の闇から現れし黒き餓えた眷属達よ……饕餮を骨の髄まで喰らい尽くしなさいッ!!」
アンナの絶叫とともに、足元の闇から無数——実に数万匹を超える極小のキラーアントの大群が黒い津波となって湧き出した!
ジジジジジジッ……!!
黒い虫の波は、饕餮の誇る白い羊毛へと雪崩のように群がり、その圧倒的な顎で羊毛を片端から貪り喰らっていく!
饕餮の絶対の防御であった白い羊毛が、極小の蟻たちによって瞬く間に喰い散らかされて消失し、その中から無傷のアンナが静かに姿を現した。
「ハッ、やったか!?」
降り立ったリザルドが魔剣を構え直して饕餮のいた場所を注視する。
しかし、大量の蟻たちが喰らい尽くした中心部には、饕餮の姿はなく、ただ地中へと続く巨大な穴だけが残されていた。
アンナはショートソードを収めながら、忌々しそうに息を吐いた。
「……いいえ。土を潜って逃げられたようですわ」
リザルドは悔しそうに砂を激しく蹴り上げた。
「ちぃっ……! 今度こそあの怪物を完全に叩き潰せると思ったのだが……すばしっこい奴め!」
四凶の圧倒的な生命力と逃走能力に舌を巻きつつも、俺たちは広大な砂漠の真ん中で、次なる戦いへの警戒を解かずに立ち尽くすのだった。




