第19話
横道の奥へ奥へと進んでいったので帰るとき大丈夫だろうかと心配していたが、案外あっさりと元いた商店街まで戻ってくることができた。
ごみごみした裏道から外に出た開放感からか黎がその場で大きくノビをする。
「ん~~っ、そろそろ帰ろうか」
言われて亜香里が携帯で時間を確認してみると寮を出てから二時間くらい経っていた、気づかぬ間に結構歩いてたんだなと小さな驚きだ。
「それならついでに少し買い物していっていい? せっかく商店街まで来たんだし」
「いいけど、何を買うの?」
「シャンプーがこの前ストックが無くなったから買っておきたいし、そろそろ野菜なんかも買い足しておきたいかな。後は今日の夜ご飯も考えないと、黎は何か食べたいものとかない?」
「ううん、別に何でも良いよ」
「だと思った」
黎に食べたいものを聞いてその返事以外が帰ってきたことは一度も無い、逆に作った料理や使った食材について文句を言われたことも今まで一度だって無い。
一つ分かった事がある。
前に食べ物の好き嫌いはないのかと聞いたら考えたこともないと黎は言っていた。
あの時はそれほど深く考える事も無かったけれど、多分あれは食べ物に限った事じゃなかった。
黎と一緒に生活するようになって、そしてさっき裏路地の神社で話をして分かった事。
黎は何かに執着するということが無い。
部屋が散らかっていようが気にしないのも、食べ物の好き嫌いが無いのも、服が同じものしかないのも、本当にそのことをどうでも良いと思ってるから、もしかしたら自身の生き死にすら気にしたことが無いかもしれない。
そんな黎が唯一多少なりとも興味を持てることが彫刻を作る事なんだろう、だから自分には彫刻を作る以外には何もないとそう言ったんだと思う。
それが良いとか悪いとか言う権利はないし言うつもりもないのだけれど、ただ少しだけ考えてしまった事はある。
黎は何かに執着することが無い、じゃあ黎にとっての私《佐藤亜香里》はどういう存在なんだろう。
いてもいなくても変わらない、離れたらすぐに忘れられてしまう様なそんな取るに足らないものなんだろうか?
「行こっか」と黎が歩き始める。
部屋を出るとき繋がれていた手は今も離れたまま。このまま三年間一緒に過ごしても卒業したら最初から何もなかったみたいに後腐れ無くさよならしてそれっきり、そんな未来をありありと想像できて。
――想像したらなんかちょっと腹が立った。
亜香里の手が前を歩く黎の手を取る。
手を握った瞬間恥ずかしさと緊張で体温一気に上がる、手汗も滲んでるかもしれない。
驚いてふりかえりながら亜香里を不思議そうな顔で見つめる黎と目が合って、思わず手を放したくなるが必死にこらえてその目を見つめ返す。
多分、なんとなく自分は黎の特別になれたのだと心のどこかで思ってた、だから恥ずかしくて自分からは手を握れないだなんてかまととぶった事を言えたのだ。
調子に乗るな、ただ偶々同じ部屋で暮らしているだけのくせに!
今のままでも十分幸せだとか、何もせずずっとこのままでいいんじゃないのとか言っていたくせに、ごめんなさいそれは全部嘘でした。
好きになった人にどうでも良い存在なんて思われたくない、もっと自分のことを見てもらいたい、好きになってもらいたい。
一生忘れないでなんて言わないけれど、それでも離れた瞬間すぐに忘れられちゃうようなそんな存在でいたくない。
だってしょうがないじゃない、好きになっちゃったんだから!
「ねぇ私、黎の事が好きだよ!」
突然何を言ってるんだと思われるかもしれないでも今はそれで構わない、これは宣戦布告だ、黎に対してそして弱気になりそうになる自分へ。
好きになってもらう事を期待するんじゃない自分から黎に好きになってもらうよう頑張るんだ、その覚悟を今言葉にしたかった。
「…………~~~~ッ!」
と、威勢良く言ったはいいけれどいつまでもそのテンションが続く訳もなく、だんだんと恥ずかしさがこみ上げてあっという間に居ても立っても居られなくなってしまった。
「ほっほら早く行こっ! お店締まっちゃうから、ほらっ!」
亜香里は返事を待たず、恥ずかしさに任せて黎の手を引いて歩き出す。
とてもじゃないが今は黎の顔をまともに見ることが出来なくて振り返りもせず、ずんずんと前だけをみて早足で進んでいく。
だからその時、手を引かれる黎がどんな顔をしているのか亜香里は見逃した。
「……ズルいよ、急に」
口から零れたその言葉もそれどころじゃない亜香里の耳には聞こえず、商店街の喧噪に溶けて消えていった。




