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美術大学に入学したら天才女子彫刻家のお世話をすることになりました  作者: 川平直
私が別れの時を告げられるまで

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第29話

「分かり易いなぁ斉藤さんは。いやここは素直って行ってあげるべきかな?」


「とっ突然そんなこと言われれば誰だって動揺しますよ!」


「でも図星だろ?」


「それは――」


 今更取り繕うことも出来ずうにゃうにゃ言い訳じみた事を言う事しかできなくなった亜香里を見て、道長はますます笑う。


 気のせいだろうか道長の声は優しくて気の良い先輩で表情も笑顔なのだけれど、なんとなくいつもより意地悪な気がした。


「そんなに隠さなくたって良いのに大学生にもなって、それとも世間には言えないようなただれた関係だったり?」


「いッ! いえ、別にそんなんじゃないです! ただ、私はその人のこと大好きですけど向こうはどう思ってるのか分からないというか、私なんかがその人の事を好きだって軽々に言って良いのかなって。いや、変なこと言ってますよねやっぱり、それは分かってるんです、でも……あれ? どうしたんです急にそっぽ向いて」


 つい早口でまくし立てていたらふと気がついたら道長はあらぬ方向へ視線をむけていた。


 亜香里が不思議に思っていると「いやー」となぜか気まずそうにそうにして。


「大好きとか真顔で言うもんだから、聞いてるこっちの方が恥ずかしくなっちゃって」


 指摘されて初めて自分が口走った事に気がついて亜香里は速攻でゆでだこになった、あほか私はいくら何でも気抜きすぎでしょうが。


「すみません、やっぱり今の話は忘れてください! 一切合切忘れてください!」


「嫌だね。今の発言はばっりち記憶に刻んで後生にまで語り継ぐ事にしよう」


「いやー! やめて~!」


「はっはっはっ……でも、斉藤さんそんなに想われてその人は幸せ物だなって俺は思ったよ」


 不意に道長が優しい表情でそんなこと言う。


「えっ? いやいや! 私なんてそこまで大したものなんかじゃ無いですよ、からかわないでくださいよ」


「からかっちゃいない。誰かにそこまで想って貰えるなんてそれだけで幸せな事さ……正直その人の事が羨ましいよ」


「そんな、道長さんならそういう人がすぐにでも現れますよ、私応援してますから!」


「ははっ、惨いなぁ斉藤さんは」


「ええっ! 惨い? なんで!」


「さーてねっ。それで? その斉藤さんが気になってる人ってどんな人なの?」


「へっ?」


「へっ? て何を今更。そこまで言ったんだそれくらい聞かせてくれたっていいだろう、別に誰なのか教えろとまでは言わないからさ、駄目かな?」


「駄目、とは言いませんけど……」


 まさか道長からそんな事を聞かれるとは思っていなくてつい後じさる亜香里だったが、先にこの話題を振ったのはこっちなのだから自分だけ何も答えないのは不平等な気がした。


 それでもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいのでせめて「別に面白くはないと思いますよ」と前置きだけはしてから話し始める。


「……最初はただ尊敬? みたいなものだったと思うんです、その人は才能があって誰からも認められててすごいな~って。でも一緒に過ごしてみるとちょっと変わり者でマイペースだけど思ったより親しみやすくて案外可愛い所もあって、だけど――」


 今でも目を瞑れば思い出す。初めて黎のアトリエを訪れたあの日のことを、作品と向き合うまるで誰かに作られた彫刻の様な彼女にただ見惚れたあの瞬間を。


「――凄くかっこいいなって。それで気がついたらそんな風になっていたと言いますか」


「そっか――さて、まだ質問に答えてなかったね。と言っても俺にはどうすれば良いかなんて正直分かんないなやっぱり、俺はその人じゃないし適当な事は言えないよやっぱり」


「ですよね。ごめんなさい分かりきってること聞いちゃって」


「いやいいて、俺も色々赤裸々に聞かせて貰ったのになにもしてあげられなくてごめんね。それじゃあ、もう行くよ頑張ってね色々」


「はい、頑張ります。その、色々と」


「何を頑張るの?」


 突然後ろから誰かに声を掛けられながら、抱きつかれた。


 突然の事でぎょっとする亜香里だったがそれが誰なのかすぐにわかった、たとえ見なくったってもう気配で分かる。


「黎!」


「きちゃった」


 そう返辞を返してきたのは、やっぱり黎の声でそのことにちょっとだけホッとする。


「どどどうしてここに! ていうか一体いつから!?」


「たった今。なんとなく歩いてたら近くを通りかかって、そう言えば亜香里今日はここで絵を描くって言ってたなーって思い出して」


「そ、そっかー、そうなんだー」


 もしやさっきの話を聞かれたんではないかと戦慄していたが、どうやらそれはないみたいで亜香里は命の危機から生還した位の勢いでホッとした。


「うん、そうなの。ところで――君誰?」


 黎の視線が突然の闖入者に面食らっていた道長の方へと向けられる。


「えっとこの人は道長先輩、私と同じ油絵科でよく相談に乗って貰ったりしてて」


「ふーん……」


 道長を紹介する亜香里だったが黎は気のない返事を返す、毎度の事ながら興味がないのかもしれないがそれにしても何時もより素っ気ない気がした。


「やっ春夏冬あきなしさん久しぶりだね」


 失礼な黎の態度にも道長はさすがと言うべきか紳士的な態度を崩さない。


「あれ? 二人は知り合いなんですか」


「いや別にそう言う訳じゃないけど、一応俺達同級生だから顔を合わせた事くらいはね春夏冬さん有名人だし、と言っても春夏冬さんの方は覚えてないみたいだけど」


「うん、ごめん覚えてない」


 後ろから抱きつかれているからその表情を上手く窺う事は出来ないけれど、黎の声色はやっぱりどこか素っ気ない、と言うかいつまでこの体制でいるつもりなんだろう。


 抱きついたりくっ付いたりは普段から良くすることなのだけど、今は道長を初めとした油絵科生徒の視線が気になって仕方なかった。


「ねぇ黎? とりあえず一回離れない。さすがにちょっと恥ずかしいというか、ねっ」


 小声で黎にそう提案してみるが黎の細くて白い綺麗な腕はむしろより強く亜香里の首元に絡みついた、なんで?


「まぁなんだね、邪魔しちゃ悪いし俺は自分の絵を描きに戻るよそれじゃ」


 そう言い残して、道長は今度こそ亜香里の側から去って行った。するとようやく飽きたのか亜香里の首元に絡みついてた黎の腕も解ける。


「あー恥ずかしかった。もう、人目が多い所でああ言うのは駄目だって言ってるじゃん」


「ごめんごめん、ついしたくなったから。そんなことより筆使ってくれてるんだ」


 そんなことよりって……、正直お小言と一つや二つ言いたい気分だったが、何を言ったところで蛙の面に水にしかならなそうなので止めておくことにした。


「そうだよ、結構描きやすくて良い感じ」


「そっか。ねぇ亜香里今日はこのまま絵を描くところ見ていっていい?」


「えっ、良いけど。でもどうして? 見てても別に面白くないと思うけど」


「亜香里が絵を描いているところ見たことなかったから、一度くらいよく見ておきたいなって、迷惑?」


「迷惑なんて言わないけどさ」


 ただそれでもやっぱり少し緊張はしてしまう、自分の作業してる姿を観察されるというのはどうしても落ち着かないし、その相手が黎となればなおさらだ。


 だけど自分だって良く黎の作業を見せて貰ってるのだ、立場が逆になった途端それを駄目だと言うのは理不尽な様な気もする。


「分かった見てても良いけど……さっきみたいなのとかは無しね」


「さっきみたいなのって?」


「知らないッ」


 その聞き方は言わなくとも分かっている時の物だと分かっているので適当に流して、亜香里は自身の作品に意識を集中する。


 キャンパスに浮かんだクラゲはもう既に殆ど完成していて後は仕上げをするのみの段階だった。


 最初こそ黎の存在が気になっていたが一度作業に集中してしまえば絵が完成していく高揚感で、その視線もあんまりに気にならなくなっていく。


 だから亜香里は気がつく事が出来なかった。


 亜香里が絵を描いている姿を見るその顔があの時と同じ、まるで何かまぶしくて暖かい物を見るような表情をしていたことに。

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