第13話
目を覚まして時計を確認すると針はもう朝九時を回っている、今日は休日で別にこれといった予定なんてないけれど亜香里からすれば寝坊と言っても差し支えない時間だ。
「う~いい加減起きないと」
寝ぼけてまだぼんやりした頭で体を起こすとシーツがずり落ちて一糸まとわぬ自分の姿があらわになった。
ぎょっとして思わずシーツを胸元に抱き寄せる、一瞬パニックになりかける亜香里だったがすぐ隣で眠る黎を見て昨日の事を思い出す。
そっか昨日――……。
ぼんやりと昨夜の事を思い浮かべそうになるが途中でハッとなって慌ててそれを振り払う。
黎を起こさないようにそっとベットから降りると亜香里は着替えを持ってお風呂場へと直行した、昨日は結局そのまま寝てしまったのでせめてシャワーくらいは浴びておきたい。
水音が出ないように水量を普段よりも絞ってシャワーを浴びる、心地いい温もりに身を預けていると混乱気味だった心も徐々に平穏を取り戻してくる。
……あれは本当に現実だったのかな? 不意にそんな事を考えてしまう、だってあんまりにも突然すぎたから。
でもあれは確かにあった出来事だ、だって夢だと言うにはその記憶は朧気でありながらも生々しく頭に残っているし、それに……凄く気持ちよかったし。
「って! 何を考えてる何を!」
懲りずにまた浮かんできた煩悩を再び振り払い亜香里はお風呂を出た。
脱衣所から顔だけ出してベットの様子を窺うと黎はまだ寝ているみたいでそのことに少しホッとする、正直今顔を合わせるのは少し気まずい。
着替えを終えた後、黎が起きる前に朝食をやっつけてしまおうと準備に取りかかる。
朝食と言っても時間が時間だし今回はブランチということでパスタにでもしてしまおうと決め調理器具をしまってある棚から深めのフライパンを取り出して水を張り火に掛ける。
湯がくだけなら鍋より浅く径の広いフライパンの方が時短になると本で読み実践してみたが、なるほど確かに沸騰するまでの時間が早い気がした。
沸いたお湯にざく切りにしたキャベツを入れ軽くしんなりしてきた頃合いでざるに上げ入れ替わりで今度はパスタを茹でる。
乾麺が柔らかくなるまで菜箸で適当に面倒を見た後、茹で上がるまでの間に今度は別のフライパンにオリーブオイルと鷹の爪そして刻んだにんにくを弱火で炒め香りが出た頃合いでパスタの茹で汁をお玉半分ほどの量をすくって投入、馴染むまで軽く混ぜてソースを作る。
最後に茹で上がったパスタとざるにあげていたキャベツをソースに絡め軽く炒めたらキャベツのペペロンチーノの完成だ。
出来上がった料理を持っていくと、黎はまだベットの上でシーツにくるまりながら丸くなって眠っている。亜香里は小さく深呼吸した後、普段となるべく変わらない口調を心がけて声を掛けた。
「おはよう黎、朝ごはん出来てるよ」
内心ドキドキしながらそう声を掛けると黎は目を薄く明けて目を覚ました。
「……朝ご飯?」
ゆったりとした黎の声に思わず亜香里の視線が逃げる。
「あ、朝ご飯って言うにはちょっと遅いけどね……食べれる?」
「……うん、食べる」
ベットがきしみシーツのこすれる音が聞こえる。
黎が体を起こす気配を感じるけれど亜香里の視線はいまだに逃げたままで彼女をまともに見ることが出来なかった。
どこかか気まずさを引きずったまま亜香里と黎は二人そろって座卓につき頂きますと手を合わせた。
……今、黎はどんな顔をしているんだろう?
いつまでもビクビクしていることに罪悪感を感じ、朝食を食べながら亜香里は意を決してそっと黎の様子を窺った。
そこにはいつもとなんら変わらない黎の姿があった。
ワイシャツのボタンも留めずに羽織っただけの格好が普段よりもつい扇状的に思えてしまうが変化といえばそれくらい、蓋を開けてみれば黎の様子は拍子抜けするほどいつもと変わらない。
その仕草もその表情もいつも見ている黎そのもので、あまりにも変わらなすぎて本当は昨日なにもなかったんじゃないかと思えてしまう程だ。
……いや、もしかしたら黎からしてみれば本当に何もなかったのかもしれない。
考えても見れば黎は昨日ひどく酔っていた訳で、だから朝になって記憶がなかったとしてもおかしくないような気がする――それか覚えてはいるけれどその上でなかった事にしたいのか。
そんな可能性を自分で考えて気分が落ち込むと同時に恥ずかしくなった、さっきから勝手に浮かれたり落ち込んだり一体何をやってるんだか。
そうこうしている内に朝食を食べ終えて、その後は食器を片付けたり軽く部屋の掃除をしたりいつもと変わらない休日の朝が過ぎていく。
「あれ、出かけるの?」
軽いお化粧をしている所にそう聞かれて亜香里は少し間を開けてから答える。
「……あーうん、今描いてる絵の続きを描いちゃいたくって」
嘘、本当は黎と部屋にいると色々余計なことを考えてしまうから一度外に出て頭を冷やしたかっただけだ。
黎は亜香里の言葉に対して「ふーん、そっか」とその一言だけで何か疑問に思うような素振りすらない、そのことにホッとして、でもまた少しだけショックを受けてる自分が面倒くさい。
「はぁ、ほんとさっきから何やってるんだろう私」
苦笑を浮かべながら支度を済ませて亜香里が部屋を出ようとしたその時。
「あっ、亜香里ちょと待って」
ちょうど靴を履いたところで呼び止められる。出かけ際に黎から声を掛けてくるなんて今までなかったことで、どうしたんだろう? と振り向くと。
突然、小鳥が啄む様な軽いキスをされた。
「昨日はありがとう、いってらっしゃい」
その言葉に亜香里はかろうじて頷きを返してから部屋を出て玄関の扉を閉めた瞬間その場でくずおれて悶絶した。
顔が熱くて耳まで赤くなっている事が分かる、のぼせてしまいそうだ。
えっ? えっ? 昨日の事って昨日の事だよね? ということは黎も昨日の事を覚えてるって事? ありがとうって何が? 部屋まで運んだこと? そもそもどうしてキス? 今まであんなことしてこなかったのに。
さっきまでの落ち込んだ気分なんてどこか遙か彼方に吹き飛んで、亜香里は結局座り込んだまま玄関前から動くことが出来なくなった。
いまだに黎の本心はどこまでも掴みきれない、だけどちょっとだけ何かが前に進んだようなそんな予感に亜香里は胸の鼓動を抑えることが出来なかった。




