第17話
黎は散歩と言っていたが本当にこれと言った目的地はないみたいだった。
寮を出て二十分、今二人が歩いているのは駅近くにある小さな商店街で亜香里もよく買い出しに来る場所だったがこうして黎と一緒に来るのは初めてだ。
「よっ仲良しだねお二人さん!」
景気のいい声を掛けられてそちらに目をやると、お肉屋さんのおっちゃんが人の良さそうな笑みを浮かべて手を振っていた。
「手なんか繋いじゃってさ、友達かい?」
邪気のないおっちゃんからの問いに二人で繋いだ手を再び意識させられて、また顔が熱くなる。
もう変なこと言わないでよおっちゃん! と頭の中で八つ当たりするが、それを口に出せる余裕すらなく実際は「まぁ、はい」とかなんとか言うのがやっとだった。
「そうかいそうかい微笑ましいね~。でだ、お二人さん、よかったら何か買ってかねぇかい? これなんてついさっき揚がったばっかで熱々だよ」
そう言って肉屋のおっちゃんが指さしたのは店のショーケースに入ったコロッケだった。ほんのり湯気を立ち上らせて辺りに香ばしい香りを漂わすコロッケは反則級に美味しそうで、思わず財布の紐が緩む。
「じゃあ一つもらっちゃおうかな? 黎はどうする?」
「わたしは良い、そんなにおなか空いてないし」
「そっか、じゃあコロッケ一つください」
「まいど! ありがとね」
おっちゃんは手慣れた手つきでショーケースからコロッケを取り出し、手で持てるように紙ナプキンでくるんでくれた。
代金を払ってコロッケを受け取ろうとするが財布からお金を払って支払いをするのは片手じゃ難しく、二人を繋いでいた手は自然と離れてしまう。
仕方の無い事だったけれど離れてしまった手が少しだけ寂しい、だからと言って亜香里の方からまたもう一度繋ぐ勇気なんて無いわけで。
受け取ったコロッケはまだ暖かかったけれど、なぜだか少しだけ手元が寒くなった様な気がした。
お肉屋さんを出て歩きながらコロッケを一口かじる。
揚げたての言葉は伊達じゃなかった。きつね色の衣はサクサク、熱いくらいのジャガイモは甘みが強くてホクホクでソースがなくても十分美味しい幸せの味だ。
「…………」
勢いに乗って一口、二口と食べ進めていたら横を歩いていた黎がじっと見つめてくる。
「ど、どうしたのじっと見て」
「いや、亜香里は美味しそうに食べるなーって思ってさ」
そう言って小さく微笑みながら見つめられると落ち着かなくなる。
耐えきれなくて亜香里がつい視線を逃がしたその時。
「隙あり」
そんな声がしたかと思ったときには黎の口がコロッケをぱくっと一口攫っていった、しかも結構がっつりと。
「あっーーーー!」
「うん、悪くないね」
何食わぬ顔でコロッケを咀嚼する黎に亜香里は目を怒らせてにらみ付けた。
「もー! 食べたいなら黎も買えば良かったじゃん!」
「亜香里が食べてる奴を食べたくなったんだよ」
悪びれもせずそんなことを言う黎にまったくもーとプリプリしながら、亜香里はもう三分の一程度しか残ってないコロッケを食べようとして、ふとその手が止まる。
ついさっき黎が囓っていったコロッケをじっと見つめる。
…………これって間接キスになるのかな?
いやいやいやいや! 私もう大学生ですよ! 今更間接キスがどうこなんてそんなこといちいち気にしてなんていませんよ、あー馬鹿馬鹿しい。
とかなんとか誰にとも分からない言い訳を胸の内でまくし立てる亜香里だったが、次の一口はさっきまでよりも少しだけ控えめなものになった。
それからも商店街を二人で歩き続けコロッケも食べ終わった頃、不意に黎が足を止めた。
「あっち行ってみよっか」
そうい言うやいなや建物と建物の間にある狭い横道へと入っていく。
亜香里も慌てて後を追いかけるが黎は横道を気まぐれに右へ左へと曲がりながらどんどんと奥へと進み、気がつくといかにも裏道といった感じのごみごみとした場所まで来てしまった。
「ねぇ、ここって入っていい場所なの?」
「さぁ?」
「さぁって! そんなあっけらかんと」
「別にここまでで立ち入り禁止みたいな標識もなかったし多分大丈夫だよ。万が一怒られたら二人で謝ろ」
「謝ろって、もー!」
どこまでもお気楽な黎に頭を抱えたい気分になるが今更戻ろうにも、どうやって元の場所に戻ればいいのかもう亜香里には分からない。
そもそも先導する黎も帰り道の事を考えて進んでるようには見えず、果たしてこの裏路地から出ることができるのかと不安になってくる。
「ねぇ黎、そろそろ引き返した方が」
「あっ!」
黎が何かに気づいて駆け出だし亜香里も小走りでその後を追いかけると狭苦しかった裏路地を抜けて開けた場所に出る。
光量はそれほど変わっていないはずなのに、それだけで長い洞窟から抜けた直後の様なまぶしさを感じて亜香里は思わず目をすがめた。




