第23話
「これなんて黎に似合うんじゃない?」
「そう? よく分からないけど」
「いや、でもやっぱりこっちの方がいいかな? 黎はどう思う?」
「別にどっちでもいい」
「そういえば黎ってサイズはいくつ?」
「さぁ考えた事無い、ネットで買うときは適当に大きいの買ってるけど、そうすれば少なくとも着れない事は無いし」
「……ほんと、黎ってこういうこと興味ないんだね」
寮を出てから約三十分、二人は大学の最寄りから二駅離れた駅近くにある大型ショッピングモールへと来ていた。
この場所は去年完成したばかりの比較的新しい施設で、店内は綺麗だし大概の娯楽はそろってるだけに美大生達も休日のちょっとしたお出かけによく利用している場所だ。
その一角にあるブティックで二人は服を物色していたのだが、これがまぁ打っても響かない響かない。
いくら亜香里がこんなのはどうかと服やアクセサリーを進めても黎の反応はすんとした物で手応えというものがまるで無い。
「もったいないよ、黎はせっかくそんなにそのぅ……綺麗なのに」
最後の言葉はすっと言うには恥ずかしくて、もごもごとはっきりしないものになった。
「そう言われても、服なんて着れれば何でもいいし」
「今時、男の子でももうちょっとお洒落に気をつかってると思うけど」
とは言いつつもさすがに黎のこの反応は予想が付いている、だからこのお店に来たのは黎の服を見に来た訳じゃない。
「ねえ黎? せっかくこういう所に来たからさちょとお願いが、その……あるんだけど」
「お願いって?」
「いや大した事じゃないんだよ? ただ私もそろそろ新しい夏服が欲しいなって思っててさ、だからさ、えっと……」
そこから先の言葉が詰まる、別にそれほど変なことをお願いしようとしてるわけではないはずなのに、いざそれを口にしようとすると思う様に言葉が出てこない。
「黎に、私の服を選んでもらえたらなーって――駄目かな?」
あーもう照れるな! 本当ならもっとさらっと軽い感じでお願いするつもりだったのに!
結局なんだかすっごく頑張ってお願いしてるみたいになって、余計恥ずかしい事になってしまった様な気がする。
別に嘘をついてる訳じゃない、そろそろ新しい服が欲しいと思ってたのは本当だ。ただ黎が選んだ服を着て上げたら少しくらい意識してドキドキしてくれたりしないかななんて下心はあるのだけれど。
「……」
「……黎?」
なぜか黎は何も言ってこない。
正直断られる事くらい覚悟は当然していた、お洒落に興味の無い黎の事だ亜香里の服だって別にどうでもいいと思ってても不思議じゃないし、そう言われて凹んだりしないよう心の準備もしてきた。
なのに黎はさっきから亜香里の事をじっと見るだけで何も言ってこない、一体今何を考えてるのか、もしかして何も考えていないのか。
沈黙が続きいよいよ耐えられなくなって亜香里が「ごめんやっぱり今のなし」と声を上げそうになったところで不意に黎がふらりと歩き出した。
慌てて亜香里も後を追うと黎はブティックの中をなんともなしに歩き回って、また不意にその足を止めると。
「これどう?」
そう言って一着の服を亜香里に翳して見せた。
それはライムグリーンのワンピースで、過度な装飾の無いシンプルだが品が良く薄く淡い色合いも涼しげで夏っぽいかわいらしさがある。
「これ私に?」
「そうだけど? 服を選んで欲しいってそっちが言ったんじゃない」
黎、ちゃんと考えてくれてたんだ。その事実に思わずキュウと胸が締まる。
「ねぇ、これ私に似合うと思う?」
「そう思ったから選んだんだけど、嫌だった」
「そういう事じゃないけど……ワンピースってなんだかもっとキラキラふわふわした可愛い女の子が着る服って気がして、私にはあんまり似合わないかなって」
「さあ? それは知らないけど。でも亜香里だって可愛いんだし大丈夫なんじゃない?」
「かわッ……!」
どうしてそうあなたはそんなにあっさり可愛いなんて言えるのかな! 恥ずかしいったらない……まぁそう言われてちょとその気になっちゃう私も私だけども。
「じゃあ、とりあえず試着だけ」
黎が選んでくれたワンピースを持って試着室に入り、いざ着る段になると改めてそのいかにも女の子なシルエットにやっぱり尻込みする。
本当にこんな服を私が着ていいんだろうか? いやでも折角黎が選んでくれたんだもんね。
そんな葛藤の末、亜香里としては結構な勇気を振り絞ってワンピースに袖を通す。
「えっと、着てみた、けど……」
ゆっくりとカーテンを開くと当然ながらそこには黎が待っていてその姿をみた瞬間、照れくささで体温が上がる。
「どう……かな?」
聞いてみた瞬間体温がさらに上がると同時に不安が膨らんでいって、いたたまれない気持ちが一気に押し寄せてくる。
「やっぱり私にはこう言うのは似合わないって、やっぱりなしなし! あー恥ずかしい、すぐ着替えるね」
「大丈夫」
恥ずかしさに耐えきれなくて試着室のカーテンを閉めようとしてた手が止まる。
上目遣いに恐る恐る見てみればどことなく優しげな表情の黎がそこにいて、それでそんな顔をしたまま。
「似合ってるよ、可愛い」
服! 服のことだからね! このワンピースが可愛いのであって私が可愛い訳じゃないから! 調子のんなよお前!
浮つきそうな自分に必死で言い聞かせるけれど体温はますます上がるばかりだ、それはもう苦しいくらい。
まずい、これ以上は本当にのぼせ上がってしまう。いったんクールダウンをしたいと思ってた所にちょうど店員さんが近くを通り掛かった。
「あっ! すいません店員さん!」
「はい? いかがなさいましたか」
「あっ……えっと」
呼び止めたはいいけれど次の言葉がすぐには出なくて、縋るような気持ちでチラリと黎の事を見て少し勇気を貰う。
「この服買いたいんですけどタグを切ってもらえますか? ……このまま着ていきたいので」
言った瞬間、恥ずかしさがピークに達したのは言うまでも無い。
まったくちょっと褒められた位でその気になっちゃってバカじゃないの? 斜に構えた自分がそう言ってせせら笑うけれどそんなこと知るか、別にいいじゃないその気になりたいんだから。
そうして亜香里はお値段的にはちょっと、気持ちとしてはかなり思い切った買い物を終えてブティックを後にした。




