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第十三話

テーブルを挟んで座る2人に、沈黙が流れる。

このままでは埒が明かないと思ったのか、京子さんが口を開いた。


「俊也君、その、ごめんなさい」


彼女はとりあえず謝罪の意を示した。

先程までの僕の態度を見ると、そうせざるを得なかったというのが正しいか。


「もういいですよ」


とりあえず謝罪を受け入れる。

それでも僕の感情が納まったわけではないが。

というよりそもそもこれは京子さんが何かしたから、というわけではない。

しいて挙げるとすれば、あの迷惑な2人を連れてきたことぐらいだろう。

それにしたって、謝るべきなのは彼女ではない。


(どうにも嫌になるな)


不愉快になるその対象は僕自身だ。


結局のところ、言ってしまえば僕と京子さんの属するコミュニティは決定的に違うのだ。

彼女のグループからすれば、僕のような存在は侮蔑の対象となる。

それこそ「キモオタ」という呼称が正しい評価だろう。


(わかってたはずだろ、オタクなんざ被差別民族だと)


社会的にみれば、サブカルチュアルな分野にのめり込む行為は褒められたものではない。

それが世間一般の評価だし、僕たちの側もそれを認めている。

故に僕らはそういった層とできるかぎり距離を置こうとする。

所謂“棲み分け”というやつだ。


(そう、彼女は正しい。それは理解している、なのに、なんなんだくそう)


結局僕自身も、激情に駆られている間はともかく、一旦間を置いた現在ではこの感情を持てあましていた。

原因は単純、問題の所在もはっきりして、そのうえ解決する術は存在しないが改善案はある。


(要するに、この関係もこれまでにすればいい)


そう、それで万事解決する。

だというのに、僕の心はちっとも平静を取り戻せなかった。

関係を終わりにする、それが最善手のはずなのに、僕はそうするのは嫌だと思った。


その可能性を考えると、むしろ、さっきまでの憤怒とは異なる感情――胸を焼くような焦燥感が、僕をすべて覆っていく。


(なんだってんだよ、ちくしょう)


僕が、僕自身を理解できない。

こんな状況に陥ったのは、生まれてこのかた初めてだ。


そのトリガーは――白井京子その人だ。

彼女と自分は済む世界が違う、そう言ったのは自分自身のはずなのに。


黙り込んで苦虫をつぶしたような表情をする僕を見て、居た堪れなくなったのだろう。

京子さんは再び会話をしようとする。


「あの、俊也君。どうしたの」

「黙って!!」


僕の強い口調に、彼女の体がビクリと痙攣した。


「ごめん強く言い過ぎた。ただ、少し時間を頂戴」

「あっ、うん」


彼女を怯えさせるのは本意ではない。

ただ、自分で自分の心をコントロールできていない以上、気を遣うことなどできそうになかった。


店内を流れる音楽と、彼女と僕の息遣いだけが聞こえてくる。

この場だけを切り取ってみれば、いつもの日常。

――そう、僕が好ましいと思っている日常そのままだ。


「……そうか」


ようやく僕は得心した。

と同時に、自分のあまりの子どもっぽさに、顔から火が出そうな羞恥に襲われた。

もしここに誰もいなければ、羞恥に耐えかねて悶絶していただろう。


(結局、僕はまだまだガキだった、ということか)


何のことはない、僕はあの2人に怒っていたのは、ただ単純にこの時間を壊されたくなかったからだ。

白井京子と中村俊也で形作る、この時間を。


そのために不快感を隠せず、激情に駆られた。

まるでお気に入りの玩具を取り上げられてかんしゃくを起こした子供のように。


「あっはっはっはっは」


突然笑い出した僕に対して、京子さんは怪訝な表情をする。


「ああ、ごめんごめん。考えてみれば、あんまりにもバカらしくてさ」

「えーっと?」

「うん、京子さんは気にしなくていい。というか全然悪くないから。うん」

「そう?」


彼女は僕のあまりの豹変ぶりに狐につままれたような顔をしている。


「うーん、わかりやすく言うと、太陽の側まで行ったイカロスがあまりのまぶしさに自分も太陽だと勘違いしたってところかな」

「なにそれ、全然わかりやすくないんだけど」

「うん、まあ、わからなくていいし」


そしてイカロスはその太陽に翼を溶かされたあげく、失意の中で地面へ堕ちていったわけなんだけど。


「とにかく、もう気にしないで。僕も気にしないから」

「うーっ、それならいいんだけど」


彼女は釈然としないながらも、目的が達せられたのでそれ以上この話を続けなかった。



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