第12話
「ほら起きて、鍵出さなくちゃいけないからいい加減自分で立って」
「……ん、わかった」
どうにか玄関前にたどり着いて黎の頬を軽く叩くと起きてるのか寝てるのか分からないが取り合えず返事は返ってきた。
ここに来るまでの間で多少酔いも覚めたのか肩を離しても倒れることこそしなかったが、その体はフラフラと不自然に揺れていて余談が揺るされない状況だ、亜香里はバックから素早く鍵を取り出し玄関を開けて再び黎を支えて部屋に上がった。
「部屋着いたよ、どうする水飲む?」
「……いやいい、眠い」
「分かったじゃあベット行こ」
頼りない足取りの黎に肩を貸しながらベットを目指す、灯りは消えていたけれど幸い窓から差し込む月明かりのおかげでゆっくりと歩く分には問題ない程度の視認性は確保出来ている。
黎をベットに寝かせたら灯りを付けて化粧落としてー、お酒呑んだしお風呂はシャワーだけで済ませてそれから……。
長い道のりのゴールが見えてついぼんやりと後の事を頭に思い浮かべてしまったが、灯りの乏しい部屋の中でそれは致命的な油断だった。
「わっ!」
距離を見誤ってベットに蹴躓き体制が前に傾く、肩を貸した状態じゃとっさに受け身を取ることも出来ず亜香里は黎もろともベットに倒れ込む。
「ごめん黎! 頭打ってない?」
亜香里がとっさに体を起こして確認すると黎は寝息を立てて眠っているようだった、倒れた先がベットだったおかげで二人とも怪我らしい怪我をしてはい。
そのことに亜香里がホッと胸をなで下ろしたその時、まるで示し合わせたみたいに月明かりがスポットライトの様に二人の事を照らす。
すぐ目の前に黎の顔があった。
ベットに手を突いて見下ろす姿勢のまま亜香里はまるで金縛りにでも合ったみたいに動けなくなる。
桜色をした唇の隙間から漏れる黎の吐息が亜香里の頬を撫でる、そのリズムに併せるみたいに彼女の胸元が蠱惑的に小さく上下する。
ついさっき飲み込んだ筈の疑問がせり上がる。
今まで飲み会なんて興味を示してこなかった黎が今回だけは参加したその理由。
――期待してしまう。
自分が今この瞬間も胸の奥で抱えてるこの想いと同じ物を黎も感じてくれているじゃないかって、そんな都合のいい期待を――。
その時、何でそんなことをしてしまったのかは知らない。
ただ何かを思う暇もなく、気がついたらまるで吸い寄せられるみたいに亜香里は黎の唇に自分の唇を重ねていた。
ふれあった唇は暖かくて、そのまま互いの熱で溶け合って一つになってしまう様な感覚に目眩さえする様な気がして――。
「――――ッ!」
うそ、今何した私ッ!
自分のした行動が信じられなくていっそ夢か幻かと疑うけれど僅かに残る唇の感触と熱の余韻がそれを否定する。
思考が混乱する中とにかく黎から離れなければと亜香里は立ち上がろうとするが、その瞬間腕を誰かに捕まれて息が詰まった。
何か間違いであって欲しいと願いながら恐る恐る捕まれた腕を辿った先でうっすらと開かれた黎の瞳と目が合った。
「……今の、なに?」
瞬間、鷲づかみにされたみたいに心臓が締まり冷や汗が滲む。
どうしよう! どうしよう! どうしよう! どうしよう! どうしよう!
誤魔化さなくちゃと咄嗟に思うが気ばかりが逸って考えが全然纏まらない。
「あっ……えっと……その……えっと…………」
口を突くのはそんな言葉にもなってないないようなものばかり、目まぐるしく回転する思考は激流のようで流される亜香里はただなすすべもなく溺れるしかない。
何か言わなくちゃいけないのに、何を言えばいいのかどうすればいいのかもう何もかも訳が分からない。
気がつくと瞳から涙が溢れるけれどそれが一体どんな感情から来たものなのかすら亜香里にはよく分からない。
「ごめっ――」
ごめんなさい、そう言おうとした、でも言えなかった。
後ろに回された両腕に引き寄せられて、黎の唇に口を塞がれてしまったから。
「――謝らなくていい」
囁く息が掛かる程近くでそう言ってまたすぐに口を塞がれる、今度はさっきよりも深く長く。
それはまるで強いお酒の様で、唇が触れた場所から熱が広がり身も心も溶かされて意識がふわふわと定まらなくなっていく。
その内息が苦しくなって離れるけれど、名残を惜しむみたいにまたどちらともなく重ねていく。
そんなことを何度も繰り返していくと記憶はだんだんと曖昧になって、それから先の事は正直あまり覚えていなかった。




