第284話 【覇王の出国と極限の鍛錬】監視者を震え上がらせる忍びの威圧! 突如として迫る禍々しい影と絶望の邪気!
グレイアの圧倒的な威圧に気圧され、挙動不審になりながら必死に門を開ける門番ふたり。俺はそんな彼らの肩をぽんと叩き、親しみやすい笑みを浮かべながら語りかけた。
「君たち、まあ安心しなよ。城からずっと俺たちの監視がついているから、君たちの失敗にはならないはずだよ。君たちが俺たちを止めようとしたけど、強引に通り抜けたことは、ほら……そこに潜んでいる監視者もしっかり見ているからね。これ以上無理に止めようとしたら、君たちが殺されて国同士の戦争になっちゃうところだったんだからさ」
「えっ……!? か、殺……戦争……ッ!?」
門番が蒼白な顔で硬直すると、俺はくるりと後ろを振り返り、街道沿いに生い茂る草むらへと視線を向けた。
「ねえ! 君もちゃんとそこから見てたでしょ?」
俺の問いかけに対し、草むらは不気味なほどシーンと静まり返っている。返事はない。
だが次の瞬間——草むらの上にぬっと大きな影が落ちた。
ガサガサッ……!
「ひゃああっ!?」
暗闇から音もなく現れたアンナが、草むらに潜んでいた監視者の首根っこを容赦なく掴み上げ、前に引きずり出したのだ。
漆黒の忍び装束を纏ったアンナの全身から、恐ろしいほどの邪気と殺気がドロッと漏れ出し、監視者を丸ごと呑み込んでいく。
「……陛下が直々にご質問されているというのに、無言でスルーとは極めて不敬。失礼極まりありませんよ」
「ひ、ひぃぃぃっ……!? も、申し訳ございませんッ! 拝見しておりましたッ! 門番たちに非はございません! すべて、すべて私が証言いたしますのでぇぇッ!」
アンナから放たれる圧倒的な天災級の圧力を前に、監視者は蛇に睨まれた蛙のように全身をガタガタと激しく震わせ、涙目になりながら叫んだ。
その様子を横目で確認した俺は、情けなく引きつっている門番へ向かって「……だってさ」とだけ告げると、そのまま悠々と門をくぐり抜けた。
「アンナ、もういいよ。引き上げるよ」
「御意にございます」
アンナは静かに手を開くと、監視者をポイと投げ捨て、一瞬にして風のように気配を消した。
こうして俺たちは、有翼人国を怒涛の勢いで出国したのだった。
◇
城塞都市の敷地を出て街道を進むと、待機させていた俺たちの馬車が見えてきた。
馬車の周囲では、何十匹ものキラービーたちと、その群れを率いるキラービークイーンのビー9が出迎えてくれた。
ビー9は恭しく前脚を揃え、頭を垂れた。
「ヒロト様、お帰りなさいませ。お疲れ様でございました。こちらは何一つ問題なく、周辺の警戒を完了しております」
「ご苦労様、助かったよ」
俺が労うと、俺の左手から人型に実体化した亜神ペナンガルのビーが笑いかけた。
「みんな、お疲れ様。ありがとうね、一度送還するわ」
ビーが軽やかに手を振ると、キラービーたちとビー9は光の粒子となって召喚空間へと送還されていった。
俺たちは馬車に乗り込み、次の目的地である南の王国の町『ノガート』を目指して街道を進ませた。
豊かな森と風が吹き抜ける道をしばらく馬車で進んだところで、俺は外の景色を眺めながら声をかけた。
「よし、このあたりでちょっと休憩にしようか」
馬車を路肩に止め、俺たちは風通しの良い広場へと降り立つ。
すると、車外に出た瞬間にハーミアが腰のショートソードを引き抜き、空に向かって大声を張り上げた。
「アンナ様ッ! 姿は見えませんがそこにいらっしゃるのでしょうッ!? どうか私と模擬戦をしてくださいッ!」
ハーミアが叫ぶと、何もない空間がゆらりと揺らぎ、漆黒の忍び姿のアンナが静かに姿を現した。
「……良いでしょう。手加減はいたしませんよ」
「感謝いたしますッ!」
ハーミアは気合い十分にショートソードと小ぶりの盾を構え、刃を斜め上へと掲げる『八双の構え』をとった。対するアンナは、ショートソードを水平に構えるシンプルな『中段の構え』だ。
「はぁぁぁッ! いざ、尋常勝負ッ!」
鋭い掛け声とともに、ハーミアは凄まじい踏み込みで間合いを詰め、ショートソードを斜め上から一直線に振り下ろした! 空を切り裂く綺麗な袈裟斬りだ!
しかし、アンナは眉一つ動かさず、左手の盾でその斬撃をカツンと滑らかに受け流す。
と同時に、振り下ろされたハーミアの腕の隙間を突き、ショートソードの腹(側面)で、力強く踏み出されたハーミアの右足をバチンと叩き据えた!
「くあッ!?」
体勢を崩したハーミアは豪快にズザザーッと転倒。
起き上がろうとした瞬間には、すでにアンナのショートソードの刃先が、ハーミアの首元数ミリの距離でピタリと停止していた。
「……攻撃が素直すぎます。速さも強さも、実戦においては全く足りていませんね」
ハーミアは悔しそうに歯を食いしばりながら、アンナの剣を払いのけて立ち上がった。
「くっ……! ま、まだです! もう一丁お願いしますッ!」
ハーミアが再び武器を構え直すと、アンナは静かに剣を構え直した。
「……次は私から攻撃しますよ」
「ッ……! 望むところです、どうぞお越しくだ——」
ハーミアが言い終わるよりも早く、アンナの姿が視界から消えた。
「えッ……!?」
次の瞬間には、アンナの足先がすでにハーミアの懐深くへと踏み込んでいた。
パンッ……!!
アンナはショートソードの腹で、ハーミアの胴体を容赦なく薙ぎ払った!
ハーミアは咄嗟に盾を滑り込ませて防ごうとしたが、あまりの速度と衝撃に追いつかず、そのまま宙を舞って豪快に地面へ叩きつけられた。
「ううっ……ガハッ……! ま、まだまだ……っ!」
土まみれになりながらも必死に立ち上がるハーミアに対し、アンナは冷徹な眼差しで告げた。
「素直な攻撃しかできないのであれば、最低でも今くらいのスピードと踏み込みがなければ、実戦で敵の不意をつくことなど不可能です」
「はぁ……はぁ……! 勉強になりますッ!」
ハーミアが傷だらけの身体を奮い立たせ、再び鋭い眼差しで構えをとった——その時だった。
ゴオォォォォォッ……!!
突如として、ハーミアの真後ろの空間が歪み、禍々しく重苦しい漆黒の魔力と絶望的な邪気が、津波となってあたり一面に吹き荒れた。
「ひ……ッ!?」
背後から押し寄せる圧倒的なプレッシャーと死の気配に、ハーミアの髪の毛が一瞬で総立ちになった。ガタガタと全身の震えが止まらなくなり、恐怖に引きつった顔で恐る恐る後ろを振り返る。
そこに現れた『何か』の存在に、ハーミアは息をすることすら忘れ、絶望に目を剥くのだった。




