第287話 【絶望の剣聖と絶対なる領域】神速の三位一体を打ち砕く一閃! アマゾネス王女を打ちのめす究極の武威!
ライゴーの言葉を聞いたハーミアが、目を丸くして俺をまじまじと見つめてきた。
「で、弟子……!? ということは、やはりヒロト陛下ご自身もとんでもなくお強いのですかぁぁッ!?」
(うっ……! ここで俺にまで模擬戦の矛先が向いたら面倒なことになるぞ……)
俺は冷や汗をかきながら、ライゴーをジロリと睨みつけた。
「おいライゴー、余計なことを言うなよ……」
「ハッ!? す、申し訳ございません陛下! 知らずとはいえ出しゃばった真似をいたしましたッ!」
ライゴーが慌てて頭を下げたのを見て、俺は話の展開を強引に変えるべくパンと手を叩いた。
「よしっ! 最後はライゴー、ライカ、アンナの三人で、オニバルに挑戦してみろ!」
その提案に、ハーミアがひっくり返りそうな声で叫んだ。
「さ、三人でですかぁぁッ!? あの凄まじい三人で寄ってたかって一人に挑むというのですかぁぁッ!?」
「「「ハッ! 承知いたしましたッ!」」」
三人が迷いなく一歩前へ踏み出すと、オニバルはゆっくりと刀の柄に手を掛け、重厚な兜の奥から地鳴りのような威圧感を放った。
「……陛下の御前である。遠慮は要らん、本気で死力を尽くして来い」
ハーミアは震える手で隣に立つ精霊王レイのドレスの端を掴み、恐る恐る尋ねた。
「あの……レイ様! 樹海帝国を代表する猛者三人を相手に一人で戦うなんて……オニバル将軍とあの方々には、それほどまでの実力差があるのですか!?」
レイは優しく微笑みながら、当然のように頷いて答えた。
「ええ。オニバルは最高峰の『剣聖』であり、ヒロトが直々に育て上げた一番弟子だもの。強さの桁が違うわ」
「け、剣聖……ッ!? しかもヒロト陛下の一番弟子ぃぃッ!?」
ハーミアが目をひんむいて白目をむきかけている中、広場の中央では絶望的な緊張感が張り詰めていた。
対峙する三人——アンナが身の毛もよだつ漆黒の邪気と魔力を全身に纏い、ショートソードを低く構える。ライゴーとライカは静かに鯉口を切り、右手に全神経を集中させて柄を握りしめた。
次の瞬間——決戦の火蓋が切って落とされた!
シュンッ……!
アンナが一瞬で空間を飛び越え、オニバルの背後——ギリギリ刀の間合いの外へと転移! 空間から現れると同時に、天災たるキラーアントエンプレスの強力な酸である『蟻酸』を大量に吐き飛ばした!
オニバルは振り向く——が、大量の蟻酸が直撃したのは、オニバルの残した『残像』だった!
(なにっ……!?)
オニバルはすでに宙へと跳躍し、空中で完璧に回避していたのだ。
だがそこへ、地上からライゴーが地を這う『瞬歩』で肉薄! 空中のオニバルを狙い、閃光のような抜刀術を放つ!
シャキィィィンッ!
しかし、オニバルは宙に浮いた状態で、すでに刀を抜き放っていた。
「甘い……っ!」
一閃——! ほんの数ミリ速く、オニバルの峰打ちがライゴーの胴体を鋭く弾き飛ばした!
ドカァンッ! とライゴーが吹き飛ぶと同時に、オニバルが着地しようとするその直下! 潜んでいたライカが着地点から爆発的な速度で抜刀し、下から斜め上へと切り上げた!
「もらったぁぁッ!」
一死報いるライカの確信の一撃!
しかし——オニバルは空中において、信じられない体捌きで一瞬だけ『滞空』してみせた。
(なっ……空中留まり……!?)
ライカの斬り上げが空しく空を切り、体勢が伸びきったその瞬間!
オニバルは宙から返す刀で、強烈な峰打ちの斬り落としを叩き込んだ!
ドッ!!
目にも留まらぬ超高速の一閃。剣筋すら残らない神速の打撃を受け、ライカはその場に崩れ落ちた。
オニバルが無音で着地した瞬間、その真後へアンナが再び転移!
逃げ場のない超近接距離から、光の速度に達する極限の『三段突き』の一撃目を突き込む!
オニバルは横へ最小限の動作で身をかわすが、アンナの二段目、三段目の突きが間髪入れずに空間を削り取りながら襲い掛かる!
「「ぬおおおおおっ!!」」
二人から膨れ上がる膨大な魔力と邪気が衝突し、周囲の空間が歪む。スピードは無限に加速し、ついにアンナの最高速となる三段目の突きの先端がオニバルの喉元へと迫った——その時!
シャキィィィンッ……!!
オニバルは刀の峰を絶妙な角度で滑らせ、アンナの三段突きを力任せではなく技で『巻き落とし』た!
「何っ……!?」
突きの軌道が強烈に逸らされ、空を切るアンナ。そしてオニバルは巻き落とした刀の勢いのまま、流れるようなカウンターの突きをアンナの胸元へ叩き込んだ!
ドガァァァンッ!!
衝撃波とともに吹き飛ばされ、アンナは地面を何十メートルも滑っていった。
一瞬にして決した、究極の領域の戦い。
次の瞬間、俺の横からレイが滑らかに手を差し伸べ、まばゆい『回復魔法』のエメラルドグリーンの光が、倒れたライゴー、ライカ、そしてアンナを優しく包み込んだ。
「ふぅ……レイ様、ありがとうございます。回復がほんの少しでも遅れていたら、命に関わるところでした……」
アンナはゆっくりと起き上がると、胸を撫で下ろしながらレイへと深く一礼した。
「すまぬ……手加減ができなかった。アンナ殿の光速の三段突き、実に見事な鋭さであったな」
オニバルが刀を鞘へ収めながら謝罪すると、アンナは苦笑いを浮かべた。
「何を仰いますか。あの速度の三段目を巻き落とした上に、間髪入れずに突き返してくるなど、想像すらしていませんでしたよ……」
立ち上がったライゴーとライカも、レイに向かって深々と頭を下げた。
「「レイ様、至高の癒しをありがとうございました!」」
ほんの数秒、いや一瞬の出来事だった。
横で見ていたハーミアは、完全に思考がフリーズしていた。
誰がいつ移動したのか、どうやって攻撃したのかすら何一つ分からず、ただ目視すら不可能な神速の閃光と衝撃波が交差したことしか理解できなかったのだ。生きてきた中で、これほどの領域の戦いを目にしたことなど一度もなかった。
ハーミアは全身をガタガタと激しく震わせ、涙目になりながら俺の前にひざまずいた。
「す、凄すぎる……ッ!! これが……これが樹海帝国の、ヒロト陛下の武の深淵なのですかぁぁッ!? 陛下っ! どうか……どうか私を、陛下の弟子の末席に加えてくださいませぇぇッ!!」
ハーミアの必死すぎる懇願に、俺は苦笑しながら手を振った。
「すまないねハーミア。俺が直接教えている弟子は、オニバルとライゴーだけにしているんだよ」
すると、ライカがフフンと胸を張って割り込んできた。
「そうなのよハーミア殿! 私だって陛下の直弟子にはなれていないんだから! 陛下のお弟子になりたがっている者なんて、この帝国中に数え切れないほどいるんだからね!」
「そ、そんなぁ……っ! 伝説の勇者様や精霊王様を従える陛下の直伝を受けられるなんて、甘い考えでした……っ」
ハーミアががっくりと肩を落として落ち込んでいると、ライゴーがその肩をポンと叩いた。
「ははは、そう落ち込むなハーミア殿! 陛下に代わって、一番弟子であるオニバル様が帝国軍の指導をされているんだ。オニバル様の弟子になら、君でもなれるぞ! ……ただし、オニバル様の弟子は今や帝国全体で数万人はいるがな!」
「す、数万人ぃぃッ!?」
ハーミアは驚愕で目玉が飛び出そうになったが、すぐさま拳を強く握りしめ、目を燃やし尽くすような勢いでオニバルを見上げた。
「数万人いただろうと関係ありませんッ! オニバル様! どうか私を弟子にしてくださいッ! どんな厳しい修行にも耐えてみせますッ!」
オニバルは重厚な兜をゆっくりと頷かせた。
「……良いでしょう。我が主(ヒロト陛下)より『弟子希望の者は拒むな』と仰せつかっておりますからな。しかし、我が稽古は生き地獄と言って差し支えないほど厳しいぞ?」
「望むところですッ!! よろしくお願いいたします、師匠ッ!!」
力強く言い切るハーミアの姿を見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。
(よしよし……俺に面倒な飛び火が来なくて、いい感じに丸く収まったな)
こうして、激しい模擬戦と新たな弟子の誕生を経て、俺たちの馬車は再びノガートの町を目指して悠々と進み始めるのだった。




