第24話
このショッピングモールにはなんと水族館が併設されている、大手と比べれば規模はお察しだが買い物や何かのついでふらっと寄って行くにはちょうどいい。
目玉の展示はクラゲらしく、暗い館内で色とりどりにライティングされた水槽の中を漂うその姿は神秘的で見ていて飽きない。
「クラゲなんてただ水槽の中浮いてたら何の面白みもないのに、やっぱり見せ方って大事だねー」
言いながら携帯でパシャリ、確認してみれば素人が取ったにしてはその写真は中々に見れた物に仕上がっていた。
最近クラゲをこうして展示する水族館が多い気もするけれどその理由がよく分かる、ちょっと工夫するだけでこれだけ綺麗になるんだからそりゃ下手な魚を展示するより人気にもなろう。
「大学でも結構いいよって聞いてたから一度来てみたかったの、ねぇ黎も綺麗だと思うでしょ?」
そう言って振り返ると黎はぼんやりと水槽の中を漂うミズクラゲを眺めているみたいだった。
水槽からのライティングで照らされた黎の瞳は万華鏡みたいにキラキラ光り、暗がりに浮かび上がる横顔はクラゲに負けず劣らず神秘的でこっちも見ていて飽きそうにない……ほんと見せ方って大事。
「ん? ああごめん聞いてなかった、なんて?」
「えっ? いや別にたいしたことじゃないよ。でもどうしたの? 黎がそんなにボーっとしてるなんて珍――しくは無いけどさ」
言ってる途中で案外そうでもない事に気が付いてしまうが、黎は変わらず視線を目の前にある水槽へ向けたまま。
「うん、ただ凄く綺麗だなって」
その返事はいまいち会話になっていない気がしたが、それだけ目の前で揺蕩うクラゲに集中しているという事なんだろう。
「そんなに気に入ったの? クラゲ」
「それもあるけど、こういう場所自体来るの初めてだから色々新鮮で」
まさか水族館に来たことがないという人間がいるとは思っておらず亜香里は「えっ!」と驚きの声を上げた。
「父さんもお母さんも忙しい人だったしpapyも彫刻ばっかりだったから、こういう所に連れてきて貰う事なんて無かったんだ。まぁ何よりわたしが興味を示さなくて行きたがらなかったからだと思うけど」
それにしてもと思わないでもない、前に黎は両親はサラリーマンだったみたいなことを言っていたが子供を連れて遊びに行く暇もないほど忙しかったというのだろうか? それとも子供の頃の黎が筋金入りの出不精だったのだろうか?
亜香里には考えても分からないし、前聞いたときは両親が何をやっているかも曖昧だったくらいだ改めて聞いたところでまともな答えは返ってこないだろう。
だからこの話をあえて広げようとは思わないが、ただそれはそれとしてある不安が亜香里の胸をかすめる。
「……ごめん、ひょっとして今日無理させちゃった?」
つい浮かれていたけど、黎が何も言わないことをいいことに連れ回して本当は嫌だったんじゃないか? 今更になって心配になってきた。
だけれど黎は心配する亜香里にまるで呆れたみたいな顔をする。
「そんなことない、そうじゃなかったら私は今ここにいない。確かに今まで水族館にもブティックにも興味なかったし、わたしだけじゃ来ることもなかったと思うけどでも今日は来て良かったって思ったよ」
「そっか、黎も楽しんでくれたなら良かった」
「えっ? 楽しい……?」
「あれ違った? やっぱり私の独りよがり!?」
なぜだかびっくりしたような顔をされてむしろ亜香里の方がオタオタしてしまうが黎は慌てて首を左右に振ってそれを否定する。
「違うよ、ただ……そっかわたし楽しかったんだなって、今までそういうこと考えた事なかったからよく分かんなくて」
自分が楽しいかどうかすら考えたことがないなんて、いったいどれだけまわりの事に無関心だったというのか、さすがにちょっと想像が出来ない。
「前から思ってたけど、黎って私と会う前どうやって生きてきたの?」
そう聞くと黎はなんだか曖昧に笑った。
誤魔化された様な気もしたけど深く聞いても仕方ない様な気もしたのでそれ以上の言及はしなかった。
ともかく今日の出来事を黎も楽しんでくれている様なので亜香里はホッと胸をなで下ろす。
そしてその時ふと、今ならあの時言えなかった事が言えるような気がした。
「ねぇ? 黎」
直接顔を見ながらだと緊張しちゃいそうだから水槽に写る顔越しに声を掛ける。
「ん? なに」
「この前、自分は彫刻と一緒だって言ってたでしょう?」
わたしには彫刻を作る以外の価値は何もない、そう言われた時なにも言えなかった。
黎がそれを受け入れてなんとも思っていない事が分かってたから、他人でしかない自分が口を挟む資格なんてない余計なお世話だと思ったから。
「でもさ、やっぱりそんなことないよだって黎は人間だもん、今もこうして私と話したり、クラゲを見て綺麗と思える普通の女の子なんだよ」
黎は今日あったことを楽しいと思ってくれた、私だって楽しかった、きっとそう思えるのは黎が黎だからだ彫刻なんかじゃない血の通った人間だから。
「だからさ自分には彫刻を彫る以外価値がないなんて言わないで欲しい。黎が気にしてない事は分かってる、でもやっぱりそんなこと言われたら私は寂しいよ」
彫刻を作る以外の価値がないなんてそんなことない、今日あった事やそれよりも前のこと話したことそれ全部が無価値だったなんてそんな事はあり得ない、認めない。
「彫刻を彫ること以外価値を見いだせないって言うのなら私が教えてあげるから、黎が気づいて無くてもいいところが沢山あるって私は分かってるから、だから、えっと――?」
あれ? 何か勢いで色々言っちゃったけどだんだん自分でも何を言いたいのか分からなくなってきた、と言うか実は結構とんでもないこと言ってないか私?
不意に冷静になってさっきまでの発言が急に恥ずかしくなってくる、怖くて黎のいる方へ顔を向けることが出来ない。
だかもう一度水槽越しに様子を恐る恐る窺ってみると、じっと亜香里の事を見つめる黎の姿がそこには映っていた。
薄暗い室内しかも水槽の反射越しだかからその顔がどんな表情をしているのか分からない。
うぇぇやっぱり調子に乗りすぎた? 人の事にずけずけ言ってきて鬱陶しいと思われた? 怒らせちゃったりしてたらどうしよう。
さっきまでの勢いはすっかり消え失せて不安から次の言葉を口に出来なくなっていたら、ふわりと黎の手が亜香里の頭を撫でた。
一回、二回、三回と言っては戻ってを繰り返されていると気持ちがなんだか安らぐような気がした、不思議だけど案外人間ってそういう風に出来ているのかもしれない。
「あの、どうしたの急に」
「ううん、ただなんとなくこうしたくなったから」
優しい声でそう言って二度三度と亜香里の頭を撫でた後、その手はするりと今度は亜香里の手を絡め取って、その感触に思わず肩が跳ねる。
「今は人が少ないからいいでしょ? それともやっぱり恥ずかしいから嫌?」
ちょっと不安げな声でそう言われると離してとは言いにくかった、それに亜香里だって別に嫌なわけじゃない。
「……ここを出るまでの間だけだよ」
「うん、ありがとう」
その後は繋がれた掌に黎の存在を感じながら二人で水族館の中を回った。
黎の手は他の人より少し冷たいけれどそれでも確かに血が通った温もりを感じて、それは彼女が彫刻ではないことを証明しているような気がした。




