第27話
次の日の朝素肌に触れる冷気に肌寒さを感じて亜香里は目を覚ました、さすがにそろそろ寝るときも暖房を付けても良いかもしれない。
裸の体に布団を巻き付けていてふと隣にあったはずの温もりがそこにない事に気がつく、後ついでに何やら焦げ臭い様な?
「あっ、亜香里起きた?」
「へっ……?」
思わず声が出た、これは夢か? 黎が自分より早く起きているしかもワイシャツ一枚にエプロンという妙ちきりんな格好で。
目の前にある事実を疑う亜香里だったがさっきから漂う謎の臭気がこれが現実であると証明している、一体何の臭いかと発生源を探すとどうも台所の様で、そこには何やら作業をしたような後もあって。
「朝ご飯作ってみた、亜香里も食べようよ」
やっぱりこれは夢かもしれない、あの黎が早起きして朝ご飯まで作ってくれるなんて。
起きた直後の頭じゃ現実が処理しきれず半ば呆然としながら亜香里が部屋着に着替えて座卓に付くと、そこには既に黎が作ったという朝食が並べられていた。
メニューは鯖の切り身の塩焼きに、大根のお味噌汁に昨日の夜炊いておいたご飯の三つ。
鯖はおそらくフライパン張り付いたんだろう皮がはげて身が崩れてしかもちょっと焦げていた、味噌汁の大根は大きさが不揃いで明らかに火の通りも甘い。
……正直、食べる前からそこはかとなく不安を誘う。
「えっと、今日は随分早起きだったんだね? 珍しい」
「あ~うん、なんだか目がさえちゃって。だから折角だし頑張ってご飯作ってみた」
「そっか、頑張って……」
そう言われてしまってはもう亜香里は何も言えない、黎が善意で作ってくれた物なのだそれを無駄になんて出来るわけがない。
そんなことをすれば黎はもちろん食材を作ってくれた生産者様方に申し訳が立たないというもの。
亜香里は何時ものように黎と一緒に手を合わ頂ますをしてから目の前の朝食を覚悟を決めて口に運んだ。
思い切って食べてみれば見た目に反してその味は美味しく――なんて事は無く普通に厳しい。
魚は火が強すぎたんだろう表面が焦げてる割に中は所々生っぽい気配がした。
味噌汁は味噌の味しかしないし炊きすぎて香りも飛んでいる、具の大根も不揃いなせいで火の通りがまちまちだし皮も剥いていないから舌触りが悪い。
漫画やアニメみたいに食べた瞬間気を失ったりすることはないし食べられないという程でも無い、その代わりただただリアルにまずい、箸が進まない。
思わず顔をしかめてしまいそうになる出来に作った本人はどう思っているのだろうかと亜香里がチラリと様子を窺ってみれば、どうやら黎も同じ感想な様でその表情は明らかに渋い。
この事態に亜香里はどうしたものかと一瞬悩むが、この現実を本人の口から言わせるのも酷だと思い先陣を切って口を開いた。
「ははは、ちょっと失敗しちゃったかもね」
取り繕ったところでしょうがないだろうと率直にそう言うと、黎はまた怒られたハスキーになってしまった。
「……ごめん」
「いやいやいや、ちょっと残念な感じになっちゃたけど全然食べれるし私の為に黎が作ってくれたんだもん、それだけで嬉しい。ありがとうね、黎」
その台詞は我ながらち白々良い感じもしたが、でも嘘を言っている訳じゃない、そのことは黎も分かってくれてるのか気まずそうなにしながらも笑顔で頷いてくれた。
……たださすがに後片付けは私がやらせて貰おうと亜香里は心に決める。
パッと見ただけでも台所が悲惨な事になっているだろうことは察しが付く、昨日の手際を考えると申し訳ないが黎にやって貰っていては日が暮れる。
亜香里はそんなことを考えながら残念な結果になってしまった朝食を黎と二人でなんとか食べきったところで、BGM代わりに流していたテレビの星座占いコーナーが始まった。
「あっ双子座一位だ、良いことあると良いけど」
「……双子座って事は誕生日五月から六月?」
「そっ六月の十九日、そう言えば聞いてなかったけど黎って誕生日っていつなの」
なんてしれっと聞いてる風を装うが実際は以前からずっと、聞く機会を窺っていたの。
当然黎の誕生日をお祝いしたいからだが、何の脈絡も無く誕生日いつ? なんて聞くのはあからさま過ぎるような気がして憚られ、なんだかんだとタイミングを逃してしまっていた。
「誕生日? 九月九日」
「九月って……もうとっくに過ぎてるじゃない! もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「だって、聞かれなかったし。それにそれを言うなら亜香里も同じじゃない?」
「それはそうだけどさぁ……」
ごもっともな正論に亜香里は臍を噛むしかないのだが、それでも一緒にお祝いとかしたかったなと未練がましく思ってしまうのは子供っぽいだろうか。
「じゃあ来年! 来年こそは一緒にお誕生日のお祝いしよ」
「来年……そうだね、出来たら良いね」
――そんな話をしたのが三日ほど前だったろうか?
その日、亜香里が共同アトリエから寮に戻ってきたときの事だ。
「これあげる」
部屋に上がって早々に黎からお洒落にラッピングされた小箱を突然差し出しされた。
「ありがとう、でもどうしたのこれ?」
「誕生日プレゼント」
「誕生日って、全然違うんだけど」
「誕生日プレゼントを誕生日に上げなきゃいけないって法律は無いでしょう?」
あまりに屁理屈が過ぎないか? と思わずにはいられないが突っ込んだところでしょうがないだろう。
箱のラッピングを丁寧に剥がして中を確認すると、そこに入っていたのは油絵用の筆だった。
ご本一セットのそれは亜香里も知っている有名な海外ブランドの物で、しかも豚毛が使われた結構良い奴だった。
「喜んでもらえれば良いんだけど……」
言いながら黎は珍しく不安げな瞳で亜香里の事を窺う。
こんなのをいきなり渡されて、そんなの――。
「嬉しくない分けないじゃない! ありがとう!」
実を言えば亜香里の心はさっきから躍りっぱなしだった、黎から何かをプレゼントされるというのはこれが初めてで正直凄く嬉しい。
「そっか、それなら良かった。正直油絵はよく分からないから不安だったんだ」
そう言って黎はホッとしたように笑ったかと思うと、そのまま顔を寄せて亜香里の頬に軽いキスをされた。
プレゼントに浮かれて気を抜いていた亜香里にそれは不意打ちで思わずキュッと身がすくんだ。
「いぅ、今のは一体どう言う意味の」
「うーん……喜んでももらえて嬉しかったから、来年の分の誕生日プレゼント?」
「だから今日じゃないってば! どうしてそんなに誕生日に拘る! 大体、その……キスなら普段だって時々してくるじゃない」
「嫌だった?」
「嫌、とは言わないけど」
ズルい、そう言う聞かれかたをしたらそう答えるしかないじゃない。
ふて腐れていると、ふと黎が自分の事を見つめていることに気がついた。
まるで何かまぶしくて暖かい物を見るようなその顔は、とても優しくてどことなくはかなげで。
「黎? どうかしたの」
亜香里は思わずそう声を掛けてしまった、そうしないとなんだかそのまますーっと消えていってしまうような気がしたから。
「ううん、何でもない」
黎は首を左右に振ってそう答える、そこにはさっきまで感じていたはかなげさはなく何時もと同じ彼女がそこにいるだけだった。




