第285話 【絶望の魔将と超絶の居合】激震する背後の邪気! 剣聖オニバル降臨とアマゾネス王女を砕く神速の一閃!
ハーミアの後ろの空間が裂け、そこには一頭の巨躯が聳え立っていた。
身に纏っているのは、光を一切反射しない漆黒のフルプレートアーマー。顔面を覆う兜は、恐ろしい憤怒の相を浮かべた黒いオークの面だ。溢れ出る絶望的な死の波動と剣気だけで、周囲の木々がみちみちと軋みを上げる。
そしてその背後には、圧倒的な威圧感を放つ男女のライオン獣人が佇んでいた。
異様な気配の正体を確かめたアンナが、驚きつつも恭しく首を垂れた。
「オニバル将軍……! そしてライゴーにライカ。一体どうされたのですか?」
現れたのは、元オークエンペラーであり樹海帝国が誇る剣聖、アンデッドナイトマスター侍のオニバル将軍。そしてその配下であるライオン獣人のライゴー副将軍と、その妹であるライカだった。
オニバルは重厚な兜の奥から、腹に響く地鳴りのような低音を響かせた。
「……む。陛下がこちらで剣の訓練をしておられると聞き及んでな」
すると、俺の後ろから幼い少女の姿をした龍脈の魔女ウィーラが、ケラケラと笑いながら前に出てきた。
「ふふん、妾が念話で教えてやったのじゃよ!」
「ええっ!? ウィーラ、俺は別に剣の訓練なんてしてないぞ!?」
思いもよらぬ展開に俺が叫ぶと、ウィーラは不思議そうに首をかしげた。
「む? しないのか?」
「そんなつもりは全くなかったよ。ハーミアがどうしても模擬戦をしたいと言うから、アンナに軽く稽古をつけてもらっていただけさ」
すると、一歩前へ踏み出したライオン獣人のライゴー副将軍が、その立派な立髪を揺らし、熱を孕んだ瞳で俺を見つめて膝をついた。
「ヒロト陛下……! では、我々の模擬戦をご覧いただき、至高のアドバイスをいただくことだけでもお願いできないでしょうか! 陛下のひとことが、我らの糧となるのです!」
「いいよ、それくらいならお安い御用だ。ライゴー、最近は腕を上げたかい?」
俺の問いかけに、ライゴーは力強く胸を叩いた。
「ハッ! 毎日オニバル将軍に地獄のような特訓をしていただいておりますので、確実に腕は上がっているはずです!」
「ふむふむ、ライカはどうだい?」
ライゴーの妹であるしなやかな毛並みのライカも、恭しく一礼して答えた。
「私も毎日の訓練を一日たりとも欠かしておりませんので、それなりには鍛え上がっているかと」
俺は地面で未だガタガタと震えているハーミアに向かって声をかけた。
「ハーミア、紹介しよう。彼らは我が樹海帝国の将軍であるオニバルと、副将軍のライゴー、その妹で帝国軍の凄腕剣士ライカだ」
ハーミアはあまりの威圧感に全身の毛を逆立て、涙目になりながら叫んだ。
「ひゃあぁぁぁッ!? 樹海帝国の……将軍様と副将軍様ですかぁぁッ!? あ、アマゾネス国王女のハーミアと申しますッ!」
「よし、まずはハーミアとライカで模擬戦をしてみようか」
「はい、承知いたしました」
ライカが静かに前に出ると、ハーミアも恐怖を振り払うように必死に顔を引き締めた。
「わ、分かりました……! よろしくお願いいたしますッ!」
「オニバル、お前が審判とアドバイスをしてやりなさい」
「承知いたしました……」
オニバルの低く重い声が合図となり、二人は広場の中央で対峙した。
ハーミアは息を整え、ショートソードと盾を中段に構えて身構える。
対するライカは、腰の刀の柄に手を掛けたまま、刀をクルリと180度回転させて刃を上に向けた。峰打ちができる体制のまま、静かに腰を落として身構える。
それを見たハーミアは、挑発されたと感じたのか語気を強めた。
「剣も構えないのですか……!? 舐めるなッ!」
「構えていますよ。いつでもどうぞ」
ライカのあまりに自然体な構えに、ハーミアの導火線が弾けた。
「はぁぁぁぁッ!」
先ほどのアンナとの模擬戦で見せた踏み込みを遥かに凌駕する、怒涛の超速踏み込み!
地面の土を爆発的に蹴り上げ、ハーミアは渾身の力でショートソードをライカの胸元深くへと突き出した!
まさにハーミア人生一番の、文句なしの会心の突き——!
しかし、ライカは動じなかった。
ス……ッと、ほんの数ミリだけ身体を横に滑らせる。
「なっ……!?」
ハーミアの会心の突きは、ライカの衣服の表面をかすめるようにして、空しく空を切った。圧倒的な紙一重の回避!
そして——次の瞬間!
シャキィィィンッ……!!
抜刀の甲高い金属音が響くと同時に、目にも留まらぬ速度で一閃が走った。
「ぐはっ……!?」
突きの勢いのまま前につんのめりかけたハーミアの胸板へ、ライカの刀の峰が容赦なく叩き込まれた! 強烈な打撃音が響き渡る!
さらにライカは、流れるような円運動で返す刀を閃かせ、後ろからハーミアの背中を豪快に峰打ちで一閃——!
ドカァァンッ……!!
「あがッ……!!」
両手からショートソードと盾が弾き飛ばされ、ハーミアは勢いよく前のめりに地面へと倒れ伏した。
胸と背中を叩き潰されるような衝撃を受け、ハーミアは肺の中の空気をすべて吐き出し、まともに呼吸することすらできなくなった。
「カハッ……! ゲホッ……ゲホッ……!」
両手を地面につき、激しく咳き込みながら必死に身体を起こそうとするハーミア。その口からはダラリと血が零れ落ちる。
あまりの次元の違いに、ハーミアは涙と血に塗れながら絶望の声を漏らした。
「つ……強すぎる……っ! なんですか……今の居合の速さは……ッ!?」
その時、俺の左隣に静かに立っていた精霊王のレイが、哀れなハーミアを見つめながらそっと右手をかざした。
レイとハーミアの間にはかなりの距離があったが、レイの手の平から放たれた神聖なエメラルドグリーンの光が、一瞬でハーミアの全身を優しく包み込んだのだった。




