第22話
寮を出て少し歩くと幅が広くゆったりとした川が見えてくる。
ほどほどに緑が残りほどほどに舗装されたいかにもお散歩コースと言ったような、のどかな雰囲気の河川敷だ。
その河川敷は以前亜香里が絵の題材にも選んだ場所で、春先頃土手一面に咲いていた菜の花はなりを潜めて今は力強い緑が生い茂っている。
抜けるような夏空の青と草花の緑はこれはこれで絵になる景色で亜香里は黎とつないでる手とは逆の手で携帯をとりだし写真を一枚。
ここを抜けると以前黎と行った商店街があって、さらにそこから少し歩いたところに駅がある、今日はそこから電車に乗って遠出をする予定だった。
「あっつーい、日陰行こ日陰」
黎に手を引かれるまま濃い影を落とす街路樹の下へ潜り込む、ここまで来るのに歩いて五分二人とも額には玉の様な汗が浮かんでいる。
木は等間隔に植えられていて一本一本に隙間はあるがそれでも気休めにはなるし、夏の香りを乗せてそよぐ川風は日差しにあぶられた体に染みる様だ。
「そう言えば黎って一人で散歩に行ってる時って何してるの?」
「別に亜香里と一緒のときと変わらないよ? なんとなく歩いて満足したら帰るだけ」
「へ~、楽しい?」
「別に。ただ偶にそうやってないと、意識がどっかに飛んでいくみたいな感じがしてさ、こう糸の切れた凧みたいにふわーって」
「? よくわかんないけど、様は気分転換みたいな事?」
「多分そうなんじゃない」
「てきと~」
「だって深く考えた事なんか無いから。そう言えば亜香里さっき写真撮ってたけど、なんで?」
「綺麗な景色を見たら撮るでしょ普通。それにここって前に絵の題材にさせてもらったんだけど、春先とはまた違った雰囲気でいっそ同じ場所を四季毎に描いて見るのもありかな~って」
「ふーん」
「ふーんって、聞いといてさぁ」
「ごめん、ごめん」
本当にとりとめの無い他の人が聞いたら退屈極まりないような、そん話をしてお互いの手を引いて歩いていると亜香里の視界に白い塊がちらりと映る。
「あっ! 子供の頃はこれで花冠とか作ったなぁ」
懐かしさで呟きながら道の片隅に群生した白い小花の前に亜香里が屈むと手を繋いでている黎も自然とその隣に腰を下ろす。
生い茂る三つ葉の中に白いウサギの尻尾みたいな可愛らしい花を咲かせるその草は、和名のシロツメクサよりクローバーと呼んだ方がなじみ深い人も多いかもしれない。
「小さい頃、妹と一緒に四葉のクローバーを探しながら編んであげたりしたっけ」
たいして珍しくもい見慣れた花なのに今日はなんだか妙に哀愁を感じてしまうのは実家を出て家族と離れて暮らすようになったからだろうか?
「そうだ! ちょっとごめんね」
そう言って亜香里は一度つないでいた手を離すとシロツメクサを一本摘み取った。
「黎、右手を出して」
「? いいけど」
不思議そうにしながらも右手を差し出した黎の薬指に摘み取ったシロツメクサの茎を巻き付けわっかを作る。
余った茎を指との隙間に差し込むようにしながらわっかに巻き付けていき一周したところで花弁の下にクリルと一周回して解けないよう固定してから余分な部分を切り離す。
花の指輪、冠を作るにはさすがに時間が無かったけれどこれなら五分も掛からず手軽に作れる。
「知ってる? 右手の薬指に指輪を付けると創造性や直感力を高めるおまじないになるんだって」
ネットでたまたま聞きかじっただけの知識だけど芸術家である黎にはぴったりのおまじないだと思っていた、本物の指輪は重いけどこれくらいなら許してもらえるだろうか?
「なーんてさすがに少女趣味すぎるよね大学生にもなって、ごめんもう捨てちゃっていいよ」
亜香里はそう言うが黎は右手をかざし薬指に嵌められた花の指輪を外すことなくじっと眺めて。
「ううん、いい。このまま付けてる」
「えっ、いいよ。汚いかもしれないし」
「そんなことない」
その時、二人の間を川風が吹き抜けていった。
黎はなびく髪を左手で抑え少し目を細め右手の指輪を見つめたままこう言った。
「綺麗だよ、とっても」
……そう言うあなたの方が綺麗ですよ、なんて歯の浮くような台詞を言えたら黎も少しはドキドキしてくれたりするんだろうか?
そんなことを思ったところで口にすることはさすがにできないけれど。
黎が亜香里へ手を差し出す。
薬指に花の指輪が嵌められたその手を取って二人はまた歩き出した。
もう少し歩いたら河川敷を抜けて商店街が見えてくる、そうしたら繋いだ手は離さなきゃいけない約束だ。
その事を黎はいつも不満そうにするけれど、限られてるからこそこうして手を繋いでいることが特別な物の様な気がして亜香里はひそかにこの時間が好きだった。




