第十一話
温泉への旅行から1週間。
その間僕は1人で集中講義をはしごして日々を過ごしていた。
家に帰ってやることと言えばネットとゲーム、時折借りてきたアニメや映画を消費するだけだ。
山口は小川さんと遊ぶのに忙しいのか、部屋を訪れることはない。
相変わらず例の喫茶店に通うのは日課だが、あの日以来京子さんに会うことはなかった。
これが本来の僕の日常のはずなのだが、どことなく人恋しさを感じる。
かといって、誰かに連絡をとるのも億劫だった。
その次の日からもまた、集中講義が始まる。
15回分の授業を3日でやるのだから、朝から夕方まで丸1日拘束される。
1日5回×3日=15回という計算で単位が換算されるのだから致し方ないのだけれど。
研究室の同期の中でも、僕が一番講義に出ているだろう。
何のことはない、他にやることが無かっただけだ。
卒業に使えるものを選び、さらに資格に繋がるものを取ると、あっという間に夏季休暇が埋まったのには笑ったが。
どれもおもしろく、話について行けないということはないのが幸いだ。
今日の講義もまた知り合いは少なく、上級生の顔が揃っている。
一部の先輩には顔を覚えられてしまったようで、「お前もよく頑張るな」と声をかけられた。
授業の準備をしていると、突然声をかけられた。
「隣いいかな?」
声の主は京子さんだ。
「よかった、友達は取ってないみたいで」
「僕は取れるうちに取っておこうと思ったからね」
「うん、私も」
彼女は知らない顔ばかりで不安だったのだろう。
僕と話をして肩の力が抜けたようだった。
するとしばらくして、今度は京子さんに声がかかった。
「あら、京子じゃない」
朝からよくもまあそんなにテンションが高くていられるなと思うが、彼女の所属する知り合いの女子のようだった。
恐らく所属グループはイケイケ系。僕とはあまり相性はよくない。
「どうぞ」
そう言って僕は席を譲る。
丁度いい席だったが仕方がない。
もう端の方の席しか残っていないが、まあなんとかなるさ。
「それじゃ、はじめますよ」
幸いにして、講師は地声の大きい人のようだ。
その日の講義が終わると、僕はあの店へと向かった。
とにかく、あそこのコーヒーを飲みたかった。
途中で京子さんを見かけたが、朝の子と一緒だったので近づかないでおいた。
「マスター、コーヒー」
マスターも心得たものだ。
ミルクも砂糖も添えず、湯気を立てるコーヒーカップだけがトレイに乗って運ばれてきた。
僕はそれを一気に飲み干す。
コーヒーの飲み方としては褒められたものじゃないが、なんとなく目の前のカップを空にしたい気分だった。
「こんにちはー」
入り口から京子さんの声がする。
この店で見かけるのは久しぶりだ。
だが、新たな客は彼女だけではないようだ。
「へえ、ここが京子行きつけのお店ね」
「ふうん、なかなかおしゃれじゃない」
さらに2人――1人は朝の子のようだが――同伴者がいた。
「マスター、会計はここに」
そう言って、僕は代金を置いて席を立った。
コーヒー1杯350円。
それがぴったり財布の中にあったのが幸運だった。
別に何かあるというわけではないが、彼女たちが来たことで僕のテリトリーが侵されたような気がした。
事実、「あれって中村じゃない」「あのキモオタの」「うっそ、信じらんない」「あんなやつにこの店は似合わないわよね」そんな声が、彼女たちの方から聞こえてきた。
途端に僕の機嫌は急降下する。
知っていたさ、あの連中がそんなことを言うのは。
それはもはやいつものことだが、キャピキャピとした頭の軽そうな甲高い声があの店に響くのは――不愉快だった。
客商売としては、相手に不満はないのだろうけど。
衝動的に出てきてしまったけど、店側としては不機嫌な客に居座られるよりよほどいいだろう。
そんな風に自身の行動を正当化しながら、僕は足早に自宅を目指した。




