第2話 巨大魔獣襲来!テイムした地味な木霊のスキルが覚醒するとき、最弱パーティの逆転劇が始まる!
「はぁ……はぁ……よし、まずは落ち着こう」
生まれたてのネームドスライム『スラオ』だけでは、この未知の森で生き抜くにはあまりに頼りない。俺は息を整えながら、他にも手駒となりそうな弱小モンスターがいないか探すことにした。
ゆっくりと歩き出す俺のあとに、ぽてぽてとスラオがついてくる。そして足元には、あの過剰なレベル差ゆえにテイムできなかった白蛇が、白銀の体を滑らかにくねらせて静かに追従していた。この白蛇、俺を襲う気はないようだが……一体何が目的なのだろう。
しばらく湿った森を進むと、巨大な古木の根元に『それ』がいた。
「ん……? なんだ、あの生き物……?」
一瞬、視界からスッと消えそうになるほど存在感が薄い。
全体的な色は茶色とも緑ともつかない曖昧な保護色で、体は半透明のように後ろの木肌が透けて見えている。
体長は三頭身ほど。頭髪はなく、目と口のパーツがおぼろげに浮かんでいるが、鼻らしきものは見当たらない。
こちらに気づいたのか、その不気味で愛くるしい小さな頭を、可憐にキュッと傾けてきた。
俺はそっと手を伸ばし、祈るように唱える。
「『テイム』……!」
次の瞬間、頭の中にクリアなアナウンスが響いた。
『──精霊種『木霊』のテイムに成功しました──』
「よしっ……!」
木霊は自分の体が淡い緑の光に包まれると、嬉しそうにパチパチと頼りない瞬きをした。どうやら雌の個体らしい。名前がないというので、俺は迷わず『レイ』と名付けた。
『──個体名『レイ』の命名を確認。ネームドモンスターへと進化しました──』
脳内に重厚なシステム音が鳴り響き、レイの身体の半透明度がすっと薄れ、よりはっきりと実体を結んだ。
(ヒロトです。レイ、これからよろしくね)
(……ヒロト……よろしく……)
たどたどしいが、念話が繋がった!
(レイはどんなことができるのかな?)
(しょくぶつ……いったいか……つた……操る……)
「うーん……植物との一体化か」
レベルが低いせいか、派手な攻撃魔法などではないようだ。
(最初に見たとき、後ろが透けて見えたんだけど……今はしっかり見えているね。あれは認識阻害みたいなスキルかな?)
(……よく……分からない……ヒロトのそば……落ち着く……)
どうやら会話はあまり得意ではないらしいが、健気で愛らしい。
スキルの詳しい検証は後回しにして移動を再開しようとしたが、レイは歩くのがとにかく遅く、すぐに置いてけぼりになってしまう。
「レイ、ちょっと腕を出してごらん」
(うん……)
レイに指示すると、彼女はスッと姿を緑色のしなやかな蔦へと変え、俺の左腕に滑らかに巻きついた。まるで生きている植物のブレスレットだ。
ついでにスラオも「ぼくもー!」と言わんばかりに跳ね上がり、俺の左肩へ飛び乗ってプルプルと身体を揺らしている。
そして足元では、相変わらずあの白蛇が、マイペースににょろにょろと寄り添うように歩いていた。
二匹の眷属と一匹の謎の白蛇。不揃いな一行の旅が再び始まった──その時だった。
──ガサガサガサッ!!
前方の密林から、空気を震わせるような重厚な足音が響いた。
危険信号が脳内で激しく鳴り響く。俺は全身の毛穴が開ききるのを感じながら、足音を殺して木の影へ滑り込んだ。息を殺し、木幹の陰から顔を半分のぞかせて様子を窺う。
「な……ッ!?」
絶句した。
そこにいたのは、あまりにも規格外な『怪物』だった。
日本の動物園で見るイノシシなど比べものにならない。体長はゆうに三メートルを超え、軽乗用車並みの巨体。
漆黒に近い黒褐色の剛毛に覆われ、背中には鋭い棘のような鬣が逆立っている。血のように真っ赤な眼光。そして下顎から天に向かって伸びる、大木をも容易く噛み砕きそうな二本の太い牙。
フゴーッ、フゴーッ!
荒い鼻息とともに、巨躯に見合わぬ怪力で地面を軽々と掘り返している。
エリュマントス──あるいは魔猪とでも呼ぶべき脅威。こんなものに激突されたら、人間なんて一瞬で肉塊に変えられる!
あまりの恐怖に、身を隠すために掴んでいた枝へ無意識に力が入ってしまった。
──バキッ!!
静寂の森に、あまりにも鮮明な破壊音が響き渡る。
しまった、枯れ枝だったか──!
フガッ……!?
巨大なイノシシの動作がピタリと止まった。
ゆっくりと、血走った赤い目がこちらを向く。死神と視線が交差した瞬間、全身の血が凍りついた。
「ぎゃあああああああッ!! 逃げろおおおッ!!」
なりふり構わず脱兎のごとく駆け出した。
直後、背後でドゴォン!!と爆音が鳴り響く。イノシシが巨木を薙ぎ倒しながら、猛烈なスピードで突進を開始したのだ!
「はぁ、はぁ、はぁッ! 速すぎるだろ、嘘だろおい!?」
地響きが背中に迫る。振り返る余裕なんて微塵もない。相手は重戦車並みの速度だ。距離があっという間に縮まっていくのが、背中に伝わる風圧でわかる。
死ぬ! 転生して数時間で踏み潰されて終わる!!
そう確信した瞬間──運悪く、俺の足が太い樹の根に引っかかった。
「しまっ……うわあああっ!?」
盛大に前へ倒れ込み、泥と落ち葉のなかをゴロゴロと転がる。完全に無防備。万事休すだ!
(ヒロトッ!!)
肩の上でスラオが悲鳴を上げる。
だが──迫り来る死を覚悟した次の瞬間、背後で信じられない破壊音が響いた。
──ドスドスススッ! バキバキバキギャアアアッ!!
「ぐええっ!?」
イノシシの苦悶の叫び声。
驚いて振り向くと、巨大なイノシシの巨躯が、俺のわずか数メートル手前で不自然にバランスを崩し、盛大に横転していた。勢いあまって大木に激突し、激しい土煙を上げている。
「え……なにが……!?」
死の恐怖を振り払い、千切れそうな足で立ち上がる。急いでイノシシと反対方向へ全力でダッシュした。
背後で怒り狂う巨獣の咆哮が聞こえたが、視界が開けた場所まで必死に逃げ延び、木陰に飛び込んで息を潜めた。
「はぁ……はぁ……はぁっ……!」
両手を膝につき、荒い息を吐き出す。心臓が早鐘のように肋骨を叩いていた。
肘や膝の擦り傷がヒリヒリと痛み、黒いパーカーは泥だらけだ。
だが……助かった。生きている。
息を整えていると、左腕に巻きついていた蔦がスルスルと解け、半透明の幼い少女の姿──レイへと戻った。
(ヒロト……上手く、いった……)
レイが少し誇らしげに、控えめな笑みを浮かべていた。
「え……? レイ、もしかして……さっきのイノシシを転ばせたのは君かい!?」
(うん……。ヒロト、ピンチ……。足元の蔦、伸ばして……イノシシの足、引っ掛けた……)
「マジかよ……!!」
俺は目を見開いた。
見知らぬ異世界の植物と一体化し、地脈の蔦を自在に操るスキル──。
単なる雑草の操作かと思いきや、レイは凄まじい突進力を誇るあの巨大魔獣の足元へ一瞬で蔓を伸ばし、完璧なタイミングで足をすくってみせたのだ!
「すごいよレイ! 最高のプレーだ! 君のおかげで命拾いした、本当にありがとう!!」
(……ふふ……ヒロト、役に立った……嬉しい……)
レイは恥ずかしそうに頬を染め、心なしか誇らしげに胸を張った。
左肩ではスラオが「怖かったよー!」と言わんばかりにプルプルと激しく震えている。
そしてふと足元を見ると──あの白蛇が、何事もなかったかのようにちょこんと佇んでいた。
あの大混乱の中、傷一つ負わずに追いついてきたらしい。それどころか、マリンブルーの瞳で「なかなかの連携だったじゃない」とでも言いたげに、悠然と首を傾げている。
ステータスなし。チート魔法もなし。
だが──俺には、意思を通わせ合える愛おしい仲間たちがいる。地味に見えたスキルも、使いようによっては格上の魔獣すら足止めできる武器になる。
過酷な社畜生活で培った土壇場の機転と、この健気な眷属たちがいれば──。
「ふぅ……よし。絶対、この異世界で生き残ってみせるぞ!」
俺は泥を払い、前を見据えた。底知れぬ危険とワクワクが渦巻く未知の大森林へ、俺たちは確かな一歩を踏み出した。




