第十二話
2日目の席は最初から昨日と同じ場所を選んだ。
京子さんは僕に何か言いたそうな顔をしていたけど、気づかないふりをした。
この日の内容は、少し専門的な話で、ついていけずに睡眠学習をしている人も少なくなかった。
京子さんはそうではなかったようだけど、その隣は爆睡していて思わず講師も失笑していた。
この授業はレポート提出だったはずだが、これでは脱落しても自己責任だろう。
授業が終わると、その日もまたあの店へと向かった。
昨日飛び出した分だけ、今日はゆっくり過ごしてやろうという算段だ。
しかし、その予定はすぐに変更を余儀なくされる。
京子さんたちが昨日と同じメンバーでやってきたからだ。
生憎と、まだ注文したばかりで出て行くわけにはいかない。
僕に気付いたのだろう。
京子さんは申し訳なさそうな顔をするが、残る2人はあからさまに嫌そうな顔だ。
「なんであいつがまたいるのか」と言わんばかりに。
それは僕の方こそ言いたいが、ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。
まあ、黙って彼女たちに関わらないようにすればいいだけの話だ。
ところが、そんな僕の思いを知ってか知らずか、どういうわけか京子さん僕に言葉を投げかけた。
「あの、俊也君」
「なんですか、白井さん(・・・・)」
「えっと」
「なにかご用ですか、白井さん(・・・・)」
丁寧な口調でも、不快感は隠せていない。
だが、この場で親しげにするというのもどうかと思う。
なにより、実際に僕は不愉快なのだ。
「あの……授業、一緒だったよね」
「それが何か?」
彼女の言葉を、僕はバッサリと斬り捨てる。
「いえ、何でも…ない、です……」
彼女はおずおずと自分の席に戻った。
そこでは例の2人が「感じ悪いわね」「せっかく京子が話しかけてあげたのに何様のつもりかしら」「ああ、もう死んでくれないかな」と好き勝手なことを言っている。
そんなことより、僕としては京子さんが表情を曇らせたことの方が気になったが、よくよく考えてみれば僕には全く関係のないことだ。
結局彼女たちは、小1時間ほどかけてたっぷりと僕への嫌味や授業や彼氏への愚痴を吐いて帰っていった。
京子さんもそれに合わせてなんとか話をしていたようだが、女の子の世界は大変だと思う。
ようやくもとの静寂を取り戻した店内で、僕はゆっくりとコーヒーを味わう。
マスターは何か言いたそうにしているが、言葉にはしてこなかった。
しばらくして、再び来客があった。
珍しいことだ、この時間帯では。
店内に姿を現したのは、還っていったはずの京子さんだった。
今度は1人だけらしい。
「マスター、コーヒーを」
息を切らせながら注文をした彼女は、迷わず僕の正面に座った。
「俊也君」
そのまま彼女は僕に呼びかける。
「何でございましょうか、白井さん(・・・・)」
「ええっと、まずはその変な口調と苗字呼びをやめてほしいのだけれど」
「さようでございますか。しかし、よろしいのですかな? キモオタ(・・・・)と会話などして」
思いっきり皮肉を込めて彼女の要望に反抗する。
どうやら僕自身が思っていた以上に今の僕は虫の居所が悪いらしい。
「ええ、その件についても話があるのだけど」
……どうやらこの程度では堪えないらしい。
「そちらはそうでしょうが、当方には所用はありません。わたくしめのような下賤なものにお声掛け頂いて恐縮ですが、どうぞお帰り下さい」
「ううっ、やっぱりあの子たちを連れてくるんじゃなかった」
「どうなさいました、お帰りはあちらですよ」
口調は丁寧に、行動はぞんざいに。
まるで虫でも追い払うかのように彼女に帰宅を促した。
「ねぇ、どうしたら許してくれるの?」
「はて、なんのことですかな」
「お願いだから機嫌直してよ」
どうやら彼女は帰るつもりはないらしい。
とすると、動くのはこちら側ということになる。
「いえいえ、貴女とは住む世界が違うと自覚しただけですよ。それでは御機嫌よう」
僕はそう吐き棄てるように言うと席を立とうとする。
こんな気分でこの店に居続けようとも思わない。
が、それはコーヒーを運んできたマスターによって遮られる。
トレイには、どういうわけか2杯の(・・・)カップが乗せられていた。
「ご注文は以上ですね」
「はい!! ありがとうございます」
思わぬ援護射撃に彼女はうれしそうだ。
マスターの目が、「君もこの辺で許してあげなさい」と言っていた。
マスターに出て来られては、僕も大人しくせざるを得ない。
なにせ、これまでの顛末で一番被害を蒙ったのは、他でもないマスターなのだから。
「仕方ないな、じゃあ、この1杯だけ付き合おうか」
残念ながら、これが僕にできる最大限の譲歩だ。




