第6話 『「報酬は全部置いていけ」――奪われ続けた小妖精の力が限界を超える』
第6話 『「報酬は全部置いていけ」――奪われ続けた小妖精の力が限界を超える』
シルフィとレオンが組んでから、二人は毎日のようにギルドへ通うようになった。朝は宿の食堂で黒パンと卵を分け合い、昼は依頼先で干し肉をかじり、帰ってくれば泥のついた靴を洗って翌日の準備をするという生活が続いた。以前のシルフィは一人で依頼書を眺めるだけだったが、今では隣にレオンがいて、掲示板の前でどの仕事を受けるか相談できることが嬉しかった。
「今日はこれにしよう」
レオンが指差したのは、街道沿いに出没する大型魔獣の討伐依頼だった。Dランク相当の危険度があり、報酬も今までの薬草採取とは比べものにならない。シルフィは依頼書を両手で持ち上げ、紙に染みついた古いインクの匂いを嗅ぎながら内容を確認した。
「二人なら大丈夫でしょうか」
「分からない。でも、やってみたい」
レオンがそう言うと、シルフィも頷いた。森を出てからずっと「無理だ」「できない」と言われ続けてきたが、レオンと一緒なら、少しずつ自分にできることを増やせる気がした。
討伐は簡単ではなかった。街道近くの岩場に潜んでいた魔獣は、二人を見つけるなり太い爪を振り回し、地面を蹴って突進してきた。レオンは盾で攻撃を受け止め、シルフィは後ろから周囲の草木へ手を伸ばしたが、あの洞窟以来、意識して魔法を使おうとしても何も起こらなかった。
「シルフィ、右!」
「はい!」
レオンの声で身体を横へ飛ばす。魔獣の爪が外套の裾をかすめ、布が裂けた。シルフィは破れた裾を見て一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに顔を上げて魔獣の足元へ薬草の粉を投げつけた。
「レオンさん、今です!」
「任せろ!」
目に粉が入った魔獣が頭を振った瞬間、レオンの剣が急所を捉えた。大きな身体が地面へ倒れ、土煙が舞い上がる。二人は顔を見合わせ、しばらく黙っていたが、やがてレオンが剣を鞘へ戻し、拳を握った。
「やったな!」
「はい!」
ギルドへ戻ると、二人を迎えた職員が討伐証明を確認し、驚いた顔をした。報酬を受け取ると、シルフィは銀貨の入った袋を両手で抱え、ずしりとした重さを確かめた。
「こんなに……」
「初めてまともに稼いだな」
「今日は少し良いものを食べられますね」
「肉にしよう」
「野菜も買いましょう」
「肉だけじゃ駄目か?」
「駄目です」
二人は顔を見合わせて笑った。その翌日、二人のランクはFからDへ昇格した。
それだけでは終わらなかった。次に受けた護衛依頼では盗賊を撃退し、その次の採取依頼では誰も見つけられなかった希少な薬草を大量に発見した。シルフィの森の知識とレオンの堅実な剣技が噛み合い、二人は少しずつ難しい仕事も任されるようになった。
「また依頼が増えています」
「昨日の夜に掲示板を見たときは、こんなに無かったぞ」
「私たちが知られてきたんでしょうか」
シルフィは嬉しそうに掲示板を見上げた。花飾りを編み込んだ金色の髪が肩から滑り、レオンがそれを見て笑う。
「もう『薬草拾い』なんて呼ばれないかもな」
「それは少し寂しい気もします」
「そこは喜べよ」
ギルドの中でも二人の名前が少しずつ知られるようになった。Fランクだった妖精と、落ちこぼれと呼ばれていた青年が、難しい依頼を次々と成功させている。やがて二人はCランクへ昇格した。
その報せを聞いたガルドは、食堂で持っていた杯を強く握った。中の酒が揺れ、木製のテーブルに少しこぼれたが、彼は拭おうともせずにシルフィたちを睨んでいた。自分より下だと思っていた二人が、いつの間にかギルド内で注目されていることが気に入らなかった。
「調子に乗りやがって」
ガルドの仲間が小声で尋ねた。
「どうするんだ?」
「決まっている」
ガルドは立ち上がった。
「思い知らせてやる」
その日の夕方、シルフィとレオンは大きな袋を抱えてギルドへ戻った。今回の依頼は山奥にある鉱山跡から希少鉱石を回収する仕事で、報酬は銀貨二十枚だった。二人にとっては今までで一番大きな収入であり、シルフィは帰り道から何を買おうか考えていた。
「新しい外套が欲しいです」
「俺は剣の手入れ道具かな」
「それから宿代を払って、残ったら……」
「肉だな」
「また肉ですか?」
「今度は焼いたやつ」
そんな話をしながらギルドへ入った瞬間、ガルドが立ちはだかった。
「その報酬、置いていけ」
シルフィは足を止めた。
「……どうしてですか?」
「お前らみたいな新米が高額報酬を受け取るのは生意気なんだよ」
レオンが眉をひそめた。
「何を言ってる。依頼を達成したのは俺たちだ」
「うるせえ」
ガルドはシルフィの持っていた袋を奪い取った。小さな身体では抵抗しきれず、シルフィの手から袋が引き剥がされる。
「返してください」
「嫌だ」
「それは私たちが働いて――」
「Fランク上がりが口答えするな!」
ガルドがシルフィの肩を押した。小さな身体がよろめき、背中の羽が机の角へ当たり、花飾りが床へ落ちた。
「シルフィ!」
レオンが剣へ手を伸ばす。
「待って!」
シルフィが慌ててレオンの腕を掴んだ。
「やめて。あなたまで傷ついてしまう」
「でも、こいつは!」
「大丈夫です」
シルフィは床に落ちた花飾りを拾った。花びらには靴跡がついていたので、指先で泥を払ってから髪へ戻す。銀貨の入った袋はガルドが持っていったままだったが、シルフィは追いかけなかった。
「……また、我慢すればいいんです」
レオンは何か言おうとしたが、シルフィの手が震えていることに気づいて口を閉じた。彼女は怒鳴らなかったし、ガルドを罵りもしなかった。ただ、破れた花びらを丁寧に直していた。
その夜、宿へ戻ったシルフィは夕食をほとんど食べられなかった。皿の上には冷めた野菜の煮込みと小さなパンが残り、窓から入る夜風で料理の湯気はすぐに消えていった。シルフィはパンを小さくちぎっては戻し、膝の上で花飾りを直していた。
「せっかく買えると思ったのに……」
レオンは向かいの椅子に座っていた。
「俺が取り返す」
「駄目です」
「でも!」
「ガルドさんと戦ったら、レオンさんが怪我をします」
シルフィは顔を上げた。
「私は大丈夫ですから」
「大丈夫な顔には見えない」
「……そうですか?」
レオンは答えなかった。
その瞬間、シルフィの身体から緑色の光が漏れ出した。最初は小さな光だったが、次第に部屋いっぱいへ広がり、窓の外へ流れ出していく。宿の主人が廊下から「何だ、この匂いは?」と声を上げ、シルフィは驚いて立ち上がった。
「花の匂い……?」
窓の外を見ると、夜だというのに宿の庭で花が開いていた。昨日まで何もなかった場所に白い花が咲き、石畳の隙間からも緑の芽が伸びている。遠くの街角でも、誰かの驚く声が聞こえた。
「シルフィ、これ……」
「私にも分かりません」
レオンが窓辺へ駆け寄った。
王都から遠く離れた森でも、花が咲いていた。
ギルドの庭でも、古い石壁の隙間でも、乾いた鉢植えの中でも、一斉に植物が芽吹いていた。夜空の下で突然始まった異変に、街の人々は窓を開け、眠っていた子どもまで起き出して外を見ていた。
「何が起きているんだ?」
「こんな季節に花が?」
「誰か魔法を使ったのか?」
その異変を最初に感じ取ったのは、ギルドマスターのヴァルドだった。
彼は執務室の机に向かっていたが、突然窓の外から流れ込んできた甘い花の匂いに顔を上げた。机の上には古い帳面と数冊の魔術書が積み上げられ、冷めた紅茶には埃が浮いている。
「……これは」
ヴァルドは窓を開けた。
ギルドの中庭に花が咲いている。
しかも、魔力を帯びた花だった。
「まさか……」
ヴァルドは書棚へ駆け寄り、古い文献を何冊も引き抜いた。紙は黄色く変色し、触るたびに細かな埃が舞う。ようやく一冊の古代文献を見つけると、震える指でページをめくった。
「古代森霊……」
そこには、ほとんど忘れられた種族についての記述があった。
ヴァルドは目を走らせ、ある一行で手を止めた。
**『理不尽に耐えし器は、受けた苦痛を森の力へ変える』**
「……何だと?」
ヴァルドの顔から血の気が引いた。
昨日までの出来事が頭の中でつながっていく。洞窟での魔法、Bランク魔物の素材に残っていた古代魔力、侮辱されたときに増大した反応、そして今夜の異常な開花。
「まさか……」
ヴァルドは文献を握りしめた。
「今までのすべてが、この子の力になっているのか?」
その頃、宿ではシルフィが自分の手を見つめていた。指先から漏れていた緑色の光は少しずつ消えていたが、胸の奥にはまだ大きな力が残っている。
「どうして、こんなに……」
レオンが隣に立った。
「シルフィ」
「はい」
「もう、一人で耐えなくていい」
シルフィは驚いた顔でレオンを見た。
レオンは床に落ちた花飾りを拾い、そっと彼女へ渡した。
「俺が隣にいるから」
シルフィは花飾りを受け取った。
そして、その小さな手で大切そうに握りしめた。




